カナダ寝台列車がまさかの引き返し、なんと遅れは16時間超 「鉄道なにコレ!?」第39回

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

雪に覆われて線路がほとんど見えないハドソンベイ―ザ・ポー間を進む列車=22年12月28日(筆者撮影)

 「もしや積雪のために運転を途中で取りやめるのだろうか」。2022年の年の瀬、VIA鉄道カナダの中部マニトバ州のウィニペグから1697キロ離れた北極圏の同州チャーチルへ2泊3日で向かう夜行列車の寝台車個室で迎えた2日目の朝。列車が本来の方向とは反対へ動いているのに不安がよぎった―。(共同通信=大塚圭一郎)

 ▽バックした理由

 スマートフォンは圏外で、地図アプリで現在地の確認もできない。そこで寝台車の客室を出て、2階に展望ドームがある客車「スカイラインドームカー」へ赴いた。そこには3人いる客室乗務員の1人、ティエリー・マルシドンラボワさんが座っていた。
 列車がバックしている理由を尋ねると、困惑した表情で「今はハドソンベイ(サスカチワン州)とザ・ポー(マニトバ州)の間におり、この先でカナディアン・ナショナル鉄道(CN)の作業用車両が雪の中で立ち往生した。このため、復旧するまで手前のハドソンベイ駅近辺まで戻って待機することになった」と教えてくれた。

ウィニペグからチャーチルまでの夜行列車の2階に展望席がある客車「スカイラインドームカー」=22年12月27日、カナダ・マニトバ州(筆者撮影)

 CNはこの区間の線路を保有しているため、ピックアップトラックを改造した作業用車両で線路の状況を点検していたところ積雪の中で動けなくなったらしい。作業用車両を救出するCNの作業員はさらに手前のカノーラを自動車で午前8時に出発し、約2時間かけて現場に着いた後に作業用車両を線路から移動させるそうで「この列車がいつ通常運転に戻れるのかは分からない」とくぎを刺された。

 ▽個室利用料金はエコノミーの2倍余り

 この列車は寝台車利用者向けに3食とも提供されていたが、22年春以降は中断している。VIA鉄道は「食事の提供がない分、料金を割安に設定している」と説明している。それでもウィニペグからチャーチルまでの寝台車1人用個室の大人料金は片道510カナダドル(約5万円)と、エコノミークラス(242カナダドル)の2倍余りで売り出していた。エコノミークラスの座席は背もたれを傾けることができ、足元にフットレストを備えているものの、就寝時の快適性は寝台車に遠く及ばない。
 サンドウィッチなどの軽食を列車に持ち込んだものの、他の食品はスカイラインドームカーの1階にある売店が頼みの綱だ。

ウィニペグからチャーチルまでの夜行列車に連結されたエコノミークラスの座席=22年12月、カナダ・サスカチュワン州(筆者撮影)

 午前7時35分に営業を始めており、気休めのためにコーヒーを買いに行った。販売していた乗務員のダニエル・パスパポーンさんは「この路線は何かが起こると回復まで時間がかかりがちだから」と不吉なことを打ち明ける。続けて「何はともあれ、動いているというのは良いことだけれどもね」と語っていたが、「動いている」方向が反対方向なのは皮肉だ…。

 ▽素晴らしい接客対応

 スカイラインドームカーのドーム型屋根に覆われた2階の展望席からゆっくりと流れていく雪景色を眺めていると、午前9時半ごろに平原の中で停車した。
 サービスマネージャーのジェニファー・ロイさんが私の所に来て「あなたたちはこの列車でチャーチルへ行った後、折り返しの列車でウィニペグに戻りますね」と行程を確認し、ウィニペグの出発日を尋ねられた。

列車が停車したハドソンベイ駅近くの平原=22年12月28日、カナダ・サスカチュワン州(筆者撮影)

