資格試験でまさかの「正解」、賃貸アパートの鍵を壊したら大家の負担?予備校は困惑、国も苦言

賃貸マンションの鍵と鍵穴

 賃貸アパートやマンションから引っ越す際の「原状回復費」。オーナーと賃借人のうち、どちらがどの程度負担するかでトラブルになりやすい。「国民生活センター」が2月1日、春の引っ越しシーズンを前に出したプレスリリースによると、賃貸住宅に関する相談は毎年3万件以上あり、そのうち原状回復の相談は1万3千~4千件と約4割を占めた。不動産会社の担当者にとっても他人事ではない問題だ。ところが、賃貸住宅を扱う資格試験で、原状回復を巡って物議を醸す試験問題が出された。問題は鍵(シリンダーを含む)の取り扱いについて。「借主が鍵を紛失した場合に限り、シリンダーの原状回復費用は借主が負担する」という選択肢が、正解とされたのだ。この文言通りだとすると、たとえば借主が故意に鍵を壊した場合でも、オーナーが費用を負担しなければならなくなる。
 この問題は、賃貸住宅の入居から退去、更新まで幅広く担う「賃貸不動産経営管理士」の試験で出された。問題と答えはインターネット上でも不動産関係者の間で話題となり、困惑する声が上がった。それでも、試験を実施した団体は、有識者を交えた議論の末、「不適切ではない」と結論付けた。
 結果として騒動は国まで巻き込むことになり、所管官庁の国土交通省は「今後の問題作成に当たり、改善を要請」した。さらに、試験合格者の中には試験実施団体の対応に納得がいかず、辞退を申し出る人も現れる事態に。結局、鍵を壊した場合はどちらの負担になるのだろうか。(共同通信=宮本寛)

協議会のパンフレット

 ▽そもそも「賃貸不動産経営管理士」とは
 不動産関連の資格と言えば、「宅地建物取引士」(宅建士)が代表格だが、宅建士は募集、案内、契約、鍵の引き渡しといった、主に入居までを担うのに対し、賃貸不動産経営管理士は入居審査から入居中、契約終了など、主に入居中から退去・更新まで、幅広く担う。
 もともとは「(一社)賃貸不動産経営管理士協議会」が創設した民間資格だった。ところが、2010年代に「サブリース問題」が勃発した。サブリースとは、不動産業者などがアパートを家主から借り上げ、入居者に貸す事業のこと。問題になったのは、「家賃を保証する」などと勧誘されてアパートを購入したものの、業者が入居率の低迷を理由に賃料を減額したり、業者の経営悪化で賃料が支払われなかったりするケースで、これが2010年代になって多発した。
 代表的なのが女性専用シェアハウス「かぼちゃの馬車」。運営していたサブリース業者「スマートデイズ」の経営破綻による賃料未払いや、スルガ銀行による家主への不正融資も明らかになった。
 国が対応に動き出し、2021年6月に「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律」、いわゆる「賃貸住宅管理業法」が全面施行。その結果、一定の賃貸住宅を管理する事業者には、「業務管理者」が必要になり、この業務管理者になれる要件の一つに「賃貸不動産経営管理士」が含まれた。このため、この資格は民間団体が出しているものの「広義の国家資格」と呼ばれている。
 資格者の需要は高まっており、受験を申し込む人数も年々増加。2016年の約1万4000人から2022年は3万5000人となった。
 その一方で合格率は16年に55・9%だったのが、22年は27・7%と下がり、難関となっている。

2022年度の試験問題の表紙

 ▽騒動となった問題とは
 2022年の試験問題を詳しく見てみる。
 議論になっているのは、全50問のうちの問11だ。
 「原状回復ガイドラインにおける借主の負担に関する次の記述のうち、適切なものはどれか」
 問題の選択肢は四つ。そのうち正解とされた4番は「鍵は、紛失した場合に限り、シリンダーの交換費用を借主の負担とする」だった。
 字面通りに考えると、賃貸物件のオーナーは鍵のシリンダー交換費用を「鍵の紛失」以外の理由で借主に請求できなくなる可能性が出てくる。たとえば、「盗難」の場合は、防犯上、シリンダーごと取り換えるのが一般的だが、これを大家が負担するのだろうか。さらには借り主が鍵をなくしたことを隠そうと、わざとシリンダーごと壊してしまった場合、紛失が露見しなければ大家に費用を請求できてしまうことにもなる。

