北極海の氷を増やす気候テック 米英で進む挑戦とは

Image credit: Arctic Ice Project

気候の安定に北極が果たす役割は大きい。しかし、北極では過去43年間、地球のどの地域よりも約4倍の速さで温暖化が進んできた。気温は1980年と比較すると平均で約3度上昇している。このままでは2050年までに北極では夏に氷がなくなり、地球上のすべての生き物に被害がおよぶ壊滅的なブルーオーシャン現象が起きると予測される。この問題を革新的な方法で解決しようとする2つの気候テックを紹介する。

北極の急速な気温上昇は、地表が太陽光を反射する反射率(アルベド)による影響「アルベド効果」の低下が原因だ。北極のように雪に覆われた土地は、太陽光を反射するため気温が上がりづらい。気温が低下すると、氷の面積が増え、さらに気温が下がることからアルベド効果が高いといえる。これにより北極は地球を冷ます重要な役割を果たしてきた。

しかし、近年の北極は温暖化により氷が溶け、暗い海水が露呈することで太陽光を反射する表面積が減っている。太陽光を吸収することで温度は上昇し、雪解けとさらなる温暖化を招いている。この現象は北極の温暖化を加速し、地球全体のエネルギーバランスを不均衡にしている。

気候変動や北極の氷の融解を緩和する従来の対策は十分な速さで進展していない。そのため、科学者やイノベーターたちはクリエイティブでこれまでとは異なる方法により、アルベド効果を高め、北極の氷を維持・回復させることに取り組んでいる。ここでは試験中の2つのソリューションを紹介する。

リアルアイス(英国)

Image credit: Real Ice

英ウェールズのバンガーに本拠を置くリアルアイス(Real Ice)は、風力や潮力などの再生可能エネルギーを活用し、海氷を厚くし、北極圏の生息地を保護しながら、生態系を回復させるシステムを設計する。

バンガー大学発のスタートアップである同社は、米アリゾナ州立大学地球宇宙探検学部で天体物理学の教授を務めるスティーブン・デッシュ氏と、同氏の考える北極海氷管理構想から生まれた。リアルアイスは、再生可能エネルギーを使った装置を使ってスケーラビリティ(拡張性)のある方法で海氷を増やそうと考えている。

リアルアイスの創業者兼CEOのキアン・シャーウィン氏は、米サステナブル・ブランドの取材に対し「私たちの事業は、政府や企業、地域社会の関心に火をつけ、構想を北極圏全域に拡大し、十分な規模で技術を活用していくことです。規模の大きい企業・自治体などが多く参画する科学・技術を促進するカタリスト(触媒)になりたいです」と語る。

Image credit: Real Ice

同社の技術は、冬の間に海氷の下にある海水をくみ上げ、表面に吹きかけて海氷を厚くするというもの。これによりアルベド効果を高め、夏から冬まで氷を持たせることで、数年かけて形成される多年氷をつくろうとしている。

リアルアイスは既存の技術をうまく利用することで、技術の完成・展開にかかる時間を短縮したい考えだ。現在、レジャー施設などで使われている氷をつくる送水ポンプはディーゼルエンジンで動くが、同社のイノベーションは再生可能エネルギーと既存のポンプ技術を組み合わせる点にある。シャーウィン氏はこう話す。

「ご存知のように、現在の予測では、広域災害が起きるとされる地球規模のティッピングポイント(転換点)への到達を避けるという気候目標の達成は不可能だとみられています。私たちは、予測されている北極海氷の寿命を延伸し、海氷を復活させるために世界規模で貢献したいと考えています。もしこのプロジェクトが成功すれば、人類がほかの重要な気候変動緩和策を進展させるのに費やす時間を増やすこともできるでしょう」

リアルアイスは海氷の急速な融解への対策として、コミュニティや野生生物が最も大きな影響を受けている地域で技術を開発し、装置を配置することを目指している。さらに、その過程に先住民族の評議会を含めることを約束し、生態系の破壊によって直接的な影響を受ける先住民が同社の取り組みから恩恵を受けられるようにしている。

「今年後半には、北極でグリーン水素を使って氷をつくり出す実験をしたいと考えています。波力や潮力、風力を使った水素製造は世界的に大きく進展しており、2〜5年のうちにエネルギー生産を数ギガワットにまで拡大する装置が利用できるようになるでしょう」

