今年ベスト級の過激ロマンス2本立て 『別れる決心 / ボーンズ アンド オール』 茶一郎レビュー

はじめに

お疲れ様です。2023年1回目の「スルー厳禁新作」は、『別れる決心』、『ボーンズ アンド オール』の二本立てです。片や刑事と容疑者のロマンス、片や人肉喰い同士のロマンス。どちらも社会的には“許されない”2人の関係性を描くロマンス作品となっております。特に前者『別れる決心』はそのクオリティの高さから、個人的には早くも今年ベスト入り候補と言いたい大好きな作品でした。本連載動画企画はは、映画情報サイト「映画スクエア」ご協力の下、普段の動画ではご紹介しづらい、小規模公開の新作映画から「私が紹介したい」と思った作品をピックアップして動画にするというものです。「スルー厳禁新作映画」第7回目の作品は、二本立て『別れる決心』と『ボーンズ アンド オール』でお願い致します。

『別れる決心』

『別れる決心』は、優秀な刑事と夫殺しの容疑者となった妻との“禁じられた恋愛”を描くミステリー・ロマンス。刑事の主人公がある女性を捜査、張り込みをしていく過程で、その女性に吸い込まれるように惹かれてしまう。ヒッチコックの『めまい』か、ネオ・ノワールの諸作品を想起する物語ですが、過去の名作にはない激情、猛烈な愛が隠されています。

作品の魅力-『別れる決心』

「韓国映画といえば過激な暴力と復讐」というイメージを定着させた『オールドボーイ』を筆頭とする「復讐三部作」、最近はやはり過激な描写の数々で話題となった『お嬢さん』の印象が強い天才パク・チャヌク監督の新作です。華麗すぎる編集と二転三転する二部構成の見事な物語もさることながら、過去作にあった直接的な、過激な描写が全く無いと話題です。過激な描写が無い。無いのにも関わらず驚くほどにエロティックにそれを描いているという。傑作でしょう。

個人的にはパク・チャヌクの映画といえば「部屋の壁紙」です。見た事のない異常な柄の壁紙、よくそんな部屋で落ち着いて暮らせるなと毎作思ってしまいますが、そんな部屋の壁紙から、本作では赤と青、衣装まで全ては物語を語るために完璧にコントロールされている、このカラーコーディネート。ワンカットワンカット手加減なしでキマりにキマっている映像。本作でも本筋とは関係のない事件と、劇中ドラマが挿入されます。一見、脇道に逸れているように見えますが、映画を観ていると、もしくは二回目に映画を観た時に気付かされる。無駄なものが一切ないセリフと挿入される映像は、メタファーとして機能したり、その後の物語の展開を暗示している。どこかパク・チャヌクの映画を見ていると、映画というよりは美しい建造物、無駄のない完璧な数式を見ているような感覚に陥ることがありますが、本作は前作『お嬢さん』を超えたパク・チャヌク味を感じる一本となっておりました。

特に僕は「編集」に惚れてしまいました。流れるような時間の省略と空間の跳躍。これが本作、凄まじいです。もちろん時にレントゲン写真のような映像を使ったりと、過去のパク・チャヌク作品らしくケレン味のある、どこかアニメ的な編集も残しつつ、滑らかに複雑な映像を繋いでいきます。本作『別れた決心』では刑事の主人公が探っている一つの事件と、その事件解決途中で、メインストーリーとなる女性の夫の事件が起こる、序盤は二つの事件捜査が並行して進行していくことになりますが、これをトンデモなくスムーズに繋いでいきます。おまけに中盤では大きな時間と空間のジャンプが起こりますが、マッチカットで観客に気付けないほどにスムーズに繋いでいく。あれもう時間が経過した?あれもう別の場面?となる事多数だと思います。「省略が上手い映画」フェチ、編集フェチには堪らない逸品に仕上がっております。正直、僕の理解力が無いだけだと思いますが、初見時は、省略が上手すぎて逆に映画が難解に感じてしまうレベルで滑らかな、常に映画が自分の想像を先に進んでいく感覚の編集が気持ち良い『別れる決心』でした。

そして何より先ほど申し上げた直接的な描写が無いのにも関わらずエロティックという『別れる決心』。刑事と容疑者の関係性。容疑者を演じるのはアン・リーの『ラスト、コーション』のあのタン・ウェイですから、てっきり観る前は過激なシーンが多いのかな…とちょっと観るの躊躇っておりましたが、全く無い。個人的にはキスシーン含め、役者さん同士の肉体的な接触はいくら物語・テーマにマッチしていても、最近はそれがあるだけで不快になるので、これだけ接触がないのに、それがある映画より遥かにエロティックに撮れてしまっている『別れる決心』は偉いです。もう今後のロマンス映画は本作を参考にして、接触シーンを減らしましょう。

