「賃上げできない」悩む中小企業、賃金格差は20年で3倍に拡大 正念場の春闘、価格転嫁問題の解決が急務

 価格転嫁の実現を呼びかける、ものづくり産業労働組合「JAM」の集会=2月9日、東京都千代田区

 今年の春闘は、大手企業で異例の大幅な賃金引き上げ表明が相次ぎ、経営側の積極姿勢が明確になっている。だが中小企業はなかなか賃上げの原資を確保できず悩みは深い。背景には、中小企業が大手企業との取引でコスト増加分を製品価格に上乗せできない価格転嫁の問題がある。企業規模の違いによる賃金格差はこれまでも拡大してきたが、中小企業の関係者は価格転嫁の問題を放置すればさらに格差が広がると懸念を強めている。(共同通信=徳光まり、福原昌代、亀井淳志)

 ▽満額回答の大手、厳しい中小企業
 歴史的な物価上昇を背景に、トヨタ自動車やホンダは春闘交渉序盤の2月下旬から早くも満額回答を提示した。大手企業では組合側の要求を受け入れ、定期昇給だけでなく、賃金を大幅に底上げするベースアップ(ベア)に踏み切る動きが広がっている。

 多数の中小企業が加入する、ものづくり産業労働組合「JAM」は、物価高騰による家計の厳しさを、身をもって痛感している。安河内賢弘会長は3月1日の記者会見で、ことしの労使交渉は「切実さが違う。次元が違う春闘だ」と言い切った。大手企業での賃上げの波に乗りたいのは中小企業も同じだ。だが安河内会長は「中小企業の経営は必ずしも改善していない。日本を代表する企業とは体力が違う」と厳しい表情を浮かべた。

 記者会見するJAMの安河内賢弘会長(右)=3月1日、東京都港区

 JAMは中小企業が多数を占める一方、建設機械や農業機械の一部大手企業も参加している。組合員を対象に行った調査では、大手企業と中小企業の1カ月当たり所定内賃金の差は2000年に9307円だった。これが2022年には2万6202円で、3倍近くに拡大した。高卒後すぐに就職し、30歳時点などといった条件で比べた結果だ。40歳や50歳時点でも格差は拡大傾向となっている。

 ▽顔出しNGで窮状を訴える
 中小企業の中にはそもそも定期昇給の制度がなく、「失われた30年」と言われる長期不況下で賃上げが進まなかった会社も多い。さらに取引先の大企業からコスト削減を迫られており、原料費や光熱費、運送費などの値上がり分を価格転嫁できないケースがある。

 例えば、かつてはある製品の製造コストが100円で、取引相手に150円で売ることができれば、50円の利益が出ていた。ところが物価高で製造コストが150円に上がってしまった。そうするとこれまで通りの150円の販売価格では利益がゼロになってしまう。200円に値上げして、ようやく従来の50円の利益が確保できる。こうした価格交渉ができなければ、物価上昇のしわ寄せを受ける。

 2月9日、JAMは参院議員会館に国会議員を集め、価格転嫁の実現を呼びかける集会を開催。自動車メーカーの下請け企業の現役組合員らが「顔出しNG」と匿名を条件に参加した。顔や名前が取引先に知られると、関係が悪化し一段と不利益を被るリスクがあるためだ。会場の一部をついたてで仕切り内側を見えないようにして、そこから「原材料高騰分を回収できていない」「毎年のようにコストダウン要請がある」と窮状を訴えた。

 ▽経営と従業員の生活を両てんびんに
 中小企業の経営者の立場からすると、人手不足が深刻化する中、賃上げをしなければ働き手の確保が難しくなる。急速な物価高が従業員の家計に負担を強いており、待遇改善で報いたい思いはある。だが原材料や燃料の高騰が響いて利益は上がらず、経営安定と従業員の生活を両てんびんにかける難しいかじ取りを迫られている。

 約100人の正社員を抱える大阪府の金属加工メーカーは直近の決算で利益が減ったが、昨年11月に月給1万円の昇給に踏み切った。さらに家族手当や住宅手当を上げられないかどうか検討しているところだという。社長は「社員の家族を大事にしないといけないという気持ち。そのために何がベストかと思いながらやっている」と胸の内を打ち明けた。

 東京商工リサーチが2月に実施した調査では、中小企業のうち2023年度に賃上げを実施する予定だと回答したのは8割。具体的な内容を複数回答で聞くと、4分の3ほどが定期昇給で、ベースアップを実施すると答えたのは半数程度にとどまった。賃上げを実施しないと答えた2割の企業に理由を聞くと、「コスト増加分を十分に価格転嫁できていないため」とする回答が最も多かった。原材料価格や電気代、燃料代の高騰を理由に挙げる企業も目立った。

 ▽値下げ要求に8割が応じる
 大手企業と中小企業の賃金格差をこれ以上広げないために、価格転嫁の実現は重要な課題だ。政府は、転嫁に応じない大企業の実名を公表するなど、対策に躍起となっている。ところが取引実態を調べてみると、最近でも中小企業は立場の弱さから苦しい状況に置かれている現状が見えてくる。

 JAMが昨年11月から今年1月に加盟組合を対象に行った調査では、企業物価がどんどん上昇しているのにもかかわらず、値上げとは反対に、取引先から価格の「引き下げ」要求があったとする企業が3割に上った。そのうち8割は要求に応じていた。生産性を向上すれば、より安く製品を納められるはずだという論法で値下げを求めてくるケースがあるという。

 記者団の取材に応じるUAゼンセンの松浦昭彦会長=2月7日、東京都千代田区

 JAMの川野英樹副書記長は「中小企業、ものづくりの現場はなかなか価格転嫁が進まず賃上げが整わない」と話し、広くこの問題に関心を持ってもらいたいとの考えだ。

 2月7日には、中小の流通やサービス企業なども加入する産業別労働組合、UAゼンセンの松浦昭彦会長が厚生労働省を訪れ、賃上げに向けた環境整備を求める要請書を提出した。提出後、松浦会長は記者団に「価格転嫁が進んでいない実態があり、エネルギーコストの上昇も重しになっている。取り組みを強化してほしい」と強調した。

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