「神の名において、あなたの夫と結婚します」 刺激的なタイトル、イスラム世界ならではのラブストーリー 【インドネシア映画倶楽部】第50回

Bismillah Kunikahi Suamimu

インドネシアで「ポリガミ」(poligami)と呼ばれる多重婚がテーマで、その中での愛情、誠実さ、自己犠牲が描かれます。多重婚をテーマにした映画はこれまでにもあり、その都度、論議を呼んできました。今回は現代ジャカルタを舞台にしているのが特徴です。

文・横山 裕一

センセーショナルなタイトルだが、多重婚が認められたイスラム世界ならではの恋愛物語。同様のテーマを扱った、過去のヒット映画「愛の章句」(Ayat Ayat Cinta)シリーズや「愛しく想えぬ天国」(Surga Yang Tak Dirinduhkan)シリーズと類似した内容ではあるものの、前者が海外、後者が地方を舞台にしたのに対し、本作品は現代のジャカルタを舞台にしたドラマである。

物語は、出産を控えたハンナが定期検診先の病院で高校時代の親友、キャティと偶然再会するところから始まる。キャティは医師でハンナの担当医となるが、その後ハンナの夫・マリックが元恋人だったことを知る。ある日、自宅で倒れたハンナの診察の結果、脳に進行ガンが見つかり、手術をしても母子共に助かる見込みが低いと医師から告げられる。親友キャティと夫マリックの過去の関係も知っていたハンナは病床で二人に思わぬ依頼をする。

「万が一私がいなくなっても、子供は信頼できる人に育ててもらいたい。安心できるよう、私が生きているうちに二人に結婚してほしい」

戸惑うキャティとマリック。しかし、切実なハンナの願いに二人は同意し、ハンナの病室で結婚を誓う儀式を行う。二人の結婚を見届けたハンナは手術を受け、子供は無事出産したが、ハンナは意識不明の状態が続いてしまう。さらにその後、思いもかけない展開が続き、キャティとマリックの困惑は深まっていく……。

冒頭述べた通り、本作品はインドネシアで「ポリガミ」と呼ばれる多重婚がテーマで、その中での愛情、誠実さ、自己犠牲が描かれている。特に本作品の主人公の一人、キャティは友情と愛情の狭間に立たされるが、自己を抑えて友情を優先して真摯に向き合う。しかしその結果、物語後半には裏切り者扱いまでされて苦悩する。こうした登場人物の心情の移ろいが本作品の見どころでもある。登場人物の多くが相手のことを思っての言動で徹底されている点は出来過ぎと言われるかもしれないが、素直に受け入れられ心地良い。

多重婚の習慣については、イスラム教徒間でも現代においては是非をめぐる論議が続いているのが現状だ。本作品の原作本(同タイトル)の出版時や、前述の映画「愛の章句」シリーズなどの公開時にはその都度論議を呼んでいる。本作品内でも、主人公夫妻が多重婚に至ったことを知ったお手伝いさんが「多重婚なんて!」と思わず口走ったり、事情を知るベビーシッターが夫妻らを擁護するシーン、またキャティの母親が「私は娘を第二夫人にするため育てたのではない」と話すシーンなどで、多重婚に対する現代社会におけるイスラム教徒の姿勢が分かれていることも表されている。

イスラム教における多重婚の容認は神の啓示である「コーラン」(Al-Qur’an)の女性の章の第3句に主に記されていて、当時頻発した戦争による未亡人らを「公平に支援できるならば4人まで」妻として娶ることを許されるとの記述からきている。今回の作品の多重婚もまさに自己の欲望からではなく、人助けが起因していることからも多重婚本来の動機づけの例のひとつといえるだろう。とはいえ、当事者の抱える苦悩や想いは様々で、本作品ではそれらが的確で詳細に描かれている。

主人公の一人、キャティ役を演じたシファ・ハジュ(23歳)は2019年公開の映画「べバス(自由)」では主人公の娘役として可愛らしい高校生だったが、本作品ではスラリとした美人女優に成長した姿を窺うことができる。ワイドショー的な話をすると、多重婚の夫役を演じたリズキ・ナザルとは現実世界で恋人関係も噂されていて、映画内とはいえ二人が結婚するシーンがファンから話題を呼んでもいる。

日本では制作されないであろう、インドネシアならではのイスラム文化の一つともいえる多重婚をテーマにした恋愛作品でもあるだけに、この期に是非劇場でご覧いただきたい(英語字幕あり)。

予告編を観ていると、今後も興味深そうな作品が予定されていて、新型コロナ禍明けと言っても良さそうな今年は、インドネシア映画界も楽しみだ。

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