「男性育休」取得で“昇給ナシ”査定は違法と職員が訴え 裁判所はどう判断した?

「育休をとったら陰湿な嫌がらせをされた!」という男性の方は多いと思います。よくある嫌がらせは、転勤、配置転換、昇給しない、出世コースから外れるなどですね。パタニティーハラスメントいわゆる「パタハラ」。名前はプリケツ天使みたいですけど、やってることはサタンですよね。

そもそも「育休? どんな嫌がらせをさせるか…」と、あきらめモードの方が多いと思います。女性の育児休業取得率が85.1%のところ男性の取得率は13.97%ですからね...(厚生労働省「令和3年度雇用均等基本調査」)。

今回は、育休をとったことを理由に昇給させなかった事件をご紹介します(医療法人稲門会(いわくら病院)事件:大阪高裁 H26. 7 .18)。

この事件で裁判所は「違法だ」と判断。昇給した分の給料の支払いなどを命じました。同じような嫌がらせをされそうな方の参考になれば幸いです。記事のラストには現在の男性育休制度も書きました(弁護士・林 孝匡)。

どんな事件か

医療法人で起きた事件。Xさんは男性看護師です。

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▼ 育児休業を取得
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Xさんは3か月の育休を取得しました。

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▼道を閉ざされた!
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■行き止まり 〜その1〜
Xさんが職場復帰した後、「本人給」は昇給したんですが、「職能給」は昇給しなかったんです。その医療法人には以下の規定があったからです。

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育児介護休業規定
育児休業中は、本人給のみの昇給とする。
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■行き止まり 〜その2〜
Xさんは昇格試験を受験できませんでした。理由は規定年数に達しなかったというものです。育休していた3か月間を、受験に必要な年数に算入してくれなかったんです。

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▼ 訴訟を提起
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Xさんはその後、退職し、訴訟を提起しました。Xさんの主張は、「育休をとったことを理由に ①職能給は昇給させず ②昇格試験を受験させなかったことは、育児介護休業法10条に違反している」というものです。

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育児介護休業法 第10条
事業主は、労働者が育児休業申出等〜をし、若しくは育児休業をしたこと〜を理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない
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そして、昇給していれば得られたはずの給料や慰謝料を請求しました。

裁判所の判断

大阪高裁は「こりゃ、どちらも違法ね」と判断しました。順番に解説します。

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▼ 職能給を昇給させなかったこと
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■大前提
ザックリ言えば、「その規定があるせいで育児休業しにくいじゃん」って時は違法です。 厳密には、以下の判示になります。

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(不利益)取扱いが育児介護休業法が労働者に保障した同法上の育児休業取得の権利を抑制し、ひいては同法が労働者が前記権利を保障した趣旨を実質的に失わせる場合は、公序に反し、不法行為法上も違法になる。
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ちょっと何を言ってるか分からないと思うんですが、カンタンに言えば「こんな不利益を受けるなら育休とらんとこ」って従業員に思わせるような制度なら“アウト”ってことです。

■本件
以上を前提に、

  • 3か月育児休業すれば、残りの期間の就労状況にかかわらず一律に昇給させない措置
  • 他の原因(有給休暇、労災による休暇など)で3か月休暇しても、とくに不利益はないのに、育児休業だけを不利益に取り扱っている
  • 育児休業をとった人も人事評価の対象とする制度を採用しているのに、評価いかんにかかわらず一律に職能給を上げない措置をとることは合理性がない

など述べ「職能給を昇給させなかったことは違法」と判断しました。

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▼ 昇格試験を受験させなかったこと
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コチラもすんなり違法認定されています。育休の3か月間を算入すれば受験できる規定年数に達していた。にもかかわらず、受験させなかったことは違法と判断しました。

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▼ 認められた金額
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  • 給与とボーナス
    8万9040円
    (昇給していていればこれだけもらえてたよね)
  • 慰謝料
    15万円
    (昇格試験を受験させなかったことについて)

さらにXさんは「受験していれば合格しました。だって不合格者ゼロの試験ですよ。なので、合格していた場合の給与やボーナスなども請求したいです」と主張しました。

しかし、裁判所は「うーん、たしかに不合格者ゼロなんだけど、試験は小論文だし審査項目も多いから、合格してた可能性が高いとまではいえないです」と述べ、合格前提の主張については認めませんでした。無念です。

最後に

この事件は平成22年のものですが、現在は急ピッチで「男性にも育休を!」の流れが進んでいます。2022年10月1日からスタートしている制度は以下のとおりです。

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▼ 産後パパ育休(出生時育児休業)
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出産を終え、【瀕死】といっても過言ではない状態のママをサポートするための制度です。

原則、出生後8週間以内の子どもを養育するための育休です。8週間以内に28日まで分割して2回取得できます(育児介護休業法9条の2第1項)。

この時期のサポート、鬼大事です。ママに満足してもらえなければ、たぶん一生言われ続けます(実体験)。

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▼ 育児休業の分割取得
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原則として、子どもが1歳になるまでは分割して2回取得できます(育児介護休業法5条)。

中小企業のワンマン社長は「俺の時代はなー!」とツバを吐き散らし、“育休”を拒む可能性があります。そんなときは、都道府県労働局雇用均等室に相談してみましょう。

今回は以上です。これからも働く人に向けて知恵をお届けします。またお会いしましょう!

【筆者プロフィール】
林 孝匡(はやし たかまさ)
【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。
HP:https://hayashi-jurist.jp Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1

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