「キロノバ」は球対称な爆発現象? これまでのモデルとは異なる結果が示される

【▲ 図1: 中性子星同士の合体の瞬間の想像図。中性子星同士の合体は、極端な超高温・超高圧状態を生じ、重い元素の供給源となっていると推定されている(Credit: Robin Dienel/Carnegie Institution for Science)】

重い恒星が寿命の最期に残す「中性子星」は、全体が1つの原子核であると例えられるほどに超高密度な天体です。このような中性子星同士が衝突すると、その瞬間に1兆℃と推定される超高温・超高圧な状態が生じ、「キロノバ」と呼ばれるエネルギー放出現象が起きます。キロノバでは同時に核反応が高速で進行し、金やウランといった重い元素が生成されます。鉄よりも重い元素は恒星中心部の核融合反応では生成されないと考えられているため、キロノバは重い元素が宇宙に存在する理由の1つであると考えられます。地球や生物はこのような重い元素も重要な構成物であるため、その生成過程に関心が持たれています。

キロノバ (kilonova) という名称は「超新星 (ノバ、nova) と比べて小さなエネルギーが放出される爆発現象である」ことに由来します。このような爆発現象が起こると最初に予測されたのは1974年ですが、実際に観測されたのは2013年になってからでした。しかし、宇宙で最も高密度な物質でできた中性子星どうしの合体現象は実験室で再現することができず、その性質はほとんど理解されていません。また、実際に発生したキロノバを捉えるにしても、大半が遠方の宇宙で起きた現象であり、その過程も一瞬しか持続しません。それに、キロノバを観測するにはガンマ線バーストや重力波といった、ごく最近になってから観測可能になった現象を利用する必要があるため、観測データそのものが限られているという事情もあります。

こうした背景事情を踏まえると、2017年に観測された「AT2017gfo/GW170817」は極めて貴重な観測結果だったといえます。AT2017gfoは超新星爆発のカタログ名で、GW170817は重力波のカタログ名ですが、この2つが連名で表記されているのは、どちらも同じ現象であることを示すためです (この他に、ガンマ線バーストのカタログ名であるGRB 170817Aとも呼ばれています) 。

AT2017gfo/GW170817は、現在までにキロノバと重力波が関連付けられた唯一の事例です。電磁波と重力波の両方で詳細な計測が行われたことで、AT2017gfo/GW170817はキロノバに関する詳細な研究を行うことができる極めて貴重なデータを提供しています。

ニールス・ボーア研究所のAlbert Sneppen氏などの研究チームは、AT2017gfo/GW170817の観測データを元に、キロノバで起こるエネルギー放出現象の解析を行いました。過去のモデルでは、キロノバのエネルギー放出は全方向に対象ではなく非対称的であり、方向によってかなりの偏りがあると推定されています。合体直前の中性子星のペアは、共通の重心を1秒間に数百回というペースで公転します。互いの重力で変形し、歪んだ形状の中性子星が合体の瞬間には一点で接触することになるため、回転面に沿った方向と回転面に対して垂直な方向では物質の分布に偏りが生じ、従ってエネルギーの放出も非対称になることが考えられるというのです。これは直観的にも理解しやすい推定です。

【▲ 図2: 球対称なエネルギー放出の想像図。今回の研究により、キロノバは非対称なエネルギー放出ではなく、球対称であることが明らかにされた(Credit: Albert Sneppen)】

しかしながら、Sneppen氏らがAT2017gfo/GW170817の観測データを元に2つの方法で解析を行ったところ、全く予想外なことに、どちらもエネルギー放出はほぼ球対称である、という結果が導き出されました。この結果は、過去のモデルに認識されていない何らかの誤りがあり、非対称なエネルギー放出という実際とは異なる結果が算出されている可能性を示しています。何を誤っているのかは全くの謎であり、これからの研究が必要となります。

限られた結果が元になっていますが、Sneppen氏らは次のような予測を立てています。エネルギーの放出が球対称であるということは、衝突の中心点からの放出が、物質の非対称な分布を均してしまうほどに膨大な量であることを示唆しています。これは、過去のモデルよりもずっと多い放出量を前提としています。中性子星どうしが衝突した場所では極めて寿命の短い放射性同位体が大量に生成されると考えられていますが、その崩壊による追加のエネルギーではこれほどの放出量を説明するには不十分であり、Sneppen氏らは衝突直後に生成される一時的な天体がカギだと考えています。

Sneppen氏らは次のように推定しています。合体した中性子星は衝突後の一瞬だけ、単一の大きな中性子星を形成しますが、この星は数ミリ秒 (1000分の数秒) しか存在できず、すぐさま重力崩壊してブラックホールになります。こうした瞬間的な過程で一時的に生じた強大な磁場はエネルギーに変換されて、外部に放出されます。つまり、この一瞬だけ存在する巨大な中性子星が “磁気爆弾” となって球対称で膨大なエネルギーを生み出す源になっているとSneppen氏らは説明しています。

しかし、それでも謎は残ります。キロノバは重い元素の誕生の現場であると説明しましたが、今回の計算結果では、過去のモデルと比べて軽い元素がより多く生まれる傾向にあることがわかりました。この点も大きな謎ですが、Sneppen氏らはこれも一時的に生じる巨大な中性子星がカギであると考えています。崩壊までのわずかな間、中性子星はニュートリノという素粒子を放出します。ニュートリノは他の物質との相互作用に乏しく、 “幽霊粒子” と呼ばれるほどの素粒子ですが、巨大な中性子星から放出されるニュートリノは膨大な量になるため、無視できない数の核反応が生じます。ニュートリノが中性子に衝突すると陽子と電子が生み出されるため、全体として軽い元素を生み出す源になっている、とSneppen氏らは推定しています。とはいえ、この推定方法にはうまく説明できない部分もあり、完全な説明ではないこともSneppen氏らは認めています。いずれにしても、キロノバで生成される元素の傾向がどのようになっているのかという点は、宇宙全体での重い元素の供給源を理解することにも関わる話であり、重い元素にお世話になっている私たちにも決して縁遠い話ではありません。

キロノバは宇宙でも最大級のエネルギッシュな現場であり、その理解は現在の人類の知見を大幅に越えているとも言えます。しかし「千里の道も一歩から」という言葉があるように、少しずつであっても着実に理解が進んでいます。キロノバの解析で生まれた新たな謎は、更なる研究対象を開拓したとも言えるでしょう。

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文/彩恵りり

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