わが子を失った遺族ら「その命、救えたはずです」

◆トークイベント「子を失ったママたちと考える『子どもの死を防ぐ処方箋』」

窒息や転落など子どもの「不慮の死」は、事前の対策さえしっかりしてれば救えたはずだった――。そんな思いから「チャイルド・デス・レビュー(CDR、予防のための子どもの死亡検証)」の実施に向けた取り組みが始まっている。フロントラインプレスCDR取材班は、2021年から、このCDRモデル事業を行う府県や専門家を訪ね、独自の調査報道を重ねてきた。それらを1冊にまとめた『チャイルド・デス・レビュー 子どもの命を守る「死亡検証』実現に挑む」(旬報社)の刊行を機に、フロントラインプレスは旬報社と共に出版記念のオンライントークイベントを開いた。この4月には、こども家庭庁も創設される。CDRとは何か、なぜCDRが求められているのか。小児科医と遺族3人が登壇し、CDR実現への期待と課題を語った。

■「変えられるもの」を見つける

「変えられるものを見つけ、それを変えることが予防です。CDRの目的は変えられるものを探すことです」

神奈川県横浜市の小児科医・山中龍宏さんは、NPO法人Safe Kids Japanの理事長を務め、長年、子どもの事故予防に取り組んできた。同じようなケースを防ぐためには、事故が起きた状況を検証し、「変えたいもの、変えられないもの、変えられるものの3つに分けることが大切だ」と話す。

例えば、変えたいものは、死亡数、重症数、入院日数。変えられないものは、子どもの年齢、発達段階、季節、時間、天気などだ。では、変えられるものとは何だろうか。

山中龍宏医師。背後のテディベアは事故検証に用いられた(撮影・穐吉洋子)

山中さんは次のような例を挙げた。

直径20ミリの玉を誤飲して窒息した1歳8カ月の女児のケースだ。母親が食事の後片付けをしている間に、女児は、薬局でもらった直径20ミリ程のボールを飲み込んだという。背中を叩くなど懸命の処置をしたがボールを取り出せず、女児はその後、搬送先の病院で亡くなった。

女児が飲み込んだおもちゃのボール。薬のカプセルを模したおもちゃだった(山中医師提供)

女児の死後、病院では、医師らが治療法を中心に意見を交換する「症例検討会」を行った。いわゆる死因究明だ。しかし、山中さんは、この死因究明とCDRはイコールではないと強調する。CDRが目指すものはその先にあるのだという。

「さまざまな職種で検討するCDRでは、この女児のケースの場合、医療機関の人なら心肺蘇生法の普及、保護者への注意喚起が話題になります。工学系の人が入れば、玉が入った人形が壊れない材質、玉の大きさや形状を考えたアイデアが出るだろうし、保育園の人なら、子どもへの指導について対応できるでしょう。警察官は、地域で危険を知らせたりできる。いろんな分野の人が関わり、変えられるものを増やしていく、これがCDRの一番の目的です」

これまでは、予防に生かせる死亡統計や事故のデータが多く存在しても、まとまって検討する場がなかったという。山中さんは、子どもの安全に関する問題を扱う司令塔として、こども家庭庁に期待を寄せるとともに、今後の活動を注視するよう訴えた。

■わが子を亡くしたママたちは……

トークイベントでは、わが子を事故や自殺で失った母親3人が登壇し、子どもたちを死から守るために何が必要かを語り合った。3人は言いようのない苦しみの中にありながら、子どもの死の予防に取り組んできた。その思いの強さには、心打たれるものがある。

神奈川県の小森美登里さんは、1998年に高校1先生の一人娘、香澄さんをいじめによる自殺で失った。学校に再三調査を要望したが叶わず、裁判に10年を費やした。

小森美登里さん。娘と手をつないで歩いた自宅近くの坂道で(撮影・穐吉洋子)

小森さんによると、香澄さんが亡くなった年に文部科学省が公表した子どもの自殺者数は198人。そのうち、香澄さんを含む3人が死因不明の「その他」として扱われていたという。

「これは香澄だけのことじゃない。死因がうやむやにされていたら、また同じことが起こる。これを放置してはいけない」

そんな思いにかられた小森さんは、国会議員を交えた勉強会を数多く開催してきた。2002年には、NPO法人「ジェントルハート・プロジェクト」を立ち上げ、今もいじめ問題の解決に取り組んでいる。

