視覚障害者の外出を道案内アプリでお助け 北九州市のベンチャーが開発、最終目標は盲導犬ロボット

 視覚障害者向け道案内アプリの画面=1月、北九州市

 視覚に障害がある人は外出する際、白いつえを突き周りの障害物を確認しながら歩く。それでも分かるのは数歩先まで。通い慣れた道でも不安がつきない。視覚障害者の外出をサポートしようと、人工知能(AI)で周囲を検知し、音声で知らせる道案内アプリを北九州市のベンチャー企業「コンピュータサイエンス研究所」が開発している。今春から無償でのアプリ提供を目指し、改良を重ねる。実用化に向けて各地で実証実験を実施し、利用者からの評価も上々だ。

 社長は地図大手ゼンリン(北九州市)で副社長を務めた林秀美さん(71)。最終的な目標は「盲導犬の代わりになるロボットの開発」という。(共同通信=吉岡駿)

 ▽スマホ通じてAIが障害物検知

 スマートフォンから流れる音声に従い道を進む妹尾真由美さん=1月、北九州市

 北九州市で1月上旬、視覚障害を持つ妹尾真由美さん(48)にアプリを利用してもらった。ケースに入れたスマートフォンを首からぶら下げ、進行方向にカメラを向けておく。「50メートル先を右方向です」。スマホから流れる音声に従って歩く。周囲に障害物があれば、アプリは「縁石」「人」「ポール」などと警告。約3百メートル先にある博物館まで無事誘導した。

 アプリの名前は「アイナビ」。一般的な道案内アプリと同様、衛星利用測位システム(GPS)で現在地を把握し、目的地までの道のりを音声で伝える。さらに、カメラの映像からAIが障害物や信号などを検知し、青信号が点灯しているかどうかや、横断歩道の位置も知らせてくれる。

 ▽絶対的に不足している盲導犬
 ゼンリンで地図のデジタル化を進めてきた林さんは退職した後、2015年にコンピュータサイエンス研究所を設立した。当初は「盲導犬ロボットを作りたい」と考えた。厚生労働省の2016年の調査では、障害者手帳を持つ視覚障害者は全国に約31万人。それに対し、現在稼働している盲導犬は約850頭にとどまり、絶対数が足りていない。

 取材に答える「コンピュータサイエンス研究所」の林秀美社長=1月、北九州市

 林さんは、さまざまな試作を繰り返した。ロープで利用者を引っ張って誘導するロボットや、首に巻くカメラ付きの案内装置の開発にも取り組んだ。ただモニターで利用した人からは「見た目が大げさすぎる」といった声もあり製作は難航した。それでも「早く製品を出してほしい」と期待する声は強かった。「まずはスマホだけで完結するものにしよう」。林さんはそう考え直し、2019年からアプリ開発に着手した。

 ▽利用者の声聞き、早口な音声に改良
 十分な安全性を確保するため、試作段階から実証実験を重ねてきた。北九州市や福岡市のほか、2021年3月に熊本城(熊本市)周辺で、昨年9月と12月には伊勢神宮(三重県伊勢市)の参道でも実施した。京都府や岡山県でも実績がある。

 当事者からの意見を基に、改良を続けてきた。林さんはこう強調する。「目の見える人にとって『デザインがかっこいい』と思っても、視覚障害者にとっては複雑すぎて使いにくいかもしれない。当事者のアドバイスがあって初めてより良いものになる」

 音声の案内を聞いてみると、非常に早口だ。文章ではなく単語だけで言い切ることも多い。情報を無駄なくスピーディーに伝える。当事者の意見から改善した一例という。モニター実験に参加した60人にアプリの効果を聞いたところ、「役に立つ」と「少し役に立つ」との回答が8割を超えた。

 ▽プラスアルファの「お助け」
 ただ、課題もある。画像認識はAIによる「ディープラーニング(深層学習)」を使っているが、画像のデータが少ない場合に誤認するケースがある。コインパーキングの「空」「満」といったマークを歩行者用信号機と間違えることもあり、製品化に向けて精度向上を目指している。

 建物の中やビルが多い地区ではGPSが機能しづらい。こうした場所では、テレビ電話をつなぎオペレーターが案内するサービスをアプリに追加することを検討している。

 現時点でアプリには位置情報の誤差もあるため、林さんは、外出支援は補助的な役割にとどまると強調する。歩行訓練や白杖の使用は欠かせず、アプリでは案内開始時に「白杖を使ってください」と呼びかけるようにした。

 アプリは今春にも、iPhone(アイフォーン)向けに無料で提供を始める予定だ。林さんは「まだやれることはある」とさらなる改良に意欲を示している。

 モニターとして利用してきた妹尾さんは開発当初からアドバイスを続けてきた1人だ。こうした課題は認識しているが、外出時の「プラスアルファのお助け」として期待を寄せる。妹尾さんはこう願う。「多くの人に早く届いてほしい。外に出るのが怖くて絶望の中にいる人にとって、心のゆとりになってほしい」

 ▽自然に対話できるロボット
 今後は新たな商品や技術の開発をさらに進める。スマホを取り出さなくても道案内機能が使えるように、メガネ型端末「スマートグラス」の利用も研究中だ。GPSの誤差を補うため、郵便ポストや自動販売機、お店の看板など目印となる対象を事前に登録しておき、その対象との距離から現在地を導き出す独自技術「オブジェクトマッチング」の拡充も目指している。

 林さんが掲げる最終的な目標は、自然な対話ができる盲導犬ロボットの開発だ。林さんは「スマホのアプリだけで十分となるかもしれない。それでも一つのシンボルとして、ロボット会社と組んで開発したい」と意気込む。

 視覚障害者の外出をデジタル技術がしっかりと後押しする社会が、近づいている。

 コンピュータサイエンス研究所が開発した移動支援ロボットの試作品(提供写真)

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