言わば『別れる決心』は「匂わせのエロス」で、何気ないセリフと動作で刑事と容疑者の関係性を極めてエロティックに切り取る事に成功しています。まず驚いたのは取り調べのシーンで、刑事ドラマあるあるじゃないですが、取り調べ中の食事、トンカツではなく本作ではお寿司を食べます。ちなみにこの「寿司」というのも刑事の倦怠期中の奥様との関係性と繋がるモチーフなんですが、もう本当にこういう事を言い出したらキリがないくらいに緻密な映画ですよね。もうやめておきましょう。二人がお寿司を食べた後、二人でウェットティッシュで机を拭くシーン、そこで二人の手と手が触れるか触れないかの距離感を保って、その様子をしっかりカメラに納めます。

その後、二人で歯磨きをするシーンは、やはり手を映す。何気ない「手」のアクションですが、この「匂わせ」的距離感が熟成された後、かなり展開としては先になりますが、ハンドクリーム!リップクリーム!もう映画ご覧になった方なら、このワードだけであのシーンのエロさは通じるかと思います。手と手が触れ合った瞬間、絶頂ですね。キスとかそういった性的な肉体的接触がある訳ではないのに、ここまでエロティックな関係性を描けている驚異の「匂わせ」をご堪能ください。

華麗な流れるような編集、本作「目」がキーイメージになっていて、登場人物の「目」と死体の「目」を重ねたマッチカットで物語をスムーズに進行していきます。刑事の男曰く、被害者が「最後に見た犯人を探してくれ」と語りかける、その被害者の「目」から被害者の意思を引き継ぐかのように、乾いた目を閉じることなく捜査を続ける。「目」のマッチカットは不眠症の刑事のモチーフに繋がっていきます。この不眠症の男を寝かすことができる、唯一の女性である容疑者。写真を好む容疑者と、言葉の方を好む刑事の妻。海と山。山で死ぬ男と水の中で死ぬ男。海岸に出来る砂の山。全編、美しい対比が配置された緻密なミステリーもご堪能頂けると思います。

まとめ-『別れる決心』

『渇き』の抑圧的な過程から抜け出すヒロイン。指輪という自らの拘束具を捨て自由の鈴の音を鳴らす前作『お嬢さん』。前作との間に撮ったドラマ『リトル・ドラマー・ガール』も演じる事で自らの自由を切り開く女性の物語でした。本作『別れる決心』は、男に名前を刻まれた女性が自らの人生を切り開く物語とも見れる、自由を求める女性映画の系譜としてパク・チャヌク作品が本作にも脈付いています。

恋愛、愛というのは、相手の心に一生消えない傷を残す行為であると。例えば映画の見た目としてはかなり遠い所にある『花束みたいな恋をした』とも重ねることができます。「女の子に花の名前を教わると男の子はその花を見るたび、一生その子のことを思い出しちゃうんだって」なんてセリフがあった『花束みたいな恋をした』ですが、この『花束~』と本作を重ねても良いかもしれません。女性は「花の名前」として相手の人生にずっと生き続ける選択をする。男はずっと捜査をし続ける人生を送る。恋愛の美しくも残酷な面も本作『別れる決心』は見せてくれます。「匂わせ」ロマンスとして、二転三転するミステリーとして、また女性映画として、「恋愛についての映画」という意味での「恋愛映画」として、全ての面で圧倒的に優れた映画だったと思います。ぜひご覧ください。傑作『別れる決心』でした。

『ボーンズ アンド オール』

二本目『ボーンズ アンド オール』は、人喰い=カニバリズムに目覚めた18歳の少女と、彼女が放浪の先で出会った同じく人喰いの男性。劇中では「イーター」と表現されます。イーターである二人の放浪を描く作品です。どうしても「人喰い」という題材を聞くと、サイコスリラーやホラーを想起してしまいがちですが、本作、ダリオ・アルジェントの『サスペリア』を、完全な社会派映画にしたルカ・グァダニーノ監督と脚本デヴィッド・カイガニックの再タッグ作という事で、お察し頂けるかと思います。確かに過激な描写はあるものの、ジャンル的なものはご期待なさらないでください。『ボーンズ アンド オール』は少女が通う高校の廊下に飾られた風景画を映して始まります、その冒頭から一貫して80年代アメリカの田舎の景色が影の主役として映画に登場する、アメリカン・ニューシネマを想起するイーターの2人の逃避行を静かに映す、「食人族」ホラーというよりロードムービーとして仕上がっていました。

