『Winny裁判』があぶり出した刑事司法の“闇”とは? 主任弁護人が語る“天才プログラマー”の真実

P2P技術を利用したファイル共有ソフト「Winny」の開発者、金子勇の裁判での戦いを描いた映画『Winny』が3月10日に公開される。

本作は、俗にいう「Winny裁判」の顛末(てんまつ)を克明に描く作品だ。本裁判は、著作権侵害のほう助を巡って争われたが、ソフトウエア開発者が逮捕される極めて異例の事態で、果たして道具を作った人間が罪に問われるべきなのか、という議論を巻き起こした。物語は金子氏が逮捕され、壇俊光弁護士が弁護を引き受けたその裁判を通じて、日本の刑事司法の異様な実態を明らかにするとともに、金子氏の実像に迫る内容となっている。

メディアによる悪印象の流布で、金子氏の実像は今もゆがめられたままになっている。果たして、金子氏は本当に著作権侵害のまん延を目的にしていたのか、本作は事細かに裁判の経過を再現し、明らかにしている。

本作について、登場人物のモデルにもなり、金子氏を実際に弁護した壇俊光弁護士に話を聞いた。

法廷シーンのリアリティーは日本映画屈指

取材を受ける壇俊光弁護士

――撮影現場にも積極的に行かれて法廷シーンを監修しているそうですね。

壇:はい。日本の映画やドラマでリアリティーを感じる法廷シーンがないと感じていました。この映画は金子さんを知ってほしいというのが第一ですが、やはりせっかく作るのなら、僕ら弁護士が見てもリアリティーあるものにしたかった。

日本の映画やドラマの法廷のセットはキレイすぎるんです。まず監督と脚本家を地裁に連れて行って、どれだけボロいかを見てもらいました(笑)。それと、撮影前に模擬裁判をやって、僕らは裁判の時、こんな風に動きますよというのをお見せしました。実際の尋問調書からセリフに起こしてもらったりもしましたね。

――脚本の段階から事実に即した内容を反映させているのですね。

壇:この映画に観客が求めるものは、金子さんが実際にどんな人物で、裁判や事件の事実がどうだったのかということでしょうから。

実際の裁判なら異議が入るだろうなというセリフも多少ありますが、法廷シーンのリアルさに関してはほぼ完璧です。特に、僕らがずっと語り継いでいる秋田真志先生の“伝説の尋問シーン”の再現度はすごいです。

アメリカ映画なら、たとえば『ア・フュー・グッドメン』など迫真の尋問シーンのある作品は多いですが、日本には尋問シーンが面白い作品が少ない。でも、日本の法廷でも尋問は実際、すごくエキサイティングなんです。

――秋田弁護士は刑事裁判のエキスパートですね。映画では吹越満さんが演じています。

壇:吹越さんのお芝居は、ご本人の雰囲気をすごくよく捉えています。秋田先生は掴みどころのないホワホワした方なのですが、尋問になると凄みがあって驚きます。尋問シーンで相対する渡辺いっけいさんも劇団出身で芝居の上手い方ですから、大変エキサイティングなやり取りになっています。

(C)2023映画「Winny」製作委員会

日本の刑事司法の問題点とは

――壇弁護士は、映画の中でも「(著作権侵害の)正犯は弁護しないけど、開発者が逮捕されたら引き受ける」とおっしゃっています。なぜこのように考えていたのですか。

壇:あれはポロっと口に出したことなので、まさか本当に(金子さんが)逮捕されて弁護することになるとは考えていませんでした。逮捕の一報を聞いた時は、こんなことがあり得るのかと本当にびっくりしました。アメリカの知的財産裁判の事例からしても開発者が責任を負うことは少ないし、理解できなかったです。しかし、口に出してしまったからにはやるしかないかと思って引き受けました。

