「60の手習い」から…滑川の禅画家・鹿沼さんの「遺作展」 12日から、「3.11祈り」など展示

前列右から鹿沼義治さんの遺影を持つ妻のり子さん、遺作「3.11祈り」を手にする三男潤さん、その左が「旅の追憶」。後列左から飯野和男さん、斎藤勝治・道子夫妻=埼玉県滑川町福田の自宅

 3年前に亡くなった埼玉県滑川町の元教育委員長で禅画家の鹿沼義治さん=享年(85)=の「遺作展」が12日から同町コミュニティセンターで開催される。生前、描いた禅画、水墨画、書などの作品を「多くの人に見てもらおう」と遺族、仲間、弟子たちが企画した。

 鹿沼さんは川島町出身。県立松山高校在学中、ソフトテニスで初の全国制覇(団体)に貢献、1967年の埼玉国体では一般男子監督を務め準優勝に導くなど、ソフトテニス界の重鎮だった。

 水墨画は「60の手習い」。妻のり子さん(88)が通信教育を申し込んだのが切っ掛け。「私がそのままにしていたので、代わりに始め、半年間で全課程をマスターし、独学で禅画も描くようになった」という。「アトリエにこもって集中、深夜に一気に描いていた」と振り返る。

 禅画では96年、日本禅画会会員、その後、同名誉理事、中国少林書画院の名誉教授を務めた。水墨画は2006年から東京の国立新美術館で開催の全国公募日美展に応募を始め、晩年は「優秀賞」の常連で、日中水墨交流協会会員でもあった。

 長男の行央さん(58)によると、鹿沼さんの作品整理を始めたところ、多くの作品を残していた。このため「もう一度、父の作品を見ていただき、亡き父をしのんでいただければ」と、地元の成安寺(吉田憲正住職)と水墨画仲間の斎藤勝治さん(82)と妻の道子さん(77)の協力を得て遺作展を企画した。斎藤夫妻は「鹿沼さんは、作品を仕上げると私たちに見せにきていた。鮮明な描写が特徴だった」と話した。

 松高ソフトテニス部の後輩で、内弟子の一人だった小川町の飯野和男さん(75)は「テニスの師匠でもあり、水墨画は約10年、指導してもらった。雅号の『恵石』は、私の生きざまや性格から名付けていただいた」と話した。

 会場には全国公募展で優秀賞を受賞した「3.11祈り」や、「旅の追憶」などの水墨画、禅画、書、手工芸品など100点余りの作品を展示する。

 遺作展は12~19日の午前9時~午後5時(最終日は同1時)。開催期間中の問い合わせは、滑川町コミュニティセンター(電話0493.56.2825)へ。

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