「物価上昇は続くも鈍化していく」日銀は日本の経済や物価の先行きをどのように見ているのか

日銀総裁人事に注目が集まっています。日本経済新聞が6日の早朝に「日銀次期総裁、雨宮副総裁に打診 政府・与党が最終調整」という記事を配信しましたが、雨宮氏が固辞したということで、黒田総裁の後任として経済学者の植田和男氏を候補とする人事案が国会で提示されました。黒田総裁は4月8日に2期10年の任期を終えるため、まだ現体制で1か月以上運営をするわけですが、現時点で日銀は日本の経済や物価についてどのような見解を持っているのでしょうか。日銀が公表する「展望レポート」から読み解きましょう。


経済と物価の現状認識

日銀は年4回(通常1月、4月、7月、10月)の政策委員会・金融政策決定会合を経て、金融政策運営の考え方を整理した「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)を決定し、公表しています。日銀のホームページから誰でも確認できますが、全文を確認しようとすると全部で50ページ近くにわたる大作で読むだけでも一苦労のため、まずは基本的見解という10ページ以内にまとめられた簡易版を確認することからはじめるといいでしょう。

1月19日に公表された最新版を読んでみると、日本の景気は資源高の影響を受けながらも、全体としては持ち直しているという認識を示す一方で、海外の景気は回復ペースが鈍化していると認識しています。日本経済の内訳としては、企業の収益は全体として高水準で推移しているものの、業況感は横ばい。設備投資は緩やかに増加しており、雇用・所得環境は全体的に緩やかに改善しているとしています。

このような政府や日銀の景気認識をみたときに、「自分の体感では景気はそこまで良くない」とか「もっと景気はいいはずだ」と抱く感想は十人十色だと思いますが、注意すべきはこれらはあくまでマクロ経済全般の認識であり、個々人の経済環境というミクロな視点ではないということです。

物価についてはエネルギーや食料品、耐久財の価格が上昇していることにより、3%台後半の伸び率を前年比で記録しており、人々の予想物価上昇率も上昇しているとしています。つまり、多くの国民が将来も物価が上昇していくと思い始めているという認識なのです。

経済の見通し

現状認識は上記の通りですが、それでは経済についてはどのような見通しを持っているのでしょうか。資源高や海外経済の減速が日本経済の下押し圧力になるものの、新型コロナウイルスの影響による行動規制や供給制約の影響が徐々に和らいでいき、かつ日銀による金融緩和や、政府の経済対策の効果にも支えられて経済は回復していくという見通しを持っています。

こちらもまた内訳をみていきましょう。雇用面では景気の回復に伴い正規雇用の増加が続くだけでなく、対面型サービス部門の回復に伴って非正規雇用の増加も明確化していくとしています。そして、労働需給が引き締まるだけでなく、物価上昇も反映されることで、賃金上昇率も高まっていき、結果的には消費も増加していくとしています。しかし、消費が増加するという見通しを持っているものの、物価上昇に伴う実質所得の低下は逆風になるということも指摘しています。ただし、政府によるガソリン、電気ガス代の負担緩和策や全国旅行支援制度などの政策が消費を後押しするため、全体としては消費は増加するとしているのです。

物価の見通し

それでは、次に物価の見通しもみてみましょう。目先は輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響から高めの伸びとなるとしています。新型コロナウイルスによる供給制約や、ウクライナ戦争による影響でエネルギーや素原材料の価格が上昇しただけでなく、ドル円相場でも円安が急ペースで進んだこともあり、輸入する際の価格が上昇し、それを企業が販売価格に転嫁しているということですね。

しかし、足元では円安も海外のインフレもピークアウトしていることから、輸入物価の上昇は日本国内でも鈍化していき、政府の経済対策によるエネルギー価格の押し下げ効果もあって、来年半ばにかけてはプラス幅を縮小していくとみているようです。

中長期的には予想物価上昇率や賃金上昇率が高まっていくもとで、政府の経済対策によるエネルギー価格低下の反動などもあり、再び物価上昇率はプラス幅を緩やかに拡大していくとしています。

人々、つまり家計や企業の予想物価上昇率が高まっていくと、企業の価格・賃金設定功労や労使間の賃金交渉の変化を通じて、賃金の上昇を伴う形で物価の持続的な上昇につながっていくと考えられるとしていますが、これこそが日銀の目指す物価上昇のかたちであって、これまでにも出てきた輸入物価の上昇による、いわゆる「コストプッシュ型」のインフレを目指しているわけではないということは理解しておきましょう。

金融政策の変更に注目

国が出来る主な経済政策は政府による財政政策と中央銀行による金融政策です。なぜ、このタイミングで日銀の現状認識と将来の見通しを確認したのかというと、新たな日銀総裁がどのように金融政策を変更させる可能性があるのか、ということを事前に考えるためです。金融政策が変更しても、株や為替を取引している人にしか影響はない、と考える方も多いのですが、そんなことはありません。

昨年12月に10年国債利回りの変動幅拡大を決めたことにより、住宅ローンの固定金利が上昇しましたが、仮に短期金利を引き上げれば、今度は変動金利にも上昇圧力がはたらきます。また、金利が全体的に引き上げられれば、個人にとっては住宅ローンだけでなく、その他のローンに適用される金利も上がりますし、企業にとっても新たに資金を借り入れる際に、支払わなければならない金利負担も高まります。

これまでみてきたように、現在の物価上昇はあくまでエネルギー価格などの上昇によるものですが、このインフレを契機に賃金上昇が実現し、需要が物価を押し上げる展開になるかどうか。新たな総裁が黒田路線を踏襲して異次元の金融緩和を維持するのか、それとも金融緩和を解除していくのかは、このようにして日銀の現状認識と見通しを理解することによって予測が出来るのです。

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