コンクール入賞、感動的…「上手なピアノ」とは、どんな演奏?【榎政則の音楽のドアをノックしよう♪】

クラシック音楽において、世界三大コンクールといえば、エリザベート王妃国際音楽コンクール、チャイコフスキー国際コンクール、ショパン国際ピアノコンクールです。最新の結果を見ても、反田恭平、藤田真央、務川慧悟、阪田知樹といった若手の日本人ピアニストが多数上位入賞をしており、盛り上がりを見せています。

今年2023年は、本来であればチャイコフスキー国際コンクールが開催される予定ですが、ロシアのウクライナ侵攻を受けて開催が危ぶまれており、音楽ファンとしては少しやりきれない気持ちがあります。

ところでコンクールは通常、演奏者全員に得点を付けて比較します。しかし、ピアノの演奏に得点を付けるということは、非常に難しい問題をはらんでいます。フィギュアスケートや体操といったスポーツの分野では、技の難易度ごとに加点されていき、ミスが起きたら減点していく、という形で客観的に得点を付けることができますが、それでも、ある程度は審査員の主観が入ってしまいます。

ましてやピアノは、この技を決めたらすごい!というようなものではありませんので、加点式にするのは無理がありますし、かといってミスなく弾けているけれどもつまらない演奏が高得点になってしまう減点式も、相応しいとは思えません。

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演奏に得点を付けるのは無意味という意見もありますが、それでは本人と家族の財産や人脈といった、ピアノの技術と関係ないところで売り込める人たちだけが有名になってしまい、無名の天才を世に出すことが出来なくなってしまう危険があります。やはり、良いピアニストを客観的に評価できるということは大切なことです。

今回は、そもそもどういった演奏が「上手なピアノ」なのか、ということを考えていきましょう。

「感動する演奏=上手な演奏」なのか~個人的な思いやストーリー~

突然ですが、あなたは音楽を聞いて感動したことはありますか?

音楽に感動するとき、純粋に鳴っている音のみに感動することもありますが、個人的な思いや、背景にあるストーリーに感動するということもあります。「半身不随になってしまった人が、過酷なリハビリを乗り越えてようやく1曲を弾き通すことができた」となれば感動的な演奏でしょう。または「最愛の人があなたの為に1年間ひそかに練習していました」という演奏も感動的です。また、歌詞がある曲であれば、それが個人的な記憶と結びついて泣けてしまうこともありますね。

このように、多くの人にとって、客観的な上手さより個人的な感情のほうが感動と結びつきやすいのではないでしょうか。これらの演奏はとても美しいものであることには間違いありませんが、客観的に見て上手な演奏であるかどうかは別問題です。

一方で、個人的な感情や記憶と結びつかなくても感動的である、ということもあります。毎週のように行うコンサートで毎回千人、一万人と集められるアーティストは、それだけ普遍的な良さがあるということでしょう。そのような「個人的な感情と結びつかなくても美しい音楽」とは何なのでしょうか。

音をコントロールできること~88個の鍵盤と3つのペダル~

ピアニストがピアノに対してできることは、88個の鍵盤をどのように押して離すか、ということと、3つのペダルをどのように踏んで離すか、ということに尽きます。

ピアノの一つの鍵盤にはたくさんの部品が複雑に使われており、鍵盤を押す強さや、離すスピードが、弦の振動にダイレクトに伝わるように工夫されています。演奏者の表現力を存分に発揮できるように、様々な発明が組み合わされて成り立っているのがピアノという楽器ですが、あまりにも機構が複雑なため、実際どのように力が伝わって音になっているのかが、わかりにくくなってしまいました。

そこで、まずピアニストに求められることは、内部の構造を把握し、鍵盤にどのような力の掛け方をすればどのような音が鳴るのか、ということを体得することです。

そして、ことさらピアノの音にとって重要なものはペダルです。音を止めるためのフェルトを外しっぱなしにする、という効果の「ダンパーペダル」は、音を伸ばし続ける以外に、弾いていない弦に共鳴させて音色を複雑にする、という効果もあります。フェルトを強く弦に当てればすぐに響きは消えますが、ペダルの踏み方次第で、軽く当てることもできます。このような技術を「ハーフペダル」といい、これを極めると、特定の音だけ伸ばしたり、音の広がりを調整できたり、音域によって音色を変えたりなど、様々なことが可能になります。

