「圧倒的な切れ味」独自開発の包丁は納品2年待ち  職人小林さん「プロ向け市場はブルーオーシャン」

 回転する砥石に包丁を押し当てて刃先を整える研ぎの作業=2022年12月、岐阜県関市

 切れ味だけを追い求め、一流の料理人から最高の評価を受ける職人が刃物の町として知られる岐阜県関市にいる。プロ向けの包丁を専門とする会社「礼頂(らいちょう)」代表取締役の小林弘樹さん(42)だ。この道に入ったのは24歳の時。当時は中国製品が日本に流入し始め、業界の将来に悲観的な声が強かった。「そんなに手間をかけても売れない」。周りから反対を受けても、信念を曲げず技術を磨いた。

 従来の和包丁、洋包丁と競合しない新しい刃先を開発し、一流料理店を渡り歩いて直接試し切りを申し込んでお客を広げた。現在、1本4万~16万円の包丁は納品まで2年待ちの状態だ。小林さんは「トッププロに向けた包丁は競合がいないブルーオーシャン。職人は今一番ホットな仕事だ」と強調する。(共同通信=美濃口正)

 ▽いつかは自分の包丁

 小林さんが生まれ育った関市は、鎌倉時代の刀鍛冶をルーツとする刃物の町だ。刀作りに必要な良質の土と松炭、きれいな水があり、刀匠が集まった。今も日本やドイツの大手刃物メーカーが生産拠点を置く。

 小林さんの父親も包丁職人だった。周囲に刃物があるのが当たり前の環境で育ち、子どものころから「いつか自分の包丁を作りたい」と思っていた。だが大学を卒業後に就職したのはアパレルメーカーだった。

 父親が経営する包丁研ぎ専門の会社へ入社を希望したが、断られた。当時中国などから安い刃物が日本に流入し、製造拠点を海外に移す企業も多かった。2年間会社勤めをしたが、包丁への思いが断ち難く、父親に頼み込んで包丁の世界に入った。

 関市では刃物作りの分業が進んでおり、小林さんは包丁研ぎに特化した職人として、さまざまなメーカーの製品に関わった。日本で最高水準の技術を持つと言われていた「親方」に弟子入りし、包丁作り全般を学んだ。

 師匠と肩を並べる技術を身に付け、さらに自分の理想を目指すために2016年に独立した。周囲からは「そんなに手間をかけて最高の製品を作っても、売れない」と猛反対を受けた。ただ「圧倒的な鋭い切れ味を実現すれば、分かる人には分かってもらえる」と諦めなかった。

 鋼板を包丁の形にレーザーでカットする型抜きや熱処理の工程は信頼できる業者に任せ、自身は、包丁を薄く削る「切削」と「研ぎ」に軸足を置くことを決めた。

焼き入れの作業をする「礼頂」代表取締役の小林弘樹さん

 ▽左右で異なる刃先
 「自分がイメージした通りの包丁を実現すれば、絶対に革命を起こせる」と確信があった。父親の会社の片隅を借りて設計図面を描き、独自の包丁開発に打ち込んだ。

 料理人が使う包丁には、和包丁と洋包丁の2種類がある。刃先の断面図を想像してほしい。ペン先のように刃先の両側に角度が付いているのが洋包丁で、西洋料理がメイン市場だ。家庭で一般的に使われる「三徳包丁」もこのタイプだ。一方、片側だけを削ったのが和包丁で主に和食調理に使われる。

 包丁を研ぐ小林弘樹さん

 小林さんが開発したのは、両刃だが、刃先の角度が左右で異なり非対称となる全く新しい形状だ。どういう割合で刃先に左右差をつけるのかは企業秘密だ。

 「切れるようにするには、まずは刃を薄くすればいい。ただ薄く、鋭くし過ぎると、刃先がもろくなり使い物にはならない」。固いステンレス鋼板を柔らかいステンレス鋼板で挟んだ特殊な薄板形状の鋼材を仕入れて加工する。信頼の置ける鋼材メーカーに材質などをきめ細かく指定しているが、厚みには個体差があり、一本一本厚さをそろえて削っていくのも職人の腕の見せどころだ。

 切れる包丁になるかどうかは最終工程の刃先の研磨にかかっている。まずは大胆に削り、きめの細かい砥石を使って慎重に仕上げる。独立して間もないころ、最高だと思える包丁は100回に1回しかできなかった。

