暗黒エネルギーの源はブラックホール? 初の観測的証拠を示した研究成果

【▲ 超大質量ブラックホールの想像図(Credit: NASA/JPL-Caltech)】

ハワイ大学の天文学者Duncan Farrahさんを筆頭とする研究チームは、ブラックホールと暗黒エネルギー(ダークエネルギー)を結び付ける初の観測的証拠が得られたとする研究成果を発表しました。

今回の成果は検証されるべき仮説の段階ではあるものの、ブラックホールが暗黒エネルギーの源となっている可能性を示すものであり、ブラックホールの存在を再定義することにつながるかもしれないと受け止められています。成果は2本の論文にまとめられ、The Astrophysical JournalとThe Astrophysical Journal Lettersに掲載されています。

■90億年間で大きく成長していた超大質量ブラックホールの謎

ほとんどの銀河の中心には、質量が太陽の数百万倍以上にもなる超大質量ブラックホール(超巨大ブラックホール)が存在すると考えられています。たとえば、私たちが住む天の川銀河の中心にある超大質量ブラックホール「いて座A*(エースター)」の質量は太陽の約400万倍、おとめ座の方向約5500万光年先にある楕円銀河「M87」の中心にある超大質量ブラックホールの質量は太陽の約65億倍と推定されています。

【▲ 従来の説に基づいてブラックホールとその周辺を解説した図(Credit: ESO, ESA/Hubble, M. Kornmesser/N. Bartmann)】

銀河中心の超大質量ブラックホールがどのようにして成長したのかは、まだよく理解されていません。ブラックホールが成長する(質量を増やす)ためには接近した星やガスなどの物質を取り込む必要があるものの、物質を取り込んで成長するペースには限界があります(エディントン限界)。近年ではビッグバンから10億年と経たない初期の宇宙にも質量が太陽の数億~十数億倍もある超大質量ブラックホールが存在していたことを示す観測結果が得られており、世界中の天文学者たちはブラックホールが急成長を遂げた理由の解明に取り組んでいます。

ブラックホールの成長を周囲からの物質の取り込みだけで説明できるのかどうかを検証するために、Farrahさんたちのチームは近年活動していない楕円銀河に着目して観測と分析を行いました。天の川銀河やアンドロメダ銀河といった渦巻銀河には星の材料となるガスが存在しており、新たな世代の星を生み出す星形成活動が起きています。いっぽう、古い星々が目立つ楕円銀河にはガスがほとんど残っておらず、星形成活動は早い段階で止まってしまったと考えられています。ブラックホールが成長する上で物質を取り込む必要があるとすれば、ガスを失った楕円銀河の中心に潜む超大質量ブラックホールの成長もやはり早い段階で止まっていたはずです。

ところが、研究チームが古い時代に存在していた若い銀河と現在の楕円銀河の観測データを分析した結果、超大質量ブラックホールの質量は90億年間で7~20倍に増えていたことがわかりました。この成長率は物質の取り込みによる質量の増加や、ブラックホールどうしの合体などでは説明ができないといいます。つまりこの結果は、ブラックホールが物質を取り込むこと以外の方法で成長してきた可能性を示しているというのです。

■宇宙の膨張にあわせてブラックホールの質量も増えた可能性

【▲ 楕円銀河の例:おとめ座の方向約5000万光年先の「M59」(Credit: ESA/Hubble & NASA, P. Cote)】

そこで研究チームは、ブラックホールの成長を「宇宙論的カップリング(Cosmological Coupling)」だけで説明できるかどうかを検証しました。

研究チームなどによると、宇宙論的カップリングはアルベルト・アインシュタインの重力理論をもとに新たに予測されていた現象で、特異点が存在しないかわりに真空のエネルギー(Vacuum Energy)を内包するブラックホールと、膨張する宇宙が結びつくことで成り立つと考えられています。宇宙が膨張するとブラックホールに内包されている真空のエネルギーが増加し、従ってブラックホールの質量が増加する(※)というのです。様々な時代に存在していた銀河を分析した結果、ブラックホールの成長は宇宙論的カップリングにもとづく予測通りで、ブラックホールの質量と宇宙の大きさはよく一致する関係にあることが示されたといいます。