愛知県の栗並えみさんは、2010年、育休明けで職場復帰しておよそ半年後に、1歳5カ月の長男、寛也くんを失った。預け先の認可保育園でおやつのカステラを詰まらせたことによる窒息だった。

栗並えみさん(撮影・浅井弘美)

事実経過が分からず、関係者の聴き取りを始めた栗並さんは、保育園が抱えていた問題や報告に虚偽があったことを突き止める。その後、3万筆の署名を県に提出すると、ようやく検証委員会が設置され、保育園や行政の対応に問題があったことが公式に認められた。

栗並さんは、遺族自らが動かざるを得なかった経験を通して思い至ったことがあるという。

「全国どこで事故が起きても検証され、国を通じて再発防止策が全国に共有されるべきだ」

埼玉県の桐田寿子さんの小学6年生の長女・明日香さんは、2011年、学校での駅伝の練習中に倒れ、搬送先の病院で亡くなった。救急隊が到着するまでの11分間、学校に配備されていたAED(自動体外式徐細動器)は、使われることはなかった。このことを踏まえ誕生したのが、AEDによる救命教育マニュアル「ASUKAモデル」だ。

桐田さんも、再発防止には死因究明だけでは足りないと考えている。誤った判断や行動、ヒューマンエラーの可能性を考慮してASUKAモデルは編み出された。意識や呼吸があるかどうか分からない場合は、躊躇せず次の救命ステップに進むことが明記されているという。

「遺族にとってつらいことは、同じような事故が繰り返されることです」と話す桐田さんは、学校内死亡事故の死因第1位が突然死であることを鑑み、小学生からの救命教育に力を注いでいる。

「子どもの成長に応じた救命教育を学校で行うことにより、救える命を救える安全な学校、そして安全な社会が作られると思います」

桐田寿子さん。明日香さんが通ったさいたま市北区の日進小学校グラウンドで(撮影・穐吉洋子)

3人のわが子を亡くした経緯は異なるものの、「何が起こったのか本当のことを知りたい、そして二度と繰り返してほしくない」という切実な思いが、行政を動かした点は共通している。トークイベントでもその思いが随所に溢れた。こうした再発防止にかける取り組みはまさにCDRと重なり合う。では、現在のCDRはどこまで理想形にたどり着いているのだろうか。

■チャイルド・デス・レビューの現在地

保育施設や学校管理下での死亡事故であっても、かつては、なかなか検証委員会が設置されなかった。それと比べると、徐々に検証システムが行き渡り始めていると医師の山中さんは言う。

ただ、保育における事故ほどには学校での事故は検証が徹底されていない。CDRでは、家庭内も含めた子どもの死亡事例全てを検証することを念頭に置いている。厚生労働省は、参加自治体を募り、3年前からCDRモデル事業を7カ所以上の道府県で始めた。山中さんは、事業を通してCDRを進める上での課題が鮮明になったと話す。

「一番の問題は、個人情報法の問題です。特に犯罪性を判断する警察情報が得にくく、大きな障壁になっているように思います。チャイルド・デス・レビューを法的に整備している諸外国では、個人情報保護法よりCDRの検証を優先し、さまざまな情報がCDR委員会に集まるシステムができています。わが国では、まだ法的な整備ができていない。文部科学省、警察庁、厚生労働省など、各省庁が絡んでいるものを、1カ所に集約し、こども家庭庁が要望したり、勧告したりすることが必要ではないでしょうか」

再発防止策の柱としてのCDR、CDRを担うこども家庭庁への期待は、4人の登壇者それぞれに高く、情報収集を可能にする法整備の必要性もともに強調した。そして、社会全体で情報共有の大切さを認識するには、子を失った家族が事故直後の捜査や検証の進め方について正確に説明を受けること、そして、その捜査や検証が次の命を守るために役立つと信じられることにかかっている、と遺族の一人は訴えていた。

『チャイルド・デス・レビュー 子どもの命を守る「死亡検証」に挑む』 旬報社刊、(4-6判、304ページ、1870円税込)

◆このトークイベントは1月29日にオンラインで行われました。トークの模様は、録画で配信しています。2023年3月末までの期間限定公開です。詳しくはこちらのサイトをご覧ください。

◆トークイベントの詳報も公開しています。こちらからアクセスして参照ください。

© FRONTLINE PRESS合同会社