小野正利の“美声”の原点と言える『VOICE of HEART』は、とても丁寧に作られたことが分かる大人の鑑賞に堪え得る作品

『VOICE of HEART』('92)/小野正利

今や海外からもアツい注目を浴び、Jメタルシーンを代表するバンドと言っていいGALNERYUSが3月1日、スペシャルアルバム『BETWEEN DREAD AND VALOR』を発表。この機会にヴォーカルのMasatoshi“SHO”Onoのソロワークを紹介してみたい。CDバブル期を只中で体験したリスナーであれば、小野正利と言えば「You're the Only…」と即座に思い浮かべる方も多いのではないだろうか。そのクリアーのハイトーンヴォイスは多くの聴き手を魅了してきた。デビューアルバム『VOICE of HEART』からそのヴォーカリストとしての特徴と、作品の本質を探る本稿である。なお、GALNERYUSの最新インタビューはOKMusicに掲載されているので、併せてお読みいただきたい。

癖のないハイトーンヴォイス

以下のことわざの使用方法が微妙に間違っているところは何卒ご容赦いただきたい…と予めお断りさせてもらうが、小野正利の『VOICE of HEART』を聴いて思い浮かんだのは、“芸は身を助く”や“一芸は道に通ずる”という言葉だ。芸とは他ならぬ彼の歌のことである。念を押すと、何も彼の歌の上手さがまったく思わぬところで役に立ったなどというつもりはないし、彼が歌以外のあらゆる芸事に長けていると指摘したいわけでもない。とにかく小野正利の歌唱は優れていて、それにより、彼は歌という芸能において時代もジャンルも超越した。それを言いたいのである。

経歴を見ればよりはっきりする。今回紹介するソロデビュー時に始まり、以降、ポップス、ゲーム主題歌、アニメ主題歌、CMソング、古今東西の名曲のカバー、そしてヘヴィメタルバンド、GALNERYUSのヴォーカリストとしての活動に至るまで、この30年間、彼はプロのシンガーとして、いい意味で型にこだわらずに歌ってきたように見える。マンツーマンレッスンのヴォーカルスクールも行なっているそうなので、(ちょっと大袈裟に言えば)もはや彼は自身の歌を司っていると言っても良かろう。また、何でも最近ではその確かなパフォーマンスと指導力からテレビのバラエティー番組に出演することもあると聞く。そこで言えば、まさに歌が“思わぬところで役立っている”のかもしれない。

そもそも[歌手としてデビューする切っ掛けは、六本木の飲み屋で皿洗いのアルバイトをしていたときに、その会社の社長から「バンドをやっているらしいな、ちょっと歌ってみろ」と言われ、たまに歌っていたところ、音楽事務所・スイートベイジルの社長に「ウチでやらない?」と誘われたことから]だという([]はWikipediaからの引用。原文のまま)。“身を助けた”と言ってしまっていいかどうかは分からないけれど、歌が小野正利の人生を変えてしまったことは確かであろう。

小野正利の歌の上手さは、音域が広い≒高い音域を持っているということで論を待たないと思う。言い換えれば、ハイトーンの魅力だ。だが、それだけというわけでもない。いい意味で癖がないところも彼の歌の特徴だろう。癖がないとは無個性ではない。とても綺麗な歌声であって、クリアーかつシャープである。あと、これは個人的に強調しておきたい推しポイントであるのだが、変なフェイクやアドリブっぽい歌唱がないところにとても好感が持てる。小野正利以前も以後も歌の上手い人はいっぱいいたし、今もいる。彼以上に音域の広いシンガーも珍しくはないだろう。しかしながら、その人たちの中にはその歌唱に独自のニュアンスを入れてくるアーティストも少なくない。まぁ、それも表現のひとつなのであって別にやるなとは言わないけれど、中には歌本来のプレーンなメロディーラインがよく分からなくなるようなビブラートを入れてくる人もいて、流石にそれはどうかと思う。とりわけ2000年頃からのコンテポラリR&B;の隆盛以降、そういうシンガーが増えているような印象がある。R&B;がそういうものと言ってしまえばそこまでだが、個人的にはあまり関心しない。もっと言えば、オクターブの高さをことさらに強調するタイプも馴染めない。メロディーにその必然性があれば構わないのだが、キーの高さを前面に出すだけなら、それは歌唱ではなく、どちらかと言えば曲芸である。こちらは関心しないというよりも、個人的にはまったく関心がない。その点、小野正利の歌にはそうしたところがない。小細工がないと言ってもいいと思う。少なくとも『VOICE of HEART』の印象はそうだ。だからこそ、それ以降、前述のように様々なジャンルを手掛けることができたのではないかと思うし、聴き手を選ばないところもあったのではないかと考える。