※…E=mc、すなわちエネルギーと質量は比例関係にあることから。

また、宇宙論的カップリングのもとでブラックホールの質量がどれくらい増加するのかは、膨張する宇宙とブラックホールの結び付きの強さに左右されるといいます。宇宙の大きさが現在の2分の1と3分の1だった時代の楕円銀河に存在していた超大質量ブラックホールに関するデータを研究チームが分析した結果、結び付きの強さを示す変数「k」(宇宙論的カップリングにおけるブラックホールの質量増加を示すモデルに含まれる)の値は、ほぼ「3」であることが示されました。

この「k=3」という値は、今回の研究にも参加しているハワイ大学のKevin Crokerさん(当時は同大学の大学院生)とJoel Weiner教授が2019年に発表した研究成果でも予測されており、宇宙最初の世代の星を起源とするブラックホールに内包されている真空のエネルギーの合計と、現在測定されている暗黒エネルギーの値が一致することを示しているといいます。初期の宇宙で誕生したブラックホールの数をなるべく正確に推定するために、研究チームは今回「ジェイムズ・ウェッブ」宇宙望遠鏡の観測で得られた最初期の宇宙の星形成率に関する最新の測定値も利用して数値が揃っていることを確認しました。

宇宙の加速膨張をもたらしていると考えられている暗黒エネルギーは宇宙の約7割を占める成分だとされていますが、その正体はわかっていません。暗黒エネルギーの有力な候補のひとつがアインシュタインの提唱した宇宙定数であり、宇宙定数は真空のエネルギー密度の絶対値を意味します。

今回の成果は超大質量ブラックホールの成長に関する謎を解決すると同時に、真空のエネルギーを内包するブラックホールが暗黒エネルギーの天体物理学的な供給源であり、なおかつブラックホールの中心に物理法則の適用できない特異点が存在しない可能性を示したことになります。研究に参加した英国科学技術施設会議(STFC)RAL SpaceのChris Pearson博士は、特に暗黒エネルギーの起源を示したことに言及した上で「もしもこの理論が成り立つなら、宇宙論全体に革命を起こすことになるでしょう」とコメント。また、Crokerさんは「現在の宇宙が加速していることを説明する今回の測定データは、アインシュタインの重力(理論)の底力を美しく垣間見せてくれます」とコメントしています。

ただし、冒頭でも言及した通り今回の成果はまだ仮説の段階であり、検証には数年を要する可能性もあるといいます。果たして人類はブラックホールや暗黒エネルギーの謎を解き明かす糸口をつかんだのか、その答えが得られるのはもうしばらく先のことになりそうです。

【▲ 電波で捉えられた天の川銀河中心の超大質量ブラックホール「いて座A*」(Credit: EHT Collaboration)】

Source

  • Image Credit: NASA/JPL-Caltech, ESO, ESA/Hubble, M. Kornmesser/N. Bartmann, P. Cote, EHT Collaboration
  • University of Hawaiʻi \- 1st observational evidence linking black holes to dark energy
  • UH Institute for Astronomy \- First observational evidence linking black holes to dark energy
  • Imperial College London \- Scientists find first evidence that black holes are the source of dark energy
  • University of Michigan \- Scientists find first observational evidence linking black holes to dark energy
  • Farrah et al. \- A Preferential Growth Channel for Supermassive Black Holes in Elliptical Galaxies at z ≲ 2 (The Astrophysical Journal)
  • Farrah et al. \- Observational Evidence for Cosmological Coupling of Black Holes and its Implications for an Astrophysical Source of Dark Energy (The Astrophysical Journal Letters)

文/sorae編集部

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