マイナカードないと給食費有料、市の方針に「違法性の疑い」指摘 岡山・備前市、人口超える反対署名

 街頭で反対運動をする市民ら=2月5日、岡山県備前市

 家族全員がマイナンバーカードを取得しない限り、これまで無料としていた小中学校の給食費を4月から有料に戻す―。岡山県備前市がマイナカードの普及促進策として打ち出したこんな方針が波紋を広げている。吉村武司市長は「(取得を)決して強制するものではない」と説明するが、市民は「教育の平等に反する」と反発を強める。教育基本法などの観点から市の手法を「違法性の疑いがある」と指摘する専門家もいる。(共同通信=我妻美侑)

 ▽唐突な方針転換、まるで「脅迫状」
 備前市は岡山県東部にあり、備前焼の産地として知られる。人口約3万2千人。市は物価高騰対策として2022年度、市立小中学校の給食費を全額免除にした。保育園やこども園の保育料についても国による3~5歳までの無償化に加え、16年からは1、2歳児、17年からは0歳児を対象に無料としている。市のこうした子育て世帯への支援は保護者に好評だった。

 だが市は2022年12月、保護者にある通知文を配った。現在は無条件で無償化している給食費や保育料について、23年度は原則有償に戻し、児童・生徒とその世帯の全員がマイナカードを取得していれば申請により納付を免除するとの内容だった。つまり、無料のままを希望するなら家族全員分のカードを取得する必要がある。

 保護者に配られた備前市の通知文

 唐突な方針転換に、保護者らに戸惑いが広がった。市によると、2023年度の1食分の給食費は小学校300円、中学校340円で、月額では6千~7千円ほど。保育料は所得により異なるが、最大で月額約4万円だという。家族のうち1人でもマイナカードを取得していなければ、これらが4月から家計にのしかかることになる。

 すぐに反対運動が始まった。通知文配布の数日後には、地元で子育て支援をする市民団体が市長や教育長宛てに方針撤回を求める文書を提出。団体の主張は「マイナンバーカードの有無で無償かどうかを決めるのは教育の平等に反し、差別だ」というもの。ある保護者はこう憤る。「通知文を見て脅迫状だと思った。子どもの多い家庭では有償となれば負担が大きい。カードの取得は任意のはずなのに、やむを得ず、ほぼ強制的に取ることになる人も出てくるはずだ」

 カードを取得したくてもできない事情が考慮されていないとの声も上がった。例えば高齢の家族が施設で暮らしている場合や、単身赴任など何らかの事情で備前市に住民票を置いたまま遠方に住む家族がいるケースだ。市は取得が困難な場合でも、申請の意思があれば免除を認めるといった「柔軟な対応」を考えているとの見解を示しているが、小学生と高校生を育てる女性はこう訴える。「百歩譲って、給食を食べる当事者である子どもと、支払う立場にある親の取得を条件にするならまだ理解できる。だが、なぜ世帯全員なのか。カードの取得率向上ありきで、子どもたちのことを考えている施策とは思えない」

 団体メンバーらの署名活動では、カード取得済みの人や市外の人も広く賛同。メンバーは2月20日、市の人口を超える約4万6千筆の署名を市に提出した。

備前市役所

 ▽取得率上がれば自治体財政にメリット
 吉村市長は2月14日、報道各社の取材に応じ、施策の意図をこう説明した。「マイナンバーカードの取得は自治体にとっても本人にとってもメリットとなり得るもの。取得しておいて損はない。その取得を促すインセンティブ(動機づけ)だ」。その上で、「国の(デジタル田園都市国家)構想に呼応する形で、本市のデジタル化とキャッシュレス化を進めたいというのが一番(の理由)だ」とも語った。確かに、保護者への通知文でも「(マイナカードは)デジタル社会の構築に必要なツールで、全市民が取得することを目指している」と記されていた。

 取材に応じる岡山県備前市の吉村武司市長=2月14日、備前市役所

 実は、国は各自治体に配る地方交付税について、2023年度は自治体のカード取得率に応じて配分額に格差を付ける方針だ。さらに、地方のデジタル化を後押しする「デジタル田園都市国家構想交付金」も用意。カードの普及が進んでいる自治体ほど、こうした財政的なメリットを受けられる。実際、備前市は2月、カード申請率70%以上が条件の同交付金の事業に申請した。市の2月末時点の申請率は84・12%で県内トップを走っている。

 一方、備前市でカード取得者が増える中、あえてカードを取得したくないという市民もいる。2人の子どもを市立小学校とこども園に通わせる母親は、その理由をこう語る。「将来どこまで情報を管理されることになるのか分からないし、2万円分の(マイナポイントの)特典を与えてまで普及させようとするのには、何か裏がありそうだ。不信感ばかりが募る」

 備前市は開会中の市議会に給食費を原則有償とする条例案を提出した。この条例案の中に「市長は特に必要があると認めるときは、規則で定めるところにより給食費を減額し、または免除することができる」との条文を設けている。カード取得世帯限定の給食費免除は、この「規則」に明記される見込みだ。

 市議会で答弁する吉村武司市長=3月3日

 ▽「デジタル化推進と学校給食は無関係」
 こうした市のやり方を疑問視する専門家もいる。名古屋大大学院法学研究科の稲葉一将教授(行政法学)に話を聞いた。

 ―教育の平等に反することになるのか。
 「条例案の『特に必要がある』か否かの法的基準は、給食費などの場合、教育基本法にのっとったものでなければならない。信条で差別してはならず、子どもの教育条件は同じようにするのが行政の責任だ。また、全国で無償化が広がる中であえて(条例案で定めた)有償が原則ならば、例外を認めることが教育の機会均等のために必要だという理由でなければ法的基準から逸脱する」

 ―市の手法は法的に問題ないのか。
 「学校給食の無償化は本来教育制度の中で行うべきもので、仮にマイナカード取得が無償化の目的達成のために必要な手段ならば、そのように説明すべきだ。しかし実際の目的はデジタル化の推進。目的である無償化と手段であるカード取得に対応関係がなければ、行政法上、問題になる。また、自治体が公金を支出して行う無償事業の対象者を恣意的に扱うことは、平等原則の観点から許されない。無償化する対象者を区別する場合には正当な理由が必要だが、給食無償化にはカードを使わなければならない理由はない。違法性が疑われ、住民監査請求などを起こされる可能性もある」

 ―今回の市の姿勢をどう考えるか。
 「自治体は国の出先機関ではない。住民の期待に応えるためには国から距離を置き、政策に問題点がないか確認しなければならないが、備前市はむしろ国のカード普及政策を国よりも一歩先んじて進めようとしていないか。その背景には地方財政の問題がある。自治体は国の政策の方針に沿って予算を勝ち取る競争に敏感にならざるを得ず、自治体間の財政調整と均衡を理念とする地方交付税法の趣旨も曲げられている」

 オンラインで取材に応じる名古屋大大学院法学研究科の稲葉一将教授=3月2日

 条例案などの関連議案は3月23日の備前市議会で採決される予定だ。市の方針を認めるのか、待ったをかけるのか、議員らの判断が注目される。

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