「国を超えて人を惹きつける魅力」がある日本の人気作家 駐在夫がNYで驚いた光景とは

小説家の村上春樹さん。2018年、ニューヨークで行われた「ニューヨーカー・フェスティバル」に登場【写真:Getty Images】

日本には数多くの素晴らしい小説がありますが、海外ではどのように評価されているのでしょうか。妻の海外赴任に伴い、アメリカ・ニューヨークで駐在夫、いわゆる「駐夫(ちゅうおっと)」になった編集者のユキさん。この連載では、「駐夫」としての現地での生活や、海外から見た日本の姿を紹介します。第6回は、世界的人気を誇る小説家・村上春樹さんについてです。

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地下鉄の車内で女性が読んでいた「ノルウェイの森」

――「ノルウェイ」。電車に乗りこんで来た背の高い男性が、座って本を読んでいる女性に、そう声をかけた。「ノルウェイ」。彼女は本から目を離し、彼を見上げて、そう答える。

混雑する朝の時間を少し過ぎた地下鉄の車内。男は、片手に1冊の本を持ち、女は「ノルウェイの森」を読んでいた。ふたりは話を続けることもなく、彼女は再び本へと視線を向け、彼はすいている席を探して奥のほうへと進んでいく。

私は、女性の向かいの席に座って、その様子を見ていました。これまで日本の小説というと、谷崎潤一郎や三島由紀夫がよく読まれてきました。もちろん作品自体が優れているのですが、それだけでなく、日本文化や日本そのものへの興味や関心も強くあるのではないかと思います。

そして、今では村上春樹さんが、海外でも高く評価されています。言うまでもなく日本でも人気の小説家ですが、実際によく読まれているのです。

海外で自分が編集者だという話をすると、小説が好きな人からはたいてい、村上春樹についての話をされます。中国ではとくに人気があるようで、中国人から聞かれることが多いのですが、アメリカ人やロシア人なども興味津々。国籍や年齢、性別を問わず、幅広い人が知っているようです。

村上春樹は1991年からプリンストン大学の客員研究員としてニュージャージー州で、1993年から1995年頃にはタフツ大学に移籍してボストンで過ごしているのですが、そういったエピソードについてもこちらではよく知られています。

「日の名残り」で2017年にノーベル文学賞を受賞した日系イギリス人作家、カズオ・イシグロは、インタビューの中で「村上春樹は日本人としてではなく、国際的な作家として世界中で読まれている」と話していました。

ニューヨークの書店には村上春樹作品が数多く並び、ポップまで飾られている注目ぶり【写真:ユキ】

ニューヨークにも村上ファンとアンチ村上

ニューヨーク公共図書館が開催しているESL(English as a Second Languageの略で、英語を第二言語として学ぶ人を対象にしたクラス)に通っているのですが、あるときそこの先生(コロンビア大学を卒業していて、日本についても造詣が深い)がこう言いました。

「実際のところどうなのかな、村上春樹の小説って。主人公は自意識過剰でちょっと鼻につくし、性的な描写も多いし」

すると、後ろで事務作業をしていた図書館スタッフの女性が「村上春樹はおもしろいじゃない。とてもクールよ」と話に入ってきます。

そのあたりは、日本での村上ファンとアンチ村上のやりとりと変わりません。コンテンツに、国を超えて人を惹きつける魅力があるということでしょう。

ニューヨーク公共図書館には、「SimplyE」という電子書籍の貸出・閲覧ができるアプリがあります。電子書籍なので、本来は一度に何人でも読むことができるはずなのですが、貸し出し冊数が決まっていて、制限冊数を超えている場合は、通常の書籍を借りるのと同じように返却されるのを待つ必要があるのがおもしろいところ。

それを使えば、「ノルウェイの森」「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」「1Q84」など、多くの村上作品を読むことができます。

先日、地下鉄で「アンダーグラウンド」(1995年に起きた地下鉄サリン事件の被害者や関係者へのインタビューからなる、村上作品としては珍しいタイプのノンフィクション)を読んでいる人を見かけました。どんな感想を持ったのかが気になるところです。

ユキ(ゆき)
都内の出版社で編集者として働いていたが、2022年に妻の海外赴任に帯同し、渡米。駐在員の夫、「駐夫」となる。現在はニューヨークに在住し、編集者、学生、主夫と三足のわらじを履いた生活を送っている。お酒をこよなく愛しており、バーめぐりが趣味。目下の悩みは、良いサウナが見つからないこと。マンハッタン中を探してみたものの、日本の水準を満たすところがなく、一時帰国の際にサウナへ行くのを楽しみにしている。

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