「移住者は〝都会風〟を吹かさないで」人口2千人の町が作った「七か条」が波紋 親切心?ムラ社会の闇?住民困惑も 実はモデルケースがあった

福井県池田町=2月17日

 地方への移住が注目されて久しい。新型コロナウイルスの影響によるテレワークやフリーランスといった働き方の多様化が進み、一過性のブームではなく定着したライフスタイルになった感がある。ただ、希望を抱いて移り住んだ土地で「都会風を吹かさないで」とくぎを刺されたら―。
 福井県池田町の広報誌に掲載された移住者への提言「池田暮らしの七か条」が波紋を呼んでいる。「今までの自己価値観を押し付けないこと」「『どんな人か、何をする人か、どうして池田に』と品定めされることは自然」。赤裸々な文言に、インターネット上では「事前に説明するのは親切だ」と理解を示す意見の一方、「移住したくなくなる」といった批判が渦巻いた。こうした反応を町民はどのように受け止めているのか。地域住民と移住者が初めから良い関係を築くにはどうすれば良いのだろうか。(共同通信=西野開)

池田町の風景=2月17日

 ▽「多くの人の注目と品定めがなされている」
 池田町は岐阜県と接する山あいの町で、面積の約9割を森林が占める豪雪地帯だ。1月1日時点の人口は2327人で、例年約20人が主に県内の近隣市町から移住している。
 町は空き家紹介や移住相談の窓口を設置して求人や学校の情報を伝えるほか、3歳児までの家庭に毎月、2万円分の地域商品券と子ども1人につき現金1万円を支給するなど、移住や子育て支援にも取り組んでいる。
 そんな町の思いを反映するように、1月16日に877世帯に配布された「広報いけだ」1月号では七か条を紹介。作成した理由もこう説明している。「町の風土や人々に好感をもって移り住んでくれる方々のための心得」
 

広報誌に掲載された「池田暮らしの七か条」

 具体的に七か条を挙げてみる。
 第1条「集落の一員であること、池田町民であることを自覚して」
 第2条「都市にはなかった面倒さの存在を自覚し協力して」
 第3条「集落は小さな共同社会であり、支え合いの多くの習慣があることを理解して」
 第4条「今までの自己価値観を押し付けないこと。また都会暮らしを地域に押し付けないよう心掛けて」
 第5条「プライバシーが無いと感じるお節介があること、また多くの人々の注目と品定めがなされていることを自覚して」
 第6条「集落や地域においての、濃い人間関係を積極的に楽しむ姿勢を持って」
 第7条「時として自然は脅威となることを自覚して。特に大雪は暮らしに多大な影響を与えることから、ご近所の助け合いを心掛けて」
 1~3条はお願いベースだが、4条からは一転して「上から目線」とも取れるような表現になっている。さらに、「都会風」「プライバシーが無い」「品定め」といった、ちょっと驚くような言い回しで表現されている。
 七か条は町のホームページでも閲覧でき、インターネット上では賛否含めてさまざまな意見が噴出した。「田舎暮らしは理想だけではうまくいかない」「言いにくいことを言葉にしていて誠実」と好意的な反応がある一方、「ムラ社会の闇が凝縮されている」と否定的な声も出た。反応は政府にも飛び火。2月10日の記者会見で見解を問われた岡田直樹地方創生担当相は「一般論だが、地元住民と移住者が互いの価値観を理解して良好な信頼関係を築き、ともに地域活性化に取り組むことを期待している」と述べた。

池田町役場=2月5日

 ▽町内33地区の「全区長が賛同」
 ところで、この七か条はどのように作られたのか。発端は、池田町内にある33地区のうち、数人の区長が町に「移住者が共同作業に賛同しない」などと相談したことだった。町と協議した区長会は、例として示された和歌山県かつらぎ町天野地区の「田舎ぐらしの7ヶ条」などを参考に、昨年12月に提言をまとめた。
 作成時の区長会長だった松倉治和さん(68)によると、提案した際は「表現が厳しい」という指摘も受けつつも、全区長の賛成を得たといい、文章の一部を修正して町に提言した。ただ、ある区長に話を聞いたところ、「文章を見て賛成か反対か示しただけ」と答えた。自身が関与した程度は薄いという。
 松倉さんは「排除の意図は皆無だ」と説明し、こう強調した。「移住者に町暮らしを理解してもらい、定住してほしいという気持ちで作成した」。一方で、言い回しが厳しく、表現も不適切だったとも認めた。「不快な思いをした人にはおわびしたい」。今後は文章の修正も含めて対応を現区長会に働きかけるつもりだ。
 移住者はどう受け止めているのか。数年前に県外から移住してきた30代男性は、七か条を読んでこう思った。「人権に関わるような内容が町の公式文章として出たことに恐怖を感じる」。以前から住んでいる周囲の住民も困惑し、ショックを受けたと話す人も少なくないという。

