BAKA IS NOT DEAD!! イノマーGAN日記 2018-2019 - 活字でも音楽でも「超絶明るく、自分をさらし、人を元気にする」点で変わりがなかったイノマーの闘病記

2020年4月、全く偶然に、生活時間帯が合わないためふだん見ないバラエティ番組を見て釘付けになった。パートナーが亡くなったお葬式帰りの女性に「家、ついて行ってイイですか?」とスタッフが訪ねていく。そこが、“伝説的性春パンクバンド”、オナマシこと「オナニーマシーン」のボーカル、ベースのイノマーが口腔底癌と闘い最期の日々を暮らした家だったのだ。イノマーの53歳での早逝を、バラエティ「家つい」で知った日だった。 その後、番組は何度か再放送や追加版が放送された。2021年、お正月の松が明ける前に、遂には「家つい」というバラエティの枠のままでありながらイノマーの死の瞬間…まさに末期の息が絶える至るまでの壮絶な姿がかなりの長尺でカメラでとらえられていた。そのカメラマンが「ハイパーハードボイルドグルメリポート」で名を馳せている上出遼平であることにも驚愕した(この回はのちにギャラクシー賞を受賞する)。 もともと自分は90年代、仕事でデータを見るためオリコンウイークリーを毎週読んでいた。ランキング参照資料であり、面白みはないものと当初思い込んでいたが、すぐに「底抜けに明るく、バカでポップな文体の文章をつづる名物ライター(編集長)イノマー」の記事が楽しみなものになり、その文章の大ファンとなった。 こうしてロフトプロジェクトの媒体に寄稿しているというのに、浅学の極みでお恥ずかしい話だが、実は亡くなったことを知るまで、「バンド・オナマシのイノマー」と、「文章が最高に面白いオリコンのライター(のち編集長)のイノマー」が自分の中で一致していなかった。たまたま名前の表記がかぶっている人物だと思っていたのだ。「オナマシのイノマーってあのオリコンのイノマーと同じなの?!」と何度も「家つい」録画を見返しつつ呟いていた。 自分の中に勝手な「ガラスの檻」を作り、雑誌活字の世界にいた方から中年以降に性春パンクロックで人気を博す表舞台の演者が現れると思ってもいなかったためかと思う。 しかし、活字でも、音楽でもどちらのイノマーも「超絶明るく、自分をさらし、人を元気にする」点では変わりがなかった。 本書はそのイノマーががんを宣告され、苛酷な闘病をする日から始まり、計5冊のノートにほぼ毎日(!)マジックペン手書き肉筆での闘病やつれづれの思いが綴られている。超大変な時期なのに、日記なのに、「あとでパートナーを楽しませるため」に、さらに「出版よろしく」とのメッセージを残し、「刊行され人に見せる」意識を持つものとして記録されている。永井荷風や西村賢太ら作家たちが「読まれる」ことを意識しつつ日常や食事、時には性的なことも書き残してきたように。 日記は本人の予想より病の状況が悪く、途中で舌を全摘出するなど凄絶だが、あの「バカでエッチで爆笑させられる」イノマーのエンターテイナー気質は手書きの文字や癖のあるスラングだらけのページから飛び出して迸り、心を揺さぶらせられる。イノマーはバンドのフロントマンでもあり、困難な病になっても「病んでいられない」という現実が仄見えるのもリアルだ。病は進んでもレコーディングやライブ、自分が冠のフェスが迫ってくる! 正直、こんな闘病記は見たことがないし、今後も出ないかと思う。 ずっとイノマーと歩んできた銀杏BOYZの「ミネタ」(峯田和伸)、パートナーのヒロさん、カメラを末期の瞬間まで構えた上出さん、「一番弟子」フジジュンさんの文章も添えられており、素晴らしい。 もう読めないのかな、と思っていた「イノマーが綴った文章」をまた読ませてもらえたことも個人的に大変うれしい。刊行に携わった方々全てにお礼を述べたい。また特にヒロさんの今後にどうか幸多かれと願う。(Text:澤水月)

© 有限会社ルーフトップ