 ミクロン単位の微妙な調整が必要で、機械では絶対にたどり着けない領域だ。「指紋で刃先の表面を感じて仕上げを調整する」という。独立後、プロに提供できる水準に品質が達するまで半年かかった。さらに高みを目指す姿勢は今も変わらない。

 回転する砥石に包丁を押し当てて刃先を整える研ぎの作業

 ▽「道場破り」の気持ちで売り込み
 できた包丁をどう売り込むのか。小林さんは、東京やフランスに足を延ばし、一流料理店を食べ歩いた。「この人に自分の包丁を使ってほしい」と思えるシェフに出会えたら、「道場破り」をする意気込みで持参した包丁の試し切りを申し出た。

 いぶかしみながら包丁を手に取るシェフだったが、実際に使うと、いずれも表情が一変。フランスに持ち込んだ約30本は完売、現在も注文が途切れない。

 「ぜひ使いたい」と注文してくれた有名シェフに「ご注文ありがとうございます。納品は今から2年後になります」と答えるとシェフは落胆。「君、面白いこと言うね~」と苦笑いすることしきりだったという。

 「礼頂」の包丁

 ▽2人の弟子
 途切れない注文に、一人で応え続けるのは難しい。男女2人の弟子を育てている。

 入門して5年の久留宮裕章さん(42)は以前、水道工事に携わっていた。現場を任される存在だったが、学生時代から交友があった小林さんから職人にならないかと声をかけられ一念発起し飛び込んだ。市販品をはるかに上回る品質の包丁を研ぐ実力はあるが、久留宮さんは「礼頂ブランドを背負うのはまだ早い。師匠のレベルを知ってしまっているので、いまはそこに少しでも近づくよう頑張るときだ」と話す。

 もう一人の弟子は渡辺まどかさん(38)。中学生の男の子を育てながら包丁づくりに打ち込む。現在は木材を貼り合わせてつくる取っ手部分を任されている。材木の表面を丁寧に磨いていく。

 取っ手部分を丁寧に研磨する弟子の渡辺まどかさん。後ろで小林弘樹さんが見守る

 料理人の手に直接触れる部分だけに、包丁の使い勝手に影響してしまう重要な工程だ。この木材研磨の加減が包丁の研ぎの修行に役立つという。

 小林さんは、職人の腕には、性別や年齢は関係ないと言い切る。やりたい気持ち、物事をやりきる気持ちがあれば大成する。「これだけ需要があるのに、生産が全く追い付かない。包丁職人の将来は非常に明るい。大手企業の社員以上の待遇を当たり前にして、誇りを持って働いてほしい」と話す。「最高水準の腕を持つ包丁職人は引く手あまただ。未来が開けている仕事だ」と断言した。

 包丁を手に笑顔の(右から)渡辺まどかさん、小林弘樹さん、久留宮裕章さん

 ▽「さびない、軽い、切れる」の三拍子
 愛知県一宮市でフランス料理店「HONJIN(ほんじん)」を営む田島祐大さん(31)は「包丁の切れ味は、断面を見れば分かる」と話す。

 小林さんの包丁を素材にあてがうと、ほとんど力を入れなくても、刃がすっと入っていく。堅いニンジンや大根、柔らかいトマトも全く変形せず、断面は平面で輝き、汁が垂れることがなかった。

 切れ味が悪い刃物で切ると、押しつぶすような力が素材に加わり、せっかくのうまみがしみ出してしまう。おいしい料理に切れ味のいい刃物は必須条件だ。

 田島さんは「切れ味が本当にいい。これをお客さまにも味わってほしい」と、お客が肉料理を切り分けるためのナイフを全て礼頂から調達した。

 ステンレス製の包丁はさびないのも強みだ。和包丁は鉄製のものがほとんどだが「梅雨の季節には数分でさびが浮かんでしまう」ことがあるという。欧州では衛生面からステンレス以外の包丁を避ける動きも出ている。

 通常の包丁よりも薄く仕上げた礼頂の包丁は軽量だ。関市ですし店を営む沢村豊政さん(41)は「さびない、軽い、切れる」の三拍子がそろうと太鼓判を押す。長時間仕事をしても疲れないそうだ。

 「礼頂」の包丁を手にするフランス料理店「HONJIN」の田島祐大さん=2022年12月、名古屋市

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