四半世紀ぶりの悲願、日産が実現した「脱ルノー支配」 ロシアのウクライナ侵攻転機に動いた交渉

 日産自動車の内田誠社長兼CEO(左)、ルノーのデメオCEO(右)ら=2月6日、ロンドン(ロイター=共同)

 日産自動車とフランス大手ルノーが出資比率で対等になることで合意した。約四半世紀前の経営危機でルノーに株式の約43%を握られた日産は、悲願だった「脱ルノー支配」を実現する。自動車業界が100年に1度といわれる大変革期にある中、ロシアによるウクライナ侵攻が転機となった。日産は過去に何度かルノー支配からの脱却を試みてきたが、かなわなかった。今回なぜ悲願を達成できたのか、関係者への取材から交渉の舞台裏を探った。(共同通信=佐藤拓也、新井勇輝、宮毛篤史)

 ▽ルノーが救済、ゴーン流改革でV字回復

 日産とルノーによる日仏連合の歴史は、ルノーが倒産寸前の日産を救済した1999年にさかのぼる。日産は過剰な設備投資がたたり、2兆円を超える巨額の有利子負債にあえいでいた。

 ルノーとの資本提携交渉に携わり、のちに日産の最高執行責任者(COO)を務めた志賀俊之氏は「銀行にも距離を置かれ、ルノーと合意できなければ先がなかった」と明かした。当時の日産は環境規制への対応で年々増える費用を賄える収益力はなく、コスト削減も進まなかった。志賀氏は「危機感のない会社だった」と振り返った。

 日産の復活を使命にルノーから送り込まれたのがカルロス・ゴーン氏だ。日産COOに就任して間もない1999年10月、1兆円のコスト削減などを盛り込んだ「日産リバイバル・プラン」を発表した。主力の村山工場(東京)などを閉鎖し、長年続いた系列部品会社との取引にもメスを入れた。「コストカッター」の異名を取り、業績のV字回復を成し遂げた。

 日産自動車の再生計画について発表するカルロス・ゴーン氏=1999年10月、東京都内のホテル

 日産は2022年の世界販売台数が約322万台と、約205万台のルノーを大幅に上回り、日仏連合をけん引する存在となった。しかし、出資比率をみるとルノーが日産株の43・4%、日産がルノー株の15%を占める。ルノーが優位な立場にある上、日産はフランスの法律によりルノーへの議決権がない状態が続いている。業績が回復し日産が事業規模でルノーを上回っても、資本関係でルノーが優位に立つ関係は変わらず「不平等条約」と皮肉られてきた。

 ある日産幹部はルノーとの関係について「食事するときに魚の骨が喉に引っかかった感じが続いている」と表現した。

 ▽ゴーン氏の逮捕で迷走
 日仏連合は全権を掌握していたゴーン氏が金融商品取引法違反容疑で2018年に逮捕、起訴され、迷走が始まった。ルノーの筆頭株主のフランス政府は自国の自動車産業の強化を狙ってルノーと日産の経営統合を要求した。ルノーの提案に対し日産は猛反発し、水面下で出資比率の引き下げを試みた。主導権争いが激化し、日産関係者は「グループ内はめちゃくちゃだった」と話す。

 関係改善の兆しが出たのは、新型コロナウイルス禍がきっかけだった。別の日産関係者は「各社とも業績が軒並み落ち込み、仲間割れしている場合じゃなくなった」と解説した。

 ルノーの業績悪化に拍車をかけたのがロシアのウクライナ侵攻だ。ルノーにとってロシアはお膝元のフランスに次ぎ、世界販売の2割弱を占める重要市場だったが、2022年5月に全面撤退を決定。ルノーは傘下のアルピーヌやダチアなどを含めた2022年の世界販売台数が約205万台とコロナ禍前の2018年の半分近くに減った。

 欧州連合(EU)が環境規制強化の一環で、ガソリン車などの新車販売を2035年に事実上禁止する方向となった影響も大きい。ドイツのメルセデス・ベンツグループやスウェーデンのボルボ・カーは電気自動車(EV)の専業メーカーへと転身する計画を掲げ、ルノーの焦りを誘った。

 パリ国際自動車ショーでのフランス・ルノーのブース=2022年10月(ロイター=共同)

 ▽EV新会社への参画が交渉カードに
 ルノーは2022年、EV事業を分社化する構想を発表し、日産に参画を求めた。EV「リーフ」などで関連技術を培ってきた日産は、「ルノーは是が非でも日産の知的財産を手に入れたいはずだ」(幹部の一人)と分析。EV新会社への参画を交渉カードとしてルノーに出資比率の見直しを迫るチャンスとみて、内田誠社長兼最高経営責任者(CEO)は水面下でルノーのルカ・デメオCEOと交渉を重ねた。

 2022年10月に両社の交渉入りが表面化して以降、早期合意を巡る観測が海外メディアを中心に浮上したが、日産のある社外取締役は「ルノーが(日産側に)おりてこなければ合意はあり得ない」と難航していることを明かした。焦点となったのは日産が持つ知的財産をEV新会社でどう扱うか。日産はEVのモーター制御や全固体電池、自動運転といった重要技術が流出するのを恐れていた。

 歩み寄ったのはルノーだ。日産の知的財産をルノーが利用するのを日産は一部制限できるとの内容を盛り込んだ譲歩案を示した。日産のある社外取締役によると、フランス政府からはルメール経済・財務相名義で「日産とルノーの協議を支持する」といった趣旨の書簡が届き、政治介入への警戒感も和らいだ。

 オンラインで記者会見する日産自動車の内田誠社長兼最高経営責任者=2022年11月

 ▽中立の地となる英ロンドンで発表

 日産とルノー、そして両社と連合を組む三菱自動車の首脳は2023年2月6日、資本関係見直しの合意を発表する記者会見に臨んだ。会場に選ばれたのは英国の首都ロンドン。日産とルノーにとって中立の地に当たり、対等の関係を象徴していた。

 ルノーのデメオCEOは「数カ月間、厳しい交渉をやってきて、お互いを尊重する気持ちや信頼がさらに大きくなった」と晴れやかな表情を見せた。ルノーは今年末までに日産への出資比率を引き下げ、互いの出資比率を15%で対等にする。

 記者会見するルノーのデメオCEO=2月6日、ロンドン(共同)

 市場は、日仏連合を巡る一連の動きをどうみるのだろうか。出資比率見直しが話題に上った時期、日産の株価は下落基調だったのに対し、ルノーの株価は日産株の売却や日産からの出資金でEVに投じる資金を確保できるとの見方から上昇した。

 ルノーのEV新会社が主戦場と考えているのは欧州市場で、SBI証券の遠藤功治企業調査部長は「日産のメリットが見えにくい」と指摘した。
 金融サービス会社オッドBHFのアナリスト、マイケル・ファンダキディス氏は、自動運転など長期的に取り組む課題で3社連合の意義を指摘しながらも「日産は将来的に、市場次第では別の相手と組む可能性がある」と、日仏連合の姿がさらに変容していくと予測した。

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