世界で戦えない日本の飛行艇 US-2

清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・政府は海自の救難飛行艇US-2の高性能を謳って、テクノ・ナショナリズムを煽ってきた。

・ヘリコプターが登場したことで、世界の海軍の多くは飛行艇を必要としない。

・防衛省に依存してきた日本のメーカーは弱小レベルであり、世界の航空市場では戦えない。

政府は防衛産業振興のために武器輸出を促進するとしている。だが過去の振興策同様に失敗するだろう。それは何故か。日本の航空産業の実力を過大に評価し、また当事者としての意識と戦略が欠如しているからだ。

日本政府、経済産業省、防衛省、文部科学省、メーカーに当事者意識はまるでない。それはMRJ(後のスペースジェット)の混迷ぶりをみてもわかるだろう。それでもMRJは、三菱重工には世界の市場で食っていこうという意思はあった。

そして日本の航空機産業の実力を過大評価している。国際的にみればその実態は2流、3流に過ぎない。それを超一流だと勘違いしている。しかも自衛隊機しか作っていない航空機メーカーにそのような覚悟すらない。また海外市場を開拓するには相応のコストを負担して、更にリスクを負うことになるがそのような野心もメーカーにはない。彼らはひたすら防衛省の発注に寄生して生き残ろうとしているだけだ。官の側から輸出努力せよと言われているので仕方なく付き合っているだけだ。

政府は海自の救難飛行艇、US-2の高性能を謳って、テクノ・ナショナリズムを煽ってきた。軍用型のみならず、消防型を含めた民間転用型が世界で売れる大きな可能性があると煽ってきた。それを記者クラブメディアやビジネス誌の類までロクに検証せずに、追従して礼賛記事を書き、あたかもUS-2が世界中で売れるという幻想を国民に振りまいてきた。その世論を誤誘導した罪は重い。だが世界にUS-2が売れる可能性は極めて低い。

▲写真 2019年のMASTジャパンに展示されたUS-2の模型 提供:筆者

率直に申し上げてUS-2は、21世紀に高性能な蒸気機関車を売るようなものである。いくら高性能を謳っても蒸気機関車は蒸気機関車である。その必要性を感じるユーザーは極めて少ない。

そもそもの話をすると、それほど飛行艇が世界中で必要不可欠ならばUS-2に限らず多くの飛行艇が世界中の海軍で運用されているはずだが、そのような現実は存在しない。第二次大戦までは世界の海軍で飛行艇や水上機は使用されていたが、その後殆ど姿を消してきた。それはヘリコプターの登場によることが大きい。垂直離着陸 が可能なヘリコプターが水上戦闘艦に搭載できるからだ。英米仏独など主要国の海軍では飛行艇を保有していない。ロシアや中国は例外的だ。

確かに飛行艇は水面に着水できるという利点はある。これは救難では大きなメリットだろう。だがそれは昼間だけで夜間に着水はできない。また荒れた海では着水は不可能となる。対してヘリコプターでは夜間でもそこそこ荒れた海でもホバリングによって救助が可能である。世界の海軍の多くは飛行艇を必要としていない。まずはその現実を認識する必要がある。

我が国の場合、海自は戦後1967年から新明和工業の大型飛行艇PS-1が対潜哨戒機として採用された。PS‐1は着水して使用する吊り下ろし式対潜ソナーを採用していたが、同時代に米海軍が採用したP-3Cは投下したソノブイで潜水艦を探知する方式であり、こちらのほうが高性能化する潜水艦に対して有利であった。結果1980年に防衛庁(当時)は調達の打ち切りを決定、23機で生産を終了した。事故も多く、結果としてPS-1運用中に30名以上の自衛隊員が殉職した。