地元農家とトラクターで田植え体験をする笠原理紗さんと三女=2022年6月

 神奈川県から7年前に引っ越し、夫と3人の娘と暮らす笠原理紗さん(33)は、温かく迎え入れてくれた住民らの人柄にひかれて移住を即決したという。今では新たな移住者の相談に乗る「移住サポーター」になっており、必ず「都会とは違う田舎の良い面も悪い面も理解して、自分に合うか判断してほしい」と伝えている。七か条について尋ねると、表現は直す必要があるものの、地域の現状を伝えることは必要だと説明してくれた。「移住者と価値観を分かち合いつつ、折り合いを付けられたら」と願っている。
 笠原さんが感じたポイントは、区長会の大半が70代前後の男性で、地元在住が長いこと。「今の形を見直して、女性や若者も含めた多様な人の意見を聞きながら話し合うこともできるのでは」。池田町によると、最近3年間は女性の区長がいないという。

福井県池田町周辺の川で次女とカヤック体験をする笠原理紗さん=2022年7月

 ▽実は日本各地にある「集落の教科書」
 鳥取大の筒井一伸教授(農村地理学)によると、地域のルールや注意点を明文化した「集落の教科書」と呼ばれるような文書は、池田町だけでなく、実は各地で10年以上前から作成されている。移住者のトラブルやミスマッチを防ぐのに加えて、地域としても自分たちの理念を改めて確認でき、意義があるという。
 

池田町の広報誌

 筒井教授は、池田町のケースについて、区長会が中心となって作成したことを評価する一方で、広報誌に載せるのなら町としても表現を工夫すべきだったと指摘する。町と一緒にパブリックコメント(意見公募)をするといった、より穏当な方法も提案。「地域コミュニティーの運営に多様な人が関われば、もっと表現を工夫できたかもしれない」
 明治大の小田切徳美教授(農村政策論)は、七か条が移住を考える人々の判断には影響しないとみている。理由は、希望者がその地域の先輩移住者や住民との交流を通じて決めるため、人とのつながりの方が重要だから。付け加えるとすれば「移住者とともに地域を作っていくという姿勢も盛り込んだら分かりやすかった」とも考えている。
 移住者と地域、双方の歩み寄りの形が明文化され、モデルケースとされている地域がある。和歌山県かつらぎ町天野地区だ。地区100世帯のうち、約3割が移住者で、毎年5~6世帯が増えている。2021年までの10年間で14歳以下の人口は1・5倍になり、19年度には過疎地域自立活性化優良事例として総務大臣賞も受賞した。
 天野地区では、2006年に移住者の支援を含めた地域づくりを目的に「天野里作りの会」が発足。11年に7ヶ条を作成し、移住者に見せている。池田町の七か条のモデルとなったものだ。
 天野地区の7ヶ条にもこんな表現がある。「プライバシーは無いと思え」。やはり刺激的だ。ただ、その後には、意図を丁寧に説明するこんな文章が続く。「人間同士の関係は非常に忙しい」「家に帰ってみれば、台所におすそ分けが置いてあった。また、近所の人が待っていたなんて事はありがちです。孤独事故の心配や、疎外感にさいなまれることはありません」
 ほかの条文も「自分の今までの価値観は通用しないと思え」。これまた反感を買いそうだが、やはり文章には続きがあり、「個人の言い分に対して都会よりは全体を重んじる風潮がある」と説明した上で「都会で得られた知識や技術まで否定されるわけではありません。逆に大きな期待を持って迎えられます」と歓迎ムードを押し出している。

池田町の風景=2月17日

 地元の人と移住者の間でトラブルはほぼなく定住率は高いといい、里作りの会会長の谷口千明さん(75)は「地区にやってくる人からは、移住時に分かって良かったと感謝される」と話す。
 谷口さんが池田町の七か条を読んで引っかかったのは、「してください」といった表現が多く、地域側の要望が目立つ点だという。「天野の7ヶ条は、移住者の価値観を否定せず、逆に参考にしたいと伝えている」。モデルケースになるゆえんを明かしてくれた。
 里作りの会のメンバーには、移住者や天野地区に関心がある外部の人も入ってもらっており、新たな移住者の支援をしている。「地元の人だけでなく、移住者や外の視点を大切にすることが、地域づくりでは重要だ」と力を込めた。

※この記事については、音声でも記者が解説しています。
以下のリンクの共同通信Podcast番組「きくリポ」で、ぜひお聞きください。
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