自衛隊のセクハラ対策、また後退? 被害訴える女性自衛官、処分が心配で記者会見すらできず

記者会見した航空自衛官の女性の弁護団(真ん中が佐藤博文弁護士、右が田渕大輔弁護士)=2月27日、東京都内

 2月27日、東京都内である記者会見が開かれた。内容は、自衛隊内でのセクハラについて。被害を訴える航空自衛官の女性が、損害賠償を国に求める訴訟をこの日に起こした。ただ、記者会見の場にいたのは弁護団だけで、女性本人は出席していない。理由は「会見に出ると、懲戒処分される懸念があるから」。弁護団によると、女性が事前に提訴する意向を自衛隊側に伝えたところ「会見は許可をとるように」と言われ、会見に出て何か発言すれば処分されるのではと心配したためだ。実際、女性は過去に男性隊員個人に賠償を求めた訴訟に関連して訓戒処分を受けたことがあり、断念せざるを得なかった。

 自衛隊でのセクハラを巡っては、元陸上自衛隊の五ノ井里奈さんが性被害を訴え、防衛省は昨年、全自衛隊を対象に異例の「特別防衛監察」を実施。組織としてハラスメント対策に取り組む姿勢を見せた。浜田靖一防衛相も対策強化を繰り返し強調している。それなのに、また後退しているようにみえる。(共同通信=清鮎子)

日本記者クラブで記者会見した元自衛官の五ノ井里奈さん=1月30日

  ▽日常的なセクハラ、でも同僚は否定
 過去の訴訟の判決によると、航空自衛官の女性は2010年、那覇基地に着任。挨拶回りをした際、別の班に所属するベテランの男性隊員から、年齢をやゆするような言葉を投げかけられ、驚いた。「こんな発言が許される職場なのか」
 この男性は、相手の体型を話題にしたり、いわゆる下ネタを言ったりすることが多く、他の女性自衛官にも「更年期」「生理中か」と発言したことがあった。不快に思う隊員はいたが、男性の地位が高いため、注意や指摘しにくい雰囲気があった。こうした発言が、誰に対しても軽い調子で日常的に発せられており、周囲は一緒に笑って盛り上がったり、聞き流したりしていた。
 女性に対しても、胸や尻について冗談を言っていたが、そのうち交際相手との性行為に関しても言及するようになった。我慢していたが、2013年1月、男性は、女性が所属する班の対応が遅れたと考え、女性に「(交際相手)とばっかりやってんじゃねえよ」「やりまくってるからって業務おろそかにするんじゃねえよ」という言葉を浴びせた。
 女性はこれを機に上司や職場のセクハラ相談員に相談したが、適切に対応されず、男性隊員や同僚らは女性が被害にあったことを否定した。やむを得ず2016年、男性隊員に損害賠償を求める訴訟を那覇地裁に起こした。
 那覇地裁は翌17年に出した判決で、男性隊員の発言について「違法なセクハラ発言に当たる可能性は十分にある」と認定。一方で賠償請求は棄却した。賠償請求が認められないのには理由がある。男性隊員は自衛官、つまり公務員。公務員が公務中にした行為については、賠償責任は国にあり、公務員個人の責任は問われない、という最高裁の判例があるためだ。

那覇地裁=2020年

 ▽被害者が実名のセクハラ教育、「情報漏えい」で訓戒処分
 女性の苦痛は、判決確定後も続いた。まず、女性が2013年に被害を相談した後も、15年まで男性隊員と同じ勤務地で、日常的に顔を合わせる状態が続いた。
 那覇基地内では「セクハラ教育」が実施され、この女性の被害が題材となった。ただ、使われた資料の中では、男性隊員は匿名とされた一方、女性は実名が記載された。出席した隊員から聞いたところ、女性に非があるかのような説明がされたという。その後は基地内で好奇の目にさらされるようになった。女性は適切な再教育をするよう上司に求めたが、受け入れられなかった。
 昇任も遅かった。成績が優秀だったにもかかわらず、通常5年程度で昇任できる3曹になるのに8年かかった。
 加えて、昨年には処分を受けた。原因は、関係者から提供された組織内の調査資料を訴訟中に裁判所に提出したこと。自衛隊はそれを「情報漏えいに当たる」と判断したという。さらに、上司はこの件を組織内の捜査機関である警務隊に告発までした。その後、検察は不起訴処分としている。

東京・市谷の防衛省=2022年8月

 ▽「実態を知ってほしい」、国を相手に訴訟を決意

 弁護団によると、女性は自衛隊内のセクハラ被害をなくしたいと、あらゆるルートを通じ訴えた。だが、自衛隊がそれに応えることはなかった。2019年3月には、公益通報。調査の一環として上司からの面談が始まったが、上司は「身体的な被害を受けていないからセクハラとは認められない」などと否定した。
 五ノ井里奈さんの件を受けて実施された特別防衛監察にも昨年10月、情報提供をした。しかし、今年1月になって「過去の事案は再調査しない」との回答を受けた。五ノ井さんが注目を浴びてからは、上司の面談が頻繁に。訴訟を起こすかどうかを探られるようになった。昨年11月には突然、希望していない異動を言い渡された。通常の異動時期である3月とはずれがある。被害を訴える声を、自衛隊と防衛省が組織ぐるみで抑え込もうとしているようにみえる。女性は「自衛隊の実態を知ってほしい」と考え、国を相手にした訴訟を決意したという。 

特別防衛監察の実施について、記者会見で質問に答える浜田防衛相=2022年9月

 ▽職場での性被害対応、求められる三つの義務
 国を相手取る今回の訴訟について、弁護団が参考にするのは2010年7月に札幌地