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また、「弱音ペダル」というペダルもあり、これは普段は鍵盤を押すと同時に3本の弦を鳴らすところを、ハンマーの位置をずらして2本だけ鳴らして弱い音にするという仕組みです。また、音色も大きく変えることができます。普段から弦を叩いているハンマーは羊毛フェルトで出来ているため、弦と何度も接触する打点が固くなります。そこで、弱音ペダルを少しだけ踏んでハンマーをずらすと、フェルトの柔らかいところで弦を叩くことができるため、こもったような優しい音色になります。

そして、これらのペダルを操作するとき、足にかける重さが数グラム違うだけでも全く異なる音色や効果が生み出されます。また、タイミングも非常に大事です。ダンパーペダルの基本は、鍵盤を指で押して音色が安定した瞬間に踏むことです。この綺麗なタイミングを掴むだけでも大変なことですが、荒っぽい音にするために少し早めに踏んだり、簡素な音にするために少し遅めに踏んだり、という調整をするのがプロの技となります。見ていても全く違いがわからないほどのごくわずかな差ですが、ピアニストは経験と自身の聴覚でこれをコントロールするわけです。

そして、一曲中にある何千何万という音符全てに対してこのコントロールを効かせることができているかどうか、言い換えれば、全ての音に意志が込められているか、というのは良いピアニストを判断するための指標となります。

曲のどの場面にどのような音色を使うか~スタイルと遊び心~

しかし、いかに音をコントロールする力が優れているピアニストでも、曲とちぐはぐになってしまってはいけません。繊細な歌心のある旋律で、堂々とした音で弾いてしまったら変ですよね。曲のどの場面にどのような音色を使うか、ということは絶対的な正解があるわけではなく、演奏者の個性が最もよく出る部分で、演奏の「解釈」と呼びます。ありきたりではつまらないですし、一方で、不自然になってしまってもよくありません。ここからは主観になってしまいますが、筆者が大切にしていることを書いてみます。

まず一つは「スタイル」です。行進曲であれば、拍を正確にキープして堂々とした音色で演奏するべきですし、ウイーン風ワルツであれば、2拍目にアクセントを置いて3拍目を軽く演奏するべきです。このように伝統的にこう演奏するべきである、というタイプの曲がたくさんあります。意図的に伝統を外すこともありますが、それだけの必然性が必要となるでしょう。このスタイルの種類は膨大です。日本の各地のお祭りでもリズムやアクセント、歌いまわしがそれぞれ異なるように、ヨーロッパの音楽も各地で異なります。それを研究し演奏に取り入れることができるピアニストは良いピアニストと言えるでしょう。

これは点数を付ける審査員の方にも知識が要求されることになります。なんとなく良く聞こえても、そのスタイルの音楽の発祥の地の人が聞いて違和感を持つようなことがあれば、やはり良い演奏とはいえません。

もう一つ大切なことは「遊び心」です。いつでもイヤホンで音楽を聞くことができるようになった今、演奏会で最も楽しいのはライブ感です。ライブならではの演奏を解釈に活かすことがピアニストに求められていることだと思っています。

演奏会場によって、広さや反響、ピアノやお客さんの数も違います。また、同じ会場でも、お客さんの人数で反響は大きく変わり、理想の弾き方が変わってきます。そして演奏中のピアニストは、お客さんの反応を繊細に感じとることができます。「あ、こういう弾き方のときにお客さんの反応が良いな」というのは毎秒毎秒感じていますし、「この音色を気に入ってくれたけれど、ちょっと同じ音色で攻めすぎたから次の繰り返しでは全然違う弾き方をしたら驚いてくれるかな」といういたずら心で音色を変えたりすることもあります。普段から様々な音色の可能性を考えておき、ライブならではの空気の中で、もっとも面白いと思う音色を選択していく、というのが、演奏していて最も楽しい瞬間です。

良いピアニストとは、どんな音色でも弾き分けることができる技術を持ちつつ、幅広い知識で伝統的な表現ができ、さらにその場に応じて演奏者本人も観客も楽しむことができる自由さと発想力を持っているということなのだといえるでしょう。

また皆さんが演奏を聴くときに「このピアニストはどんな遊び心を見せてくれるのかな」と思うと、よりピアニストに愛着が湧き、音楽を楽しむことができるようになるでしょう。(作曲家、即興演奏家・榎政則)

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 榎政則(えのき・まさのり) 作曲家、即興演奏家。麻布高校を卒業後、東京藝大作曲科を経てフランスに留学。パリ国立高等音楽院音楽書法科修士課程を卒業後、鍵盤即興科修士課程を首席で卒業。2016年よりパリの主要文化施設であるシネマテーク・フランセーズなどで無声映画の伴奏員を務める。現在は日本でフォニム・ミュージックのピアノ講座の講師を務めるほか、作曲家・即興演奏家として幅広く活動。

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