――本作は、日本の刑事裁判の問題点をあぶり出している側面もあります。日本の刑事司法についてどうお感じですか。

壇:よく言われている通り、「人質司法の問題」があります。長時間拘留されて自白を迫られる、自白せずにいれば無罪になるかというと、ならない。

また、サイバー法の世界では恣意(しい)的な拡大解釈が横行しています。Winny事件は著作権侵害のほう助を巡っての争いでしたが、そもそも何がほう助に該当するのかわからない状況でした。Winnyの開発が著作権侵害のまん延目的だと検察は言うけど、それが刑法上のほう助にどう関係があるのかと尋ねると、検察側は「それは答える必要がない」と言い出す。けしからん奴に見えたらとりあえず有罪にされてしまう実体法の問題がありますね。

――京都府警の捜査は、映画ではかなり悪質に描かれているように感じますが、実際はどうだったのでしょうか。

壇:映画で表現されている裁判シーン以外にも実際は色々と問題がありました。本当にめちゃくちゃでしたよ。Winnyから抽出したファイルの中から著作権侵害ファイルの割合を判断すると言って、あえてわざわざ児童ポルノのファイルを選んできたりとか。

――警察が作文した調書を書き写させるシーンが出てきますが、ああいうことはよくあるのでしょうか。

壇:書き写させることはあまり聞いたことはないですが、作文された調書に署名しろと迫ることはしょっちゅうあります。Winny裁判では、あの調書は高裁で証拠から排除されました。誰もそのことを報道してくれなかったですけど。

――高裁では、Winny上のファイルをクローリング調査(※)したところ、著作権侵害と言えるファイルは50%以下だったという結果が提示されていましたね。

(※)ネットワークを巡回し、実際に流通している情報を取得・分析する調査。

壇:はい。ファイル名でクローリングすると50%以下で、中身まで確認したら30%を切るくらいでした。厳しめにチェックすると著作権侵害といえるファイルの割合はもっと低かったです。

――一方、検察側は「アンケート調査」で92%が違法ファイルだったという結果を証拠として提出していました。

壇:あれはWinnyについてではなく、ファイル共有ソフトについて質問した結果です。「ファイル共有ソフトで違法性のあるファイルをダウンロードしたことのある人」が92%だったというもので、「Winnyもファイル共有ソフトの1つだから著作権侵害をまん延させている」という、すごく強引な論法です。

――なるほど。しかし報道では92%という数字だけが独り歩きしてしまった状況ですね。

壇:どの刑事裁判でもそうですが、逮捕された段階で悪い奴だと報道されて職を失うことになるし、その後無罪になっても名誉回復ができません。無罪になってもマスコミはほとんど報道してくれず、人の人生を狂わせたことに対して責任を取りません。

――この事件は、そういったメディアの問題点も浮き彫りにしています。

壇:当時、多くのマスコミは、金子さんが著作権侵害のまん延が目的だとネットに書き込んだと報じていました。僕のところに「それは事実ですか」と聞きに来るんですけど、こちらが「それはどの書き込みのことですか」と尋ねると、「わかりません」と言うんです。そういうことを調べるのがあなたたちの仕事でしょうと。他にも2時間くらい取材に応じたら、「警察の言っていることと食い違いがある。こういうケースでは警察の言い分の方が正しいことが多いから掲載しない」と言われたこともあります。

それから、警察が金子さんの自宅から合法のアダルトビデオのソフトを押収してマスコミに撮影させるなど、警察とメディアが一緒にイメージ操作をしていました。秋田先生はそれが警察の普通だと言っていましたけど、僕には本当に理解できませんでした。

――そうしたイメージ操作の結果、金子さんが最終的に無罪となったことを知らない人も多いですね。

壇:そうですね。とある新聞の社説もひどくて、地裁で有罪が出た時は「情報漏洩が起きたのだから当然の結果」と書いていたのに、高裁で逆転無罪になったら「道具を作った人に罪はない」と書いていて、なんだそれはと思いましたよ。

国内IT業界に与えた影響

(C)2023映画「Winny」製作委員会

――映画で金子さんは世間の常識に囚われない人として描かれています。実際にはどんな方でしたか。

壇:世間の常識についてもそうなんですが、彼は他人のコードにも全く興味がなくて、本当に変わっていました。こういう変わった人がイノベーションを起こせるんだろうなって思っていました。

