マスクの着用「個人の判断に委ねる」って一体どうなるの? 新型コロナとの付き合い方、感染症に詳しい専門家に聞いてみた

商業施設の入り口に掲示されたマスク着用を促す案内=1月27日午後、東京・渋谷

 政府は2月10日、マスクの着用について、個人の判断に委ねるという内容の指針を3月13日から適用すると発表しました。新型コロナウイルス感染症の法的な位置付けも5月8日に季節性インフルエンザと同等の「5類」になることが決まっています。岸田文雄首相は「ウィズコロナの取り組みをさらに進め、家庭、学校、職場、地域、あらゆる場面で日常を取り戻すことができるよう着実に歩みを進めてまいります」と話しています。新型コロナの流行が始まって4年目に入り、国は政策を大きく転換しようとしています。もうマスクはしなくてよくなるのでしょうか。自由に飲食を楽しめるのでしょうか。新型コロナとの今後の付き合い方について国立国際医療研究センターの大曲貴夫・国際感染症センター長に聞いてみました。(共同通信=村川実由紀)

 ▽マスクは「感染リスクを見極めて」着用を

 感染症法では感染症を特徴に合わせて1~5類などに分類しています。例えば発症すると亡くなる割合の高いエボラ出血熱は1類に位置付けられています。分類によって行政側ができる対策が異なります。新型コロナは流行が始まった当初は「指定感染症」とされ、その後、結核などの2類より幅広い措置が可能な「新型インフルエンザ等感染症」に位置付けられました。これにより感染者や濃厚接触者には自宅などでの待機が求められました。また「新型インフルエンザ等対策特別措置法」の対象となり、緊急事態宣言も発令されました。感染症法上の位置付けが5類へ引き下げられると、自宅待機などの措置は原則、撤廃されます。
 マスク着用は法律で決められているわけではありません。政府が基本的な感染対策の一つとして呼びかけているものです。現在、屋外は原則不要、屋内では基本的に着用するよう求めています。

厚労省のマスク着用の考え方

 政府の新しい指針が適用される3月13日以降は、屋内外を問わず個人の判断に委ねられることになりました。ただ個人の判断と言われても、困ってしまう人は多いと思います。政府は「着用が効果的な場面」をいくつか提示しました。通勤ラッシュ時など混雑した電車やバスに乗車する時などは、引き続き着用が推奨されます。ほぼ全員が着席することができる新幹線や高速バス、貸し切りバスなどでは外すことが認められています。
 また、医療機関や高齢者施設に行く際は着用が推奨されます。新型コロナが流行している時期に高齢者、基礎疾患がある人、妊婦などの重症化リスクの高い人が混雑した場所に行く場合も着用が効果的だと説明しています。感染した人や、感染者と一緒に住む人がどうしても外出しなくてはいけなくなった場合は、引き続き着用を求めています。
 4月1日以降、学校の教育活動では基本的にマスクの着用は求めません。またそれ以前の卒業式も、児童生徒らはしなくていいとされています。
 マスクには、感染を広げにくくする効果や、限界はあるものの感染から身を守る効果があることが、実験やリスク分析で示されています。着用のルールが見直されても、新型コロナがせきや会話での飛沫などによって広がるといった特徴が変わるわけではありません。感染確認当初から医療現場で患者を受け入れ、国や東京都に対策の助言もしてきた大曲さんは「リスクの高い場面ではマスク着用を続けた方が良い」と話しています。

 ▽中国の混乱は「対岸の火事ではない」

 大曲さんは5類移行で感染者などの行動制限がなくなると「感染した人が近くにいる機会は増え、公共の場や人が集まるところでのリスクはむしろ高まるかもしれない」と指摘しています。新型コロナにかかりたくない、怖いとどれだけ感じるか考え方は人それぞれです。マスクを着けたくないと考える人もいれば、外すことに抵抗がある人もおり、着用を巡ってトラブルになる懸念もあります。政府は本人の意思に反してマスクの着脱を強いることがないようにしてほしいと呼びかけています。一方で、新しい指針が適用されても事業者が利用者や従業員にマスク着用を求めることができるとしています。
 会食については、感染者が複数出るクラスターのきっかけになることが問題視されてきました。一時は飲食店の夜間営業や酒類提供が制限され、会食の人数を減らすことなども求められました。5類移行でそうした措置はなくなります。ただ楽しい飲み会では、ついつい盛り上がって飛沫が飛んでしまうこともあると思います。大曲さんは「感染者が増えている時期は宴会を延期してはどうか」と提案しています。

国立国際医療研究センターの大曲貴夫・国際感染症センター長=2022年12月、東京都新宿区

 これまで日本は海外と比べて人口当たりの死者数が比較的少ないと言われてきましたが、5類移行後に感染防止対策を一斉にやめてしまうと感染者や重症者が急に増える可能性があります。中国は昨年12月、行動制限をして感染者の増加を抑える「ゼロコロナ」政策の大規模緩和に踏み切りました。すると患者が急増し混乱が生じました。英国でも対策を緩和後に医療崩壊が起きたとされています。大曲さんは「海外の状況は対岸の火事ではなく、日本も長期的な出口への道を慎重に考えないと破綻するリスクがある」と話しています。

 ▽5類移行後も基本的な対策の継続を

 一方で大曲さんは、中国は「他の多くの国々が既にたどり着いている状況に短時間で到達した可能性がある」とも指摘しています。これまで日本は感染者数を比較的抑えることができたと言えるかもしれません。ただ専門家の中には、医療崩壊や死者の爆発的増加が起こらない程度に他の国のように感染歴のある人の割合を高めていく〝軟着陸〟を目指すべきだと主張する人もいます。
 政府は5類移行を契機に、患者を診る医療機関を増やす方針です。ただ新型コロナの診療に慣れていない医療機関では、体制が完全に整うまでに時間がかかりそうです。そして体制が整うより前に感染者が急増すると、医療が再び逼迫し、他の病気の人も含め助けられる患者を受け入れられなくなるかもしれません。大曲さんは医療現場は流行の波が起こるたびに無理をして耐えてきたと言います。「医療体制の底上げは、今後起こり得る新たな感染症のパンデミックに備えるためにも最優先で取り組むべき課題だ」と強く訴えています。

 法的な位置付けや政府が呼びかける感染対策の内容が変わっても、大なり小なりリスクの高い場面は生じます。新型コロナでは後遺症とも呼ばれる長引く症状が出ることも指摘されています。大曲さんは「換気やワクチン接種といった対策はこれからも続けてほしい」と呼びかけています。
 マスクを着用するかどうかに悩んだ場合、地域の流行状況や医療提供体制の状況が判断材料の一つになりそうです。

© 一般社団法人共同通信社