その後PS-1をベースとした救難飛行艇US-1が採用され、20機が調達されたが、これは飛行艇しか航空機の手駒がない新明和工業に対する救済措置だっただろう。先述のように現代では飛行艇でなければできない任務は少ない。そしてコストパフォーマンスは低い。飛行艇は機体寿命が短い。海面に着水する際には大きな衝撃がかかり、海水に浸かるから塩害も激しい。海水に浸かった機体を洗浄する設備も必要だ。PS-1の寿命は約15年と陸上機の半分以下だった。また開発や生産コスト、維持費は高い。

US-2は現在まで8機が調達されているが、調達ペースは5年に1機に過ぎない。海自の需要は生命維持装置みたいなもので、これで「事業」とは言えず、工芸品レベルだ。そしてUS-2の後継機を開発し、調達・運用するような「道楽」をする予算的、人的余裕は海自もない。少子高齢化もあり、通常の固定翼機やヘリですら、人員不足に悩んでおり、無人機の導入が今後進められる。日本の飛行艇は詰んでいるのだ。

▲写真 2015年のMASTジャパンに展示されたUS-2の模型 提供:筆者

武器輸出の赫々たる戦果を狙った第二次安倍内閣はUS-2をインドに売り込もうとしたが成功しなかった。売り込むために防衛駐在官(海自)を増やしもしたが効果はなかった。参加した商社は早々に手を引いている。インドに対する兵器輸出は慣れた国にとっても剣呑だ。朝令暮改は当たり前で中々話が決まらない。しかも決まった後に平気でキャンセルをする。とはいえ大きな市場なので無視もできない、というのが実態だ。兵器輸出初心者の我が国が手を出せる相手ではない。

しかも我が国はオフセットにも対応できない。オフセットとは装備の調達の見返りのことだ。直接的なものはその装備のライセンス国産やコンポーネントの生産などがあり、間接的なものはその国の物品、例えば鶏肉とかワインとか農産物などの一定量の輸入などである。挙国体制でなければこのオフセットに対応できない。例えば農産物輸入を要求された場合、農水省の関与と国内関係者の利害調整も必要だ。その体制は我が国ない。

その武器や民間転用機などの輸出振興の掛け声だけは勇ましいが、防衛の専門家を辞任する自民党国防部会の政治家たちも武器輸出入の現状を把握しているとは言えず、理念だけが空回りしている。防衛省にも輸出に関する専門家は殆どおらず、政治家はバラ色の未来を聞かされて、厳しい市場の実態を知らないからだ。

防衛省のこの種の「有識者」を集めた審議会でも、呼ばれるのは「有識者」とは呼べない、武器取引の実態を知らない人たちばかりでこれで有識者会議とは羊頭狗肉の感がある。単に防衛省のいうことを肯定してくれる人たちだ。

2010年に防衛省の開催した「防衛省開発航空機の民間転用に関する検討会」議事要旨には、国が輸出を目論むUS-2飛行艇の消火型に関し、以下のように分析している。

「消防飛行艇の市場は、世界で180機程度であり、全てをUS-2の民間転用機に置き換えられれば、現在の消防飛行艇の市場価格であるCL415・1機あたりの価格約30億円と対抗できる価格帯になる可能性あり」

競合機と想定されていたCL415(その後バイキング・エアに製造権が譲渡され、現在は近代化型がデ・ハビランド・カナダによってDHC-515として再生産される)は76機以上が量産されている。同機は双発で最大離陸重量は陸上では19.95トン、水上では17.24トン。価格は25億円である。対してUS-2は最大離着陸重量 47.7トン、最大離着水重量は43.0トン、機体重量は2倍で調達単価は1機120億円であり、事実上、別なカテゴリーの機体である。

▲写真 2022年7月、ポルトガルでの山火事の消火活動に参加するイタリアのCL-415消防航空機 出典:Photo by Octavio Passos/Getty Images

CL415は双発、対してUS-2は4発で運用コストも桁違いに異なる。更にCL415ユーザーがUS-2に乗り換えるならば、ハンガーや機体の洗浄設備などに対する投資も必要となる。このようなお伽話を防衛省の審議会は大まじめに論じていたのだ。