ルカ・グァダニーノとは『君の名前で僕を呼んで』ぶりのタッグ、やはり本作でも素晴らしいエリオを100倍ほど野蛮にした本作の野生児的なティモシー・シャラメに見惚れているだけで時間は過ぎていきます。『君の名前で僕を呼んで』の監督が「人喰い?」と、首をかしげる方もいらっしゃるかもしれませんが、この『ボーンズ アンド オール』での「人喰い」は、野蛮な習慣というより、「イーター」という社会からの「外れもの」、セクシャリティなど、そういったもののメタファーとして機能していきます。過去のホラー作品と重ねると、この「人喰い」はどちらかと言うと「吸血鬼」「ヴァンパイア」、『ニア・ダーク』等に近い「外れもの」ホラーとして本作を同じフォルダに入れても良いかもしれません。

監督過去作から見た - 『ボーンズ アンド オール』

そういった「外れもの」がアメリカを放浪し、各地で人と出会っていきます。出会うそれぞれのイーターも大分、クセありです。先ほどアメリカの田舎の景色が影の主役と言いましたが、今回、「初めて」というと違和感がありますが、一応、初めてアメリカを舞台にしたルカ・グァダニーノ監督。前作にあたるドラマ『僕らのままで』はイタリアの中での米軍基地という特殊な舞台設定で、イタリアの中のアメリカを舞台にしていました。本作をこの『僕らのままで』と重ねないのは不自然で、アメリカを生きるイーターの2人と『僕らのままで』で描かれた抑圧的な米軍基地を生きる自由な若者たちを重ねてしまいます。ドイツを舞台にした『サスペリア』でも人種を、人々を分断するベルリンの壁をモチーフに、作品公開中はアメリカのトランプ政権下をかなり批判していたルカ・グァダニーノ監督でしたが、『サスペリア』から本作までアメリカという国に対して、客観的な厳しい視線を向けている印象があります。

そして彼らイーターたちの「食べる」という行為が、一本目『別れる決心』に負けずと劣らない強い「愛」の表現だという、同じく「カニバリズム」に目覚める少女を描いた『RAW』という映画も、「食べたいちゃいくらいあなたの事が好き」を、メタファーではなく本当に「人喰い」として描く映画でしたが、ロードムービーであり激情ロマンスである本作観ていて思い出したのは、ルカ・グァダニーノ監督の過去の二作品でした。『君の名前で僕を呼んで』でのティモシー・シャラメ=エリオが、恋した男性の服を着る、相手を自分と同一化する、この恋愛表現を本作の「食べる」と重ねても良いでしょう。「食べる」=「恋愛」なんだというこの描写で真っ先に思い出したのは、『ミラノ、愛に生きる』というルカ・グァダニーノ監督の映画です。この映画では本作のイーターの少女同様、抑圧的な生活を送る主人公が、ある日、あるシェフが作った料理を食べて、そこで愛に、性に目覚めるんですね。ちょっと笑ってしまうほどにそのままなシーンなんですが、『君の名前で僕を呼んで』の桃もそうですし、ルカ・グァダニーノ監督作では「食べる」というのが性欲とか、愛に近い所に位置している。まさしくその究極系として『ボーンズ アンド オール』だと思います。ゆっくりと社会から外れた2人の若者が、アメリカの美しい風景を漂うように放浪する、旅をする『ボーンズ アンド オール』ですが、ここで描かれるこの究極の恋愛表現にしっかりと感動させられました。

さいごに

第7回目の「スルー厳禁新作映画」は『別れる決心』、『ボーンズ アンド オール』でした。一方はミステリー、一方は「人喰い」という全く異なる物語ですが、どちらも他の映画では体験し得ない強い強い強い「愛」を描いているという事で、二本立てにしてみました。また「スルー厳禁新作映画」でお会いいたしましょう。さようなら。

【作品情報】
『別れる決心』
2月17日(金)より全国にて公開中
©2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED

『ボーンズ アンド オール』
2月17日(金)全国公開
配給:ワーナー・ブラザース
© 2022 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All rights reserved.


茶一郎
最新映画を中心に映画の感想・解説動画をYouTubeに投稿している映画レビュアー

© 合同会社シングルライン