「野球」対「棒球」 WBC侍ジャパン初戦の相手中国となぜ訳語が違う?

2017年大会での中国代表選手 @GettyImages

3日9日、侍ジャパンのワールド・ベースボール・クラシック(WBC)2023が中国との対戦で幕を開ける。せっかくの機会だ。あるポイントについてちょっとした考察を。

「野球」と「棒球」の違いについて。

「ベースボール」の訳語が、同じ漢字語圏ながらに違う。日本と韓国では「野球」と言い、中国では「棒球」と言う。なぜかというと「野球が入ってきたルートが違うから」なのだが、この点についてあれこれと考えてみたい。

日本では「打球鬼ごっこ」の表現も

日本に野球が伝来したのは1872(明治5)年。東京大学の前身、開成学校のアメリカ人教師が母国からボールとバットを持ち込み学生たちに教えたことが始まりだった。当初は「野球」という言葉がなかったため、「玉遊び」「打球鬼ごっこ」「底球」など様々な名前で呼ばれたという。

「野球」という言葉は1895(明治28)年に生まれた。第一高等中学校の野球部員中馬庚がベースボールを「野球」と訳し、1895年に『一高野球部史』を発行。これが発端とされる。

一方、同時代に活躍した俳人・歌人の正岡子規は大の野球好きとして知られる。こんな歌も詠んでいる。

なかなかに 打ちあげたるは 危かり 草行く球の とゞまらなくに

「野=フィールドでやるスポーツ」という意味。少し風情のある訳語でもある。

中国では当初「貝斯巴爾」とも呼ばれた

1910年に日本統治下となる前から日本の影響が強まっていった朝鮮でもこの訳語が使われた。ただし朝鮮では「打球」「擊毬」といった別の表現もあったという。

中国は別ルートでベースボールが伝わっていった。

1873年、中国から30人の少年がアメリカに留学生として派遣された。彼らは留学期間中、現地で人気のあった野球に大きな興味を持ち、やがて「中華野球チーム(中華棒球隊)」を創立しているが、すでにこの際に「棒球」が使われていた。言語構造上、すぐにでも訳語が必要だったか。日本人にとっては「野」が印象的だったのに対し、中国人には「棒(バット)」が印象的だったということだ。

2017年大会での中国代表選手 @Getty Images

ただしベースボールの訳は中国でも混乱した時期があった。韓国の元スポーツ新聞記者チェ・ミンギュ氏は2019年4月30日にこれらを丹念にまとめた原稿をアップしている。

「貝斯巴爾」=ベースボールの音を漢字に当てたもの。

「棍球」=バッドを棒でなく同義の「棍」で表現。

「拍球」=球打ち、というニュアンス。

「壘球」=塁球。ベースボールの直訳。

日本から伝わった訳語「野球」が使われることもあったという。

「ベースボール」の偉大さ

忘れてはならないのはこれら訳語の基となる「BASEBALL(ベースボール)」についてだ。

同じスポーツを以て、発祥の国たるアメリカでは「ベースを奪い合うスポーツ」と定義された。「野球」「棒球」が競技を行う選手の姿を表現しているのに対し、これは競技の本質を表すものだ。

「ホームベースを奪った数が多いチームが勝者になる」

短い言葉のなかに的確に競技の本質が織り込まれている。「アウトの数の制限」という重要な要素は入らないが、最重要な要素は端的に織り込まれているのだ。

これ、すごいことだと思う。

筆者、サッカー部だったからこの例を出すが、「サッカー」はもともと「FOOTBALL」で、字のごとく「脚のスポーツ」という意味だ。ほとんどの国でこれに近い表現が使われている。例外もある。ヨーロッパではイタリアの「カルチョ」、アジアでは韓国の「蹴球(チュック)」はいずれも「蹴る」が語源。脚ではない。とはいえ、競技者の様子を描いているものには違いがない。

ちなみに日米で使われる「サッカー」は世界的にも例外中の例外だ。ラグビーとの区別で使われた「ASSOCIATION FOOTBALL(アソシエーション・フットボール)」という言葉が語源だが、これは競技者の様子も競技の本質も描いていない。

「サッカー」という競技の本質は「手以外を用い、ゴールを奪い、ゴールを守る。試合終了時点で相手よりも一点多く取ること」だ。

そう考えると「ベースボール」という言葉は改めてスゴい。ホームランを狙うのも、盗塁を試みるのも、バントするのも、すべては「ホームベースを奪うため」。ピッチャーが速球を投げるのも、内野手がゴロに飛びつくのも、タッチアップで外野、内野が連携して走者を刺そうとするのも、すべて「ホームベースを守るため」。

ふんわりと空に浮かぶ概念を言語化する「名称」は人の理解に大きな影響を与える。再びサッカーの話で恐縮だが、よく居酒屋談義で「トラップをファーストコントロールと言い換えよう」、「FW(フォワード)だって『前の人』という言葉じゃ弱い。『シューター』にしないと役割が理解されない」という話になる。

ワールド・ベースボール・クラシック。この機会に「野球」のなんぞやを考えるのも良き時間か。「野球」対「棒球」。ここを勝ち上がっていけば、「野球」対「ベースボール」がある。世界中のいろんな国が、相手より多く本塁を奪うゲームに挑むのだ。日本では直訳の「塁球」ではなく、フィールドで遊ぶ「野球」として発展した。「らしさ」がどこかで見られるといいのだが。

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