ニーナ・シモン、生誕90周年記念した最新ベスト盤が登場

TikTokやInstagramを通じて6億3,000万回以上聴かれ、いま世界中の若者からの注目を集めているニーナ・シモン、今年生誕90周年!

近年、秀でた音楽ドキュメンタリー映画が少なくない。ことブラック・ミュージックに絞ると、その筆頭に挙げられる作品が2021年アメリカ映画『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』ではないだろうか。

1969年夏場にNYハーレムのマウント・モリス公園で複数回催された、“ハーレム・カルチュアル・フェスティヴァル”というフリー・コンサートの撮影フィルムを発掘したもので、監督にはザ・ルーツ(その2014年作で、シモンの59年曲をそのまま使った)のクエストラヴが就いた。そこでの秀でたヒップホップ感覚に裏打ちされた巧みな映像編集は出演者たちの美点を効果的に伝えるとともに、あの時代もBLM運動が盛んな現在も米国黒人を取り巻く状況は変わっていないという事実をリアルに浮かび上がらせていた。

<YouTube:『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』2/9 デジタル配信開始

様々な出演者のなか、特に多大な訴求力を放っていたのが当時半端なくイケイケだったスライ&ザ・ファミリー・ストーンと、音楽の素敵を介して毅然とアフリカン・アメリカンのプライドを表出していたニーナ・シモンのお二人だった。特に普段あまり動いている映像に触れる機会が少ないこともあり、シモンの精気に満ちた様はぼくを震え上がらせた。彼女は公民権運動とリンクするメッセージ曲を大きなスケール感とともに送り出したことでも知られるが、まさに映画映像はその核心を鮮やかに教えてくれた。

<YouTube:Nina Simone - I Put A Spell On You (Official Video)

ジャズ、ソウル、ゴスペル、クラシック、ポピュラー・ミュージック、ラテン……。様々な音楽語彙を包括していたシンガー/ピアニストであるニーナ・シモンは1933年ノース・キャロライナ州に生まれた。本名はユーニス・キャスリーン・ウェイモン。子供の頃から、ピアノの才能を発揮。目指すはクラシックのコンサート・ピアニストで、まずは名門ジュリアード音楽院で学んだ。

だが、その先の音楽学校の奨学金を得ることは叶わず〜それは自身がアフリカ系であるからと、彼女は信じた〜食べるためにニーナ・シモンの名で彼女はナイト・クラブに出演するようになる。乗り気じゃなく始めたピアノ弾き語りではあったものの、存在感は十分。結果、1958年以降シモンはレコーディング・アーティストとして活動を始めた。シンプルなことをやっても何処かブラックホール的な広がりを感じさせるのは、そうした彼女の高尚と大衆受け表現を一気に横切ってしまった初期キャリアが正に働いたとは言えるはずだ。

ベツレヘム、コルピックス、フィリップス、RCA、CTI、ヴァーヴ、エレクトラなどのレーベルからアルバムをリリース。その数はオリジナルだけでも30作を超える。時期やアルバムにより持ち味の動きはあるものの、地に足をつけつつ一つのジャンルにいることを拒否するような超然としたノリをシモンは出し続けた。その生理的なストロングネスの奥には慈しみや憂いもあったのだから、これは強い。とともに、彼女の曲がシャネルのコマーシャル・ソングに使われた事実が語るように、彼女の佇まいはある種のセレブ性を抱えるものでもあった。

<YouTube:Nina Simone "Love Me Or Leave Me" on The Ed Sullivan Show

また、彼女は移動する音楽家でもあった。1970年9月には米国を離れ、バルバドス、リベリア、スイス、フランス、オランダと渡り歩き、乳がんを患った彼女は2003年に亡くなった。その晩年は、南仏に住んでいた。

さて、<アフリカン・アメリカンとして自立し戦った女性アイコン>であり、<ジャンルレスな音楽の自在を求めたミューズ>とも言うべきニーナ・シモンにとって、2023年は生誕90年にあたる。そして、今回リリースされる『GREAT WOMEN OF SONG』はかようなニーナ・シモンを若い層に紹介しようとする、彼女の伸長期たる1960年代中期のフィリップス音源をソースに置く新編纂盤だ。

<YouTube:Nina Simone - Feeling Good (Official Video)

ディープなフィーリングを舞わせなら同胞の希望を歌った「Feeling Good」から、彼女の最たるプロテスト・ソングであるライヴ曲「Mississippi Goddam」(文化歴史的重要曲として、米国議会図書館のリスト入りした)まで。さらに1992年刊行された彼女の自伝の表題にもなったメロウな「I Put a Spell on You」、エルヴィス・コステロやミシェル・ンデゲオチェロ(彼女は2012年にニーナ・シモン曲集を出している)ら様々なカヴァー生んだ彼女の代表曲の一つ「Don’t Let Me Be Misunderstood」、4人の黒人女性を詩的に描いた内省的な「Four Women」、等々。また、簡素なオーケストラ音のもとフランス語で歌われる「Ne Me Quitte Pas」、「I Loves You, Porgy」や「Lilac Wine」といった彫りの深い彼女印のスタンダードのカヴァーも味わい深い。

<YouTube:Nina Simone - Don't Let Me Be Misunderstood (Audio)

そうした楽曲群からは、エヴァーグリーンという言葉もまさに導き出されるだろう。ゆえに、近年もタリブ・クウェリ、フライング・ロータス、カニエ・ウェストらコンテンポラリーな担い手たちも彼女のプロダクツをサンプリングしている。また、2015年公開の彼女を扱ったネットフリックス映画『What Happened, Miss Simone?』は、ロバート・グラスパーとローリン・ヒルが統括制作者として就いた『Nina Revisited: A Tribute to Nina Simone』(RCA)という派生アルバムを生んでもいる。そこには、メアリー・J・ブライジ、グレゴリー・ポーター、コモン、レイラ・ハサウェイ他が入った。

<YouTube:Ms. Lauryn Hill - Feeling Good (Nina Simone Tribute)

そのトリビュート盤には、ニーナ・シモンの娘であるリサ・シモンも参加。1962年生まれの彼女は広角型のシンガー・ソングライターとして活動し、ブルーノート東京にも出演したこともある。ニーナ・シモンの1973年の来日公演の際に一緒に日本に来たこともあるリサは、母親が住んだ南仏の家に住んでいるという。

(文:佐藤英輔)
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■リリース情報

Great Women of Song: Nina Simone
2023年2月17日リリース 
stream & download→https://Nina-Simone.lnk.to/GreatWomenOfSong

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