天才プログラマーの不当逮捕と早すぎた最期 実録映画『Winny』が描く事件の背景と国家権力の稚拙な本音

©︎2023映画「Winny」製作委員会

映画『Winny』は時代で言えばISDN~ADSLの過渡期を舞台にしているが、仮想通貨やサブスク全盛の今こそ改めて知っておきたい“事件”をテーマにした実録ものである。

「Winny」開発者の逮捕、そして突然の死

2002年、金子勇氏が開発したファイル共有ソフト「Winny」の試用版が匿名掲示板に公開される。このソフトは本人同士が直接データのやりとりができる革新的なシステムで、瞬く間にシェアを伸ばしていった。同時に映画やゲーム、音楽などが違法アップロードされ、ダウンロードする者が続出したことで社会問題へと発展していく。

金子氏は2004年に<著作権法違反幇助>の疑いで逮捕され、2006年に有罪判決(罰金150万円)を受ける。京都府警による“逮捕容疑”は「著作権法違反行為の幇助罪(ほうじょ)」というもの。マスコミは「違法なファイル交換が行われていると周知の上でソフトを提供し続けたこと」が著作権侵害幇助に当たるとした検察側と、「金子氏は作成者にすぎないので、悪用した者を幇助したという罪状は不当」と無罪を主張した弁護側との“対決”を報じた。

金子氏は2009年に逆転無罪判決を勝ち取り、2011年には無罪が確定するが、2013年に42歳という若さでこの世を去った(死因は急性心筋梗塞)。無罪確定時点でマスコミの報道はあからさまにトーンダウンしており、ぼんやりとしたネガティブイメージが世間に刷り込まれてしまっていたこともあって、この訃報にショックを受けた人も少なくないだろう。そして何より、プログラマーとして脂の乗りきっていた時期に裁判等で貴重な数年間を失った金子氏の無念を思うと、悲しみや怒りがこみ上げてくる。

よく分からんけど、危ないらしいから捕まえろ

Winny事件の少し前、海外では同じくP2P技術を用いたファイル共有ソフトNapsterが大問題となり、レコード会社との間で訴訟に発展していた。インターネットをちょっとかじった程度のライトユーザーにとっては関わりのない出来事だったが、映画や音楽データの違法アップ/ダウンロードの件は誰もが耳にしていたはずだ。

「技術自体に罪はなく、それを使う個々人の問題」という大前提は、映画『Winny』でもたびたび強調される。Winny経由のウイルス感染による機密情報漏洩が問題視されていた2008年、政府は「パソコンでWinnyを使わないように」と呼びかけていたが、金子氏の逮捕で開発が止まったことにより悪質なウイルスが蔓延した……という事実を知る今になって思い返すと、政府関係者の「よく分からんけど危ないらしい」という稚拙な本音も透けて見えてくる。

警察・検察側の明らかに違法な取り調べシーンからは、この逮捕自体が見せしめ的な茶番であったことが分かる。金子氏の弁護団を率いる壇俊光(三浦貴大)の登場以降、国家権力による様々な“罠”やマスコミの偏向報道なども具体的に描かれ、渡辺いっけいや渋川清彦ら実力派キャストが嫌~な感じで好演。弁護士・秋田を演じる吹越満と渡辺いっけいのピリピリした問答や弁護団の作戦会議など、法廷劇としての見どころも多い。

本人の遺品を身に着け体格改造……東出が渾身の役作り

公開前に公開されていた場面写真などを見ても、いまいち“主演・東出昌大”というイメージが沸かなかった人もいるのではないだろうか。その印象は映画本編を観ても、それほど変わらないかもしれない。遺族から提供されたという金子氏の遺品を身に着け、体重を18キロ増量するなど「憑依」と称された東出の役作りは、それほどまでに本人に肉薄しているからだ。

この役作りには、なにより金子勇という人物の実際の人柄を伝えたいという製作側の想いも込められているはずで、いわゆる“オタク”のイメージとは程遠い、あっけらかんとした性格描写は周囲を惹きつける人だったのだろうと推測させる。パソコンに向かってスナック菓子を貪る様子やクライマックスの最終陳述シーンなどは、生前の金子氏の姿と見紛うほどだ。

Winnyをめぐる7年間にわたる戦いに、弁護士たちは「勝者のいない裁判」と嘆いたという。貴重な時間を奪われた開発者自身にとってはもちろん、日本社会全体の損失と言っても過言ではない無益な争いだったということだろう。「出る杭を打たない」という教訓を都合よく用いる過激なネット論客等にはくれぐれも警戒しつつ、今に生きる技術を生み出した稀有な才能の損失に想いを馳せながら本作を観たい。

『Winny』は2023年3月10日(金)より TOHOシネマズほか全国公開

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