同社は4年以内に、北極圏にある一つの湾をすっぽり覆うのに十分な海氷をつくり出すことを目指している。そして、政府や大手企業のパートナー、地域コミュニティと協働・連携し、技術の活用を拡大し、展開方法を向上させながら規模を拡大していく考えだ。

シャーウィン氏は「私たちの取り組みの進捗は、今後5年間に行われる実験の成果だけで測られるのではなく、最も重要なことですが、地域や大企業、政府がどのように関与するかによって測られるでしょう」と話す。

アークティック・アイス・プロジェクト(米国)

Image credit: Arctic Ice Project

米カリフォルニアの非営利団体アークティック・アイス・プロジェクトは北極圏を救うために、リアルアイスとは異なる方法を探究している。同団体は、中空ガラス微粒子(マイクロスフェア)を使い、アルベド効果を高めることで夏の間も海氷を維持させようと取り組む。

アークティック・アイス・プロジェクトの取締役副会長のスティーブン・ゾルネッツァー氏は「人類は脱炭素化に大きく遅れています。脱炭素化が実現するのは2050年をはるかに超え、北極の海氷は夏にはすべて溶けるでしょう。私たちは、夏の北極海が多くの太陽光を吸収しないようにすることで北極の海氷を保護したいと考えています」と語る。

二酸化炭ケイ素から作られた中空グラス微粒子は明るい白色で砂のような形状だ。ケイ素(シリコン)は長年、化粧品や医薬品など商業製品に使われてきた。ゾルネッツァー氏によると、ケイ素の微粒子が北極圏で散布される前に、チームはノルウェーの科学機関である「SINTEF」と連携し、微粒子が安全で無毒で、食物連鎖やあらゆる生物に害をおよぼすものではないことを確かめてきた。

「私たちは北極圏の生態系や力学を理解し、強風と乱流状態をシミュレーションして微粒子に何が起きるかを実験しています。例えば、微粒子は生き残るか、分解されるのか、分解されたらどうなるか、表面にとどまり続けるか、沈むのか、どこにいくのかなどです。私たちのモットーは害を与えないことです。すでに悪化している以上にこの問題を悪化させたくありません。ですから、この微粒子の安全性や効果を証明しなければなりません」

このプロジェクトのもう一つの焦点は、中空ガラス微粒子がいつ、どこで散布されると最大の効果を発揮できるかを決めることだ。アークティック・アイス・プロジェクトは、グリーンランドとスヴァールバル諸島の間に位置するフラム海峡、さらに西にあるボーフォート・ジャイアを提案する。どちらもより多くの海氷を維持するために戦略的に優位な場所だ。微粒子を撒く時期は、凍える寒さの冬が到来する前の秋の終わり頃を検討している。氷が溶け始める春を前に微粒子を付着させられるからだ。

ゾルネッツァー氏は「この物質を散布する最適な時期を特定し、効果を増幅する最も戦略的な場所を選びたいです。それが北極海の表面積の数パーセントでしかなくても、氷をつくり、維持する上で桁外れの効果があります」と説明する。

同プロジェクトは、風や海流、気温などさまざまな状況をシミュレーションした綿密な計算モデルを取り入れている。計算モデルによって、アークティック・アイス・プロジェクトの取り組みが海氷を保護するのに効果的だということが裏付けられている。しかしまだ究明すべき点があるという。

「生態毒性学的に安全と証明され、計算モデルやシミュレーションによる十分な証明があったとしても、現地での調査・実験を行っていく予定です。この活動に関心を持ってくれている協力者もいます。とはいえ、共に取り組むのは少なくとも4〜5年先になると思います」

アークティック・アイス・プロジェクトの取り組みは、懐疑的で否定的な評価を受けやすい地球工学に分類される。しかし、氷が現在のスピードで溶け続ければ、新たなテクノロジーに集まる懸念を心配する必要もなくなるかもしれない。

「私たちは死に物狂いの状況にあるのです。こうしたツールを活用しなければ、問題は制御不能な状況に陥ります。もし先手を打たなければ、人類と地球上の生命の存亡の危機になるでしょう」

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