 私が復路の列車がウィニペグに到着する日の翌日午前7時半に出発する航空便を予約していると伝えると、ロイさんは「おそらく航空便に間に合うと思いますが、チェックインまでに判断できるように最新情報をお伝えします」と言われた。
 就寝中の利用者もいるため車内放送は流さず、それぞれの乗客に遅れている状況を説明し、下車後の行動なども把握して対応策を考えていたのだ。
 ロイさんはその後、ザ・ポーで降りる年配の女性に「これをお嬢さんに」と菓子を手渡していた。後から事情を尋ねると「女性のお嬢さんが年明けに結婚式を挙げるので列車で向かっていたが、列車が遅れてお嬢さんは何時間も到着を待つことになった」ため心遣いをしたという。
 今回の3人も含めてこれまでVIA鉄道の車中で出会った客室乗務員は全て対応が素晴らしく、おもてなし精神がにじみ出ていた。VIA鉄道は優れた「人財」が豊富なのに本当に感心する。

VIA鉄道カナダのウィニペグからチャーチルまでの夜行列車の客室乗務員。左からマルシドンラボワさん、ロイさん、パスパポーンさん=22年12月、カナダ・マニトバ州(筆者撮影)

 ▽ほぼ消えた線路

 午前0時10分過ぎ、列車が本来向かうべき北へ走り出した。ロイさんが車内放送で「機関士からの連絡があり、良い知らせは現在時速50マイル(約80キロ)で快走していることです」と声を弾ませた。
 ただ、「良い知らせ」の後には往々にして「悪い知らせ」が待ち受けている。案の定、「この先は線路を点検できていない区間に入り、列車が徐行します」と声を落とした。
 CNの作業車が“脱落”した地点の先は「機関士が線路を目視しながら走り、時速を15マイル程度に抑える」(ロイさん)という。ハドソンベイ―ザ・ポー間は2018年7月に脱線事故が起きており、降雪中の山岳地帯だけに注意深く進むのは当然であろう。

ウィニペグからチャーチルまでの夜行列車が通るルートの路線図(VIA鉄道カナダのサイトから)

 展望席から前方を眺めると、雑木林の中で先まで続いている単線の路線部分は蛇行しており、勾配も多い“難所”なのが分かる。機関車の先にあるはずの2本の線路が雪に覆われてほとんど見えず、スリルあふれる車窓だ…。
 景色も旅程も視界不良だったが、ロイさんが「運行部門が妙案を取りまとめた」と耳打ちしてくれた巻き返し作戦のおかげで一筋の光明が見えた。
 ザ・ポー駅に着いたのは辺りが真っ暗になった午後6時ごろと、定刻の午前1時45分から16時間超も遅れていた。それでも作戦成功にいちるの望みに賭けた。

ザ・ポー駅の駅舎=22年12月28日、カナダ・マニトバ州(筆者撮影)

 ▽利用客が乗ったのは…

 「皆さん、冒険へようこそ!」。ロイさんが笑みを浮かべながら呼びかけた時、私たち10人余りの利用客は何と貸し切りバスに乗っていた。
 巻き返し作戦とは、ザ・ポー駅から途中のトンプソン駅まで列車代行バスで向かう。その先は乗ってきたのとは別の列車の編成で再び鉄路でチャーチルへ行くという計画だった。

夜行列車の代わりに投入された代行バス=22年12月28日、カナダ・マニトバ州(筆者撮影)

 別の編成は前日にチャーチル駅を出発してザ・ポーへ行く予定だったのをトンプソン止まりとし、代わりに私たちを乗せてチャーチルへ折り返す。一方、ザ・ポーへ向かう乗客と乗員は、トンプソンに到着したバスに乗り込んでザ・ポーへ向かう。
 果たして巻き返し作戦は奏功し、16時間超もの遅延をいくらか短縮できるのだろうか。その成否は次回お伝えする。

 【VIA鉄道の夜行列車脱線事故】VIA鉄道カナダのウィニペグとチャーチルを結ぶ夜行列車では、2018年7月にハドソンベイ駅の北37キロで脱線して乗員2人が軽傷を負った。カナダ運輸安全委員会によると、大雨で線路が押し流されていたのが脱線原因。19年12月にはチャーチル発ウィニペグ行きの列車がウィニペグの北西135キロで脱線し、乗客と乗員の計5人が病院に運ばれた。

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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