“声”を活かすための メロディーとアレンジ

何しろデビューアルバムの題名が『VOICE of HEART』である。本作は“VOICE=声”の楽曲集であると断定しているようでもある。この他にもタイトル候補はあったであろうが、おそらく“VOICE”というワードを使うことに関しては、本人やスタッフサイドは躊躇しなかったのではなかろうか。何も確証はないけれど、そう思わずにはいられない。オープニングM1がデビュー曲「ピュアになれ」というのもなかなか興味深い。この時期は“シングル曲はアルバム2曲目”という暗黙の了解みたいなものがまだなかったこともあろうが、それにしてもデビュー曲が1曲目というのはロック、ポップス系アーティストではあまり類を見ないように思う(アイドルはあるような気がする)。ただ、それも曲を聴けば納得ではある。

M1はサビ頭で自身がハーモニーを重ねたアカペラから始まる。いきなりハイトーンで、旋律がどんどん上っていく。それでいてメロディーはさわやかだ。小野正利のシンガーの特徴を冒頭から端的かつ的確に表現しているナンバーと言えよう。「ピュアになれ」というタイトルも、まさに彼の歌声の癖のなさを表しているようにも思える(その辺を作詞家の松本一起がどう考えていたのかは今となっては分からないけれど、筆者の願望込みでそういう捉え方もできるということにしておいてもらえればありがたい)。小野正利のブレイクポイントは3rdシングルのM5「You're the Only…」であり、本作『VOICE of HEART』も「You're the Only…」の1カ月後に発表されたもの。この辺から察するに、3rdシングルで初めて小野正利を知った人に改めてデビュー曲の良さ、彼のヴォーカリストとしての“ピュア”さを分かってほしかったのかもしれない。そんなことも思う。

続くM2は「声・ロマン」。これもまたタイトルからして“声を聴け”と言われているようでもある。ちょっとHRテイストで、ビートもアッパーでありながら、全体にはアーバンな仕上がり。もちろんヴォーカルはハイトーンだが、メロディーがややマイナーな分、スリリングさもあって、シングル曲とは違った雰囲気を示している。

M3「My Venus」は「You're the Only…」のカップリング曲だったので、シングルを聴いていたリスナーには耳馴染みがあったかもしれない。メジャー感があって、サウンドはポップス寄りではあるものの、途中から重めのエレキギターが聴こえてきて、間奏ではツインギターが絡み合う…といった具合に、ロックバンド色がやや強めになっていく。小野正利自身の作詞作曲のナンバーということで、自らの音楽のルーツであるハードロックを意識していたのかもしれない。そのテイストはM4「朝は窓にこぼれて」も同様だ。こちらは「ピュアになれ」のカップリング曲。小野が手掛けた楽曲ではないものの、M3以上にガツンとしたサウンドを聴くことができる。ともにカップリングということで、表題作にはない遊び心や趣味性が発揮できたのではなかろうか。

そんなハードロック色のナンバーが続いたあとで登場するのがM5「You're the Only…」である。この楽曲を期待してアルバムを手にしたリスナーに“待ってました!”と言わせんばかりの曲順である。こういうところはホント上手いと思う。上手いと言えば、M5の楽曲自体そのものも上手い。歌の上手さは言うまでもないのでここでは触れないが、その歌声をよく聴かせるための工夫がメロディーとサウンドにある。イントロはピアノ。ストリングスが若干絡むものの、序盤はほぼピアノのみで進んでいく。バラードの王道といった感じで、Aメロまではピアノとヴォーカルで構成されている。Bメロからはベースとコーラスが入ってくるものの、まだサラッとした印象である。それが《想いを伝えたい》の終わり辺りからシンバルロールが聴こえてきて、《すぐに》でドンドンと本格的にドラムとエレキギターが鳴る。“はい、ここからが最大の聴きどころでございます!”とばかりにサビへとつながっていく。しかも、そのサビのメロディーが──すでに初出から30年も経った今となっては慣れてしまったところはあるけれども──こちらの想像以上に昇っていく。《いつまでも二人このまま》はそうでもないが、《強く抱きしめて/Fly away》でギュインって感じで上がるし、《僕のすべて映してよ》もそうだ。さらに巧みなのはそのあと、《My song for you,/Just only you/君だけを》で一旦落ち着いたかに見せかけて、《愛しているのさ》でズコーンと突き抜けていくところだ。その歌唱を聴くだけでも十分に気持ちが良いのだが、サウンドでの演出が実に丁寧。《My song for you~君だけを》の箇所ではベースとピアノだけとなり、バンドサウンドは一旦ブレイクしたような形になるものの、《君だけを》ではエレキギターを中心に白玉がジャーンと鳴らされる。“行きますよーっ!”と楽器がガイドしているような何とも外連味あふれるアレンジだ。ベタと言えばベタ。でも、そこがいいのだ。

強力な布陣で大人の歌をバックアップ

M6「Shining Forever」は2ndシングル「虹〜ろくでなしBLUES〜」のカップリング曲。エレキギターに少しHR的な匂いを感じるものの、メロディーもさわやかだし、楽曲の展開は所謂ポップス的。誤解を恐れずに言えば、個人的にはオメガトライブ辺りの路線に近い印象がある。ちなみに2ndシングル表題曲はそのタイトル通り、マンガ原作のアニメ映画の主題歌であり、ロック色の強いナンバーであったが、本作には収録されていないのは、いずれものイメージがことさらに付着することを避けたからではなかろうか。