元フランスの防衛システムハウス大手、タレス社の日本の子会社、タレス・ジャパンの故ミッシェル・テオヴァル氏はタレス退社後に、US-2のフランスへの内務省管轄の市民安全局向けに輸出を目指して奔走していた。同組織ではCL415をマルセイユなどに配備しているが、その後継として提案していた。機体運用は軍が担当するので民間機に必要な型式証明が必要ないのがミソだった。

だが生前にテオヴァル氏は「新明和にやる気が全くない。何を聞いても防衛省に聞いてくれといっている。」何度も筆者に新明和の当事者意識の低さを述べていた。筆者も取材してきた限り新明和にそのような意識は無いと思う。新明和が本気で飛行艇メーカーとして生き残りを賭けていたならば、ボンバルディア同様により小さな飛行艇を開発し、世界の飛行艇民間市場に打って出ていただろう。

US-2の民間型はMRJも苦戦した型式証明を取る必要がある。開発と同時に型式証明を取るよりも、完成してから取得するとなると、新たに試験用機体も必要となり、数百億円はかかるだろう。また消防型の開発もこれまた型式証明が必要であり、開発には多額の予算がかかるだろう。

新明和の2022年の売上は2168億円である。航空分野ではUS-2の他航空部品などを製造しているが、その売上は191億円、比率は9パーセント程度でしかない。全社の利益は約118億円に過ぎない。

US-2の民間型、そして消防飛行艇などの派生型も含めて型式証明をとって市場に打って出るような余裕は無いはずだ。しかも1機120億円で型式証明のコストをこれに乗せないといけない。仮に型式証明取得に300億円かかるとして、150億円でUS-2の民間型を売るとして、そのコストを回収するには10機を売らないといけない。利益がでるのはそこからだ。そのような体力が同社にあるのか。

しかも中国の中国航空工業集団公司のAG-600というUS-2とほぼ同等のクラスの競争相手も登場した。これはUS-2同様に外洋での離着水が可能とされている。現状「唯一無二の外洋離着水が可能な大型飛行艇」というアドバンテージは弱くなる。

同機が開発された背景には中国が領有権を主張している南沙諸島の環礁や人工島などの維持が挙げられる。これらの島嶼には本格的な飛行場を建設することが難しい島もある。その維持に必要ということがある。AG-600は消防型も計画されており、輸出を目指している。価格的にはUS-2よりも安くなるだろう。性能的にはUS-2の方が上でも、価格や国家ぐるみの売り込み体制が無い日本よりも有利になるはずだ。

AG-600の計画は2008年に明らかになったが日本政府は何の対抗手段も取ってこなかった。それでいて、世界でUS-2が売れるはずだと無邪気に内外に宣伝してきた。

政府は本来、機体メーカーである三菱重工、川崎重工業、スバル、新明和、エンジンメーカーであるIHI、三菱重工、川崎重工らの統廃合を進めるべきだった。そうして競争力を高めるべきだった。90年代以降世界の防衛航空宇宙産業で業界再編の嵐が吹き荒れたが、我が国では全く無風状態だった。

世界的に見れば規模の面で日本のメーカーは弱小レベルであり、売上を防衛省に大きく依存してきた。このため市場での戦い方も殆ど経験がない。当然ながら各社は基礎的な研究開発や人材育成、設備投資に極めて限られた資金しか有していない。そして航空機産業が市場で戦い、一定のシェアと利益を得るまでは長い年月がかかる。エアバスにしても利益がでるまで30年かかった。そのような長期に渡るサポート体制は我が国には存在しない。世界の航空市場で日本のメーカーが戦えるというのは白日夢でしかない。

トップ写真:2022年11月、海上自衛隊創立70周年記念式典にてUS-2が着水する様子 出典:Photo by Issei Kato – Pool/Getty Images

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