それとかなり人見知りでした。京都の祇園に一緒に連れて行ってもらったことがありますが、金子さんは舞妓さんの顔を見られないくらい照れていました。

――金子さんが、コンテンツホルダーの権利についても考えていたことが映画では描かれます。これもあまり知られていないことだと思います。あの逮捕がなければ権利者の権利を考慮したWinnyが実現できていたでしょうか。

壇:それには2つの答えがあります。あの時、すでにWinnyでDRM(Digital Rights Managementの略。デジタルコンテンツの権利を管理する技術)をつけてコンテンツを流す試みはありましたから、実現できていたということになります。

しかし、Winnyをビジネス的に洗練したものにするには、金子さんだけでは難しかったでしょう。その後、逮捕されたことをきっかけにして、ドリームボートという会社を設立してSkeedCastを作りました。この会社は僕も参画していますが、これはコンテンツホルダーの権利を完全に保護した流通システムです。

――このWinny事件が日本のIT業界へ与えた影響について、どう感じていますか。

壇:悔しいです。ラリー・ペイジ(Google創業者のひとり)やマーク・ザッカーバーグ(Meta創業者)みたいなスターが日本から出てきてもおかしくなかったと思っているので。彼らは世間から見ると変人ですが、そういう人がイノベーションを起こせるんだと思うんです。そこに、たとえばシェリル・サンドバーグ(元Meta最高執行責任者)のような人が加わりビジネスにしていくものですけど、日本はその芽で潰してしまう。そうすると、そういう変人に懸けようと考える人もいなくなりますよね。そうなれば、この国で開発しようなんて思わなくなるのが当然です。

栄光無き天才を知ってほしい

(C)2023映画「Winny」製作委員会

――金子さんとの出会いで印象深かったことはありますか。

壇:もう、金子さんが亡くなって10年近く経とうとしています。今では、彼と話したこと全てが印象深いものとなっています。映画のセリフにもなっていますが、彼は「プログラミング以外で表現する術を持たない」としょっちゅう言っていました。世の中には聡い人はいっぱいいますが、こんなにプログラミングのことしか考えていない人が日本にもいることに驚きました。

僕にとっても、人生観を変えられたと言ってもいいような出会いでした。自分はこういう人を守るために弁護士になったんじゃないかと思ったんです。

――今、この映画が公開されることにどんな意義を感じていますか。

壇:みんなが賢く立ち振る舞うことを覚えてしまう社会の中で、金子さんほど突っ込んだことをやろうとした人は少ないでしょう。金子さんの姿は、何かをやりたい人、夢を持つ人たちをモチベートできると思います。映画を観て栄光無き天才、金子勇を一人でも多くの人に知ってもらいたいと思っています。

「Winny裁判」の経緯

○2002年
プログラマーの金子勇氏がファイル共有ソフト「Winny」を開発・公開。
インターネットを通じて不特定多数の者同士で直接データのやりとりができる新しい技術を用いた「Winny」は、一部で映画やゲーム、音楽などの違法アップロードに悪用された。

○2004年
開発者の金子氏が著作権侵害「ほう助」の容疑で逮捕・起訴される。裁判では金子氏に著作権侵害「ほう助」の故意があったのかが争点となった。

○2006年
第一審(京都地裁)が著作権法違反のほう助を認め、罰金150万円の有罪判決を下す。検察・被告双方が即日控訴する。

○2009年
第二審(大阪高裁)は一審の判決を破棄。金子氏に無罪を言い渡すが、検察が最高裁に上告する。

○2011年
最高裁が検察の請求を棄却し、無罪の確定させた。

映画公開情報

『Winny』
3月10日より全国ロードショー
監督・脚本:松本優作
出演:東出昌大 三浦貴大
配給:KDDI ナカチカ
製作:映画「Winny」製作委員会(KDDI Libertas オールドブリッジスタジオ TIME ナカチカ ライツキューブ)
(C)2023映画「Winny」製作委員会

公式HP:winny-movie.com
Instagram:winny_movie
Twitter: @winny_movie

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