M6を聴くと、そんなことを邪推してしまう。M7「Love and Pain」も、ギターはエッジーではあるが、こちらもポップス寄りと言ってよかろう。Bメロの存在感はまさにJ-POPそのものだと思う。そうは言っても、ヴォーカルラインは終始、高音をキープしており、ポップな印象とは裏腹になかなか高度な歌ではないかとお見受けした。

続くM8「八月の夏」、M9「Believe Me」は、サウンドの違いはあれど、ともにバラードナンバー(M8のほうがビートが重い)。いずれもやはりハイトーンで歌い上げているところが聴きどころではあろう。ただ、アルバムもこの辺になってくると、その歌唱にも慣れてきたようなところがあって、すごい声量ではあるものの、ことさらにそこだけに耳がいかないような気がするのは筆者だけだろうか。そう言うと、否定的に受け取られるかもしれないが、そういうことでもない。歌のメロディーラインに彼の声質がマッチしているからではないかと想像する。簡単に言えば、いいメロディーだということ。そして、冒頭から述べているように、いい意味で癖のない歌声だからこそ、ヴォーカルがそのメロディーを変に邪魔していないのだと考える。

M10「See You Again」は如何にも1990年代…というよりも平成前期といった感じのバンドサウンドが清々しい。これもヴォーカルはかなり高音で迫るのだが、こちらもサビのキャッチーなメロディーが先だっている印象はある。カラオケにあるかどうか分からないけれど、“いいメロディーだなぁ”と思っていざ歌ってみるとその大変さが分かるナンバーなのではないかと思う。歌詞は小野自身が書いたものだが、その親しみやすいメロディーラインとは裏腹に、《「きっといつか 生まれ変わる」 そう言い残し/星になった君》や《もしも運命が徴笑んでくれたら/そうさ 君と僕 時を越えて》といったフレーズがあることから、単に分かりやすい楽曲ということでもなさそう。ポップソングの奥深さのようなものも感じられる。

アルバムのラストは小野正利の作詞作曲によるM11「Memory」である。サックス入りのアーバンな楽曲で、AORという括りになるのだろうか。少し大陸的な匂いのするメロディーも印象的だ(特にBメロ)。しっとりとした雰囲気のある音作りながらも、確実に存在感のあるサウンドでアルバムを締め括っている。本作には2ndシングルが収録されていない云々と前述したけれども、やはりアルバム全体を通して、大人な雰囲気を醸し出そうとしていたのだろう。M11からはそれが確実に分かるように思う。

小野正利の歌唱力と美声を支える作家陣とミュージシャンもさりげなく豪華だ。作曲のほとんどを美乃家セントラル・ステイションの佐藤健が手掛けており、アレンジは佐藤の他、武部聡志(M2)、井上鑑(M3、M11)、笹路正徳(M5)、是永巧一(M6)、土方隆行(M10)と今も名うての顔触れがズラリ。これらのメンバーも概ね演奏に参加している。さらには、歌詞カードに記載された名前もそうそうたるミュージシャンばかりだ。ザっと挙げてみる。松原正樹(Gu)、角田順(Gu)、笛吹利明(Gu)、今剛(Gu)、増崎孝司(Gu)、富倉安生(Ba)、岡沢茂(Ba)、浅田孟(Ba)、美久月千晴(Ba)、渡辺等(Ba)、島村英二(Dr)、山木秀夫(Dr)、片山敦夫(Key)、山木秀夫(Dr)、大谷和夫(Key)、山田秀俊(Key)、そして、土岐英史(Sax)。さすがに全ての方を紹介するわけにもいかないので、詳細は割愛させてもらうが、もし少しお時間があるなら、この名前のいくつかでググってもらいたい。いずれも邦楽シーンを築き上げたと言っても過言ではない一流ミュージシャンである。つまり、それだけのメンバーが奏でる音じゃないと、歌声とマッチアップできなかったということではなかろうか。こうしたところでも小野正利の凄さが裏付けできるのではないだろうか。

補足(というか、おそらく余談)。M5、M10のドラマーの名前に“Masashi Minato”とあるが、終ぞ同名のドラマーを見つけられなかった。間違っていたら申し訳ないのだが(先に謝っておく。すみません)、これは“Masafumi Minato”の誤植ではなかろうか。“Masafumi Minato”であれば、それは湊雅史、すなわち元DEAD ENDのドラマーであろう。何でも、某アーティストのツアーに参加した時も“湊マサシ!”と紹介され、同アーティストのアルバムに参加した時には“minato masashi”とクレジットされたそうだから、『VOICE of HEART』も同じような勘違いがあったのではないかと思うのだが、果たして──。

TEXT:帆苅智之

アルバム『VOICE of HEART』

1992年発表作品

<収録曲>
1.ピュアになれ
2.声・ロマン
3.My Venus
4.朝は窓にこぼれて
5.You're the Only…
6.Shining Forever
7.Love and Pain
8.八月の夏
9.Believe Me
10.See You Again
11.Memory

『これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!』一覧ページ

『これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!』一覧ページ

『ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲』一覧ページ

© JAPAN MUSIC NETWORK, Inc.