進化した“米国版グランクラス”、その真価は?

 【汐留鉄道倶楽部】「ななななー7分短縮」とお笑いコンビ「ジョイマン」が宣伝しているように、JR東日本の上越新幹線の東京―新潟間が3月18日から最大7分短縮される。運用車両をE7系に統一して最高時速を275キロに引き上げ、全列車に「グランクラス」を備える。

アムトラックの高速列車「アセラ」=2021年12月、米東部コネティカット州

 “米国版グランクラス”に当たるのが、ニューヨークといった米国東部の大都市を経由して首都ワシントン―ボストン間(約735キロ)を走る全米鉄道旅客公社(アムトラック)の高速列車「アセラ」のファーストクラス(一等車)だ。大きな売りは車内で添乗員が飲み物とともに提供する食事で、アムトラックは新型コロナウイルス流行で落ち込んだ利用者の回復を目指してメニューを改良した。

 以前乗って食事が粗飯だったことに失望していたため、進化したのかどうかを確かめようと今年2月にワシントン・ユニオン駅からニューヨーク・ペンシルベニア駅へ向かった際に乗車した。といっても、米国の高インフレにあえぐしがない1サラリーマンにとってワシントン―ニューヨーク間で最低でも243ドル(約3万2600円)で売り出されているファーストクラス運賃は負担が重い。そこで“裏技”を駆使して「ななななー」、71ドル(約9500円)で乗れた。

 アセラにはファーストクラスと、グリーン車に相当するビジネスクラスがある。2週間以上前に適用される割引料金でビジネスクラス券を購入し、会員制度「アムトラックゲストリワーズ」の特典で付与されたアップグレード券を使ってファーストクラス券に変更したのだ。アップグレード券は出発12時間前に空席があれば利用できる。

米首都ワシントンのポトマック川沿いにある桜の名所の写真を装飾したワシントン・ユニオン駅のラウンジ「クラブアセラ」=23年2月

 ファーストクラスの利用者は主要駅から乗る場合、出発前にポテトチップスやコーヒーなどを用意した上級クラス向けラウンジでくつろげる。ワシントンのラウンジ「クラブアセラ」はテーブルやいすが並び、壁面はポトマック川沿いにある桜の名所の写真で装飾している。

 今やワシントン名物として定着した桜は、1912年に現在の東京都知事に当たる尾崎行雄・東京市長が日米の友好関係発展の願いを込めて贈った約3千本の苗木が発端だ。出発約15分前にプラットホームへ向かうように促された。

 8両編成のアセラは両端の電気機関車の間に6両の客車がつながっており、最もワシントン寄りにファーストクラスの車両がある。青いビニール製のシートカバーをまとった座席はビジネスクラスと大差ないが、配置が横に3列とビジネスクラスより1列少なく、座席幅は約58センチと約5センチ広い。

 ただ、座席の前後間隔は約107センチと同じで、背もたれを倒せる角度も最大15度程度(筆者推定)という点も変わらないので、座席は五十歩百歩だ。手元のボタンを押すだけで背もたれを最大45度まで電動で倒すことができ、フットレストまで備えているグランクラスの座席の快適性には足元にも及ばない。

アセラのファーストクラスの車内=23年2月

 ファーストクラスには専属の乗務員がおり、飲み物と食事をメニューから選べる。飲み物はビールやワイン、カクテル、ジュースなどがあり、赤ワインを注文した。

 出発後まもなくワイングラスを座席前のテーブルの端に置いてくれたが、反射的にすぐにある程度飲み、グラスを真ん中へ移した。

 最高時速が150マイル(約241キロ)とスピードアップ前の上越新幹線(240キロ)とほぼ同じアセラは、搭載した振り子装置の性能が劣ることもあってカーブ通過時などに「よく揺れる」ことで知られる。そこでワインがこぼれたり、テーブルから落ちたりする事態を防いだのだ。案の定、曲線で揺れた際に近くの座席でグラスが落下していた。

 出された赤ワインは米西部カリフォルニア州ソノマ郡産で、比較的手頃な価格のテーブルワインだが適度な渋みがあって悪くない。おつまみで提供されたナッツとも合う。

アセラのファーストクラスで提供された牛肉のビール煮=23年2月

 昼食と夕食にはチーズと果物、ベトナム風チキンサラダ、ほうれん草とリコッタチーズのロトロ、牛肉のビール煮の4種類があり、牛肉のビール煮を注文した。アセラのロゴが入った食器に盛られた料理は、煮込まれて軟らかくなった牛肉とマッシュポテトがなかなか良いハーモニーを奏でている。一緒にパンも出てきた。

 デザートの容器入りスイーツは米国らしくかなり甘口だったが、以前のチョコレートチップクッキーよりは格段に良かった。

 料理が進化したのは確かで、71ドルのビジネスクラス料金の対価としては満足できる乗車体験だった。ただ、アップグレード券を使わずに243ドル以上を出して買うかと言えば「NO!」と即答する。その差額で美食都市ニューヨークに山ほどある素晴らしい飲食店に入ったほうが賢明だ。

 米オンラインメディアのビジネスインサイダーもアセラのファーストクラスは「料金に見合う価値を見いだせなかった」と切り捨てていた。せめてビジネスクラスの50ドル増し程度に値下げするか、キャビアが載った牛肉のステーキといった豪華料理を提供して「ななななー、なにコレ!?」と利用者を驚愕させるほどの飛躍的進化を求めたい。

 ☆大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)共同通信ワシントン支局次長。帰路は乗車券代を抑えた代わりに、ペン駅近くの日本料理店でおいしいエビ天丼に舌鼓を打ちました。

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