騒動となった「問11」。選択肢4が正答とされた

 ところが、設問にある「原状回復ガイドライン」の記述には「鍵の紛失や不適切な使用による破損は、賃借人負担と判断される場合が多いものと考えられる」とあり、選択肢4と明らかにずれている。さらに、ガイドラインの冒頭などにはこんな大原則が書かれている。「借主の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用方法を超えるような使用により生ずる損耗等については、賃借人が負担すべき費用となる」とあり、やはり選択肢4の文言には首を傾げざるを得ない。
 試験後、ネット上でもこの選択肢4に疑問を呈するこんな指摘までなされた。「借主が『鍵をより防犯性能が高いものに変更したい』と提案したら、普通は借主に費用負担が生じるのではないか」

 

Kenビジネススクールの田中嵩二氏(本人提供)

 ▽資格学校も困惑
 資格試験の予備校も、この問題と解答には困惑したようだ。不動産関連の資格取得を専門に扱う「Kenビジネススクール」は試験後に予想回答を公表しているが、今回はこんな注釈を付けた。
 「問11に関しては、4も不適切である可能性があります。鍵の不適切な使用により、シリンダーも破損して交換せざるを得ない状況があり得るからです。問題文にあるように「紛失した場合に限り」と限定する表現では、必ずしも適切であるとは言い切れないと思われます。ただ、そうなると正解がなくなることになるので、消去法で4を選ぶべき問題かと思われます」
 予想回答を作成した田中嵩二代表取締役に聞くと、こんな答えが返ってきた。
 「まず、『限り』と限定してしまっている選択肢は、例外があり得るので選ばないのが普通です。問題の作り手が言葉の使い方を間違えたのではないか。うちの受講生からも試験直後から『おかしいのではないか』という声が相次いで寄せられました」
 騒動が広まるにつれて、合格したにもかかわらず「辞退したい」と願い出る人まで現れた。東京都練馬区で不動産賃貸業を営む田口真義さんだ。正答に納得がいかず、国交省や東京都の担当者に電話で問い合わせ、いずれも「限ることはない」との回答を得たという。

田口真義さん=1月

 田口さんは怒りをにじませて語る。「実務上、ガイドラインの原則から考えるべきで、鍵を紛失した場合以外の事例があった際には、入退去トラブルが増えることになる」
 試験を運営する協議会にもメールを送り、選択肢4を正答とした点に疑念を抱いていることや合格を辞退する旨を伝えた。ただ、協議会からの返信は「試験問題や正解の根拠等のお問い合わせにはお答えいたしかねます。なお、合否の結果につきましては、相対評価で合否を判定しており、合格の辞退等はいたしかねます」という内容だった。
 「賃貸不動産経営管理士」には倫理憲章があり、「公共的使命、法令の順守と信用保持、信義誠実の義務、公正と中立性の保持…」をうたっているが、田口さんは、選択肢4を正答とするのは明らかに倫理憲章に反すると指摘する。「そんな資格を持つくらいなら、大家さんにも入居者さんにも公平公正で誠実に向き合い、信用と信頼を主力商品とする街の不動産屋でいたい」。田口さんは資格登録をしない意向だ。

田口さんに届いた合格通知書

 ▽結局、鍵の破損はどちらの負担?
 この試験問題を作成したのは、大学教授や弁護士、不動産業界団体幹部に加え、現役の国交省官僚も名前を連ねた委員会だ。協議会に見解を尋ねると「当協議会の試験委員、有識者も交えて検討した結果、選択肢1~3が明確に誤りであり、4が不適切でないと判断し正解として扱うこととしております。今後は疑義のない作問に努めるよう留意していきたく存じます」と回答した。
 つまり、適切とは言えなくとも明確な誤りとは言えず、他に選択肢がないから4が正解、という理屈のようだ。
 法を所管し、試験委員まで送り出している国交省はどう考えているのだろう。不動産・建設経済局の担当者は取材にこう説明した。「協議会が有識者を交えて議論した結果、問題ないと判断したと報告を受けた。国交省として、今後は疑義のないような作問に努めるように昨年12月に要請した」

 独立行政法人「国民生活センター」は2月1日、消費者向けに「住み始める時から、『いつか出ていく時』に備えておこう!―賃貸住宅の『原状回復』トラブルにご注意―」とするプレスリリースを公表した。その中で、貸主と借主の修繕分担例として、「賃借人の負担となるもの」に「鍵の紛失または破損による取替え」と明記した国交省のガイドラインを引用している。
 国交省住宅局の担当者はこう強調した。「ガイドラインは基本的なルールを書いているだけ。あくまで参考資料で拘束力はない」。その上で、一般論としては「借主の故意や過失による費用が生じれば、民法上の原状回復義務にのっとり、借主が負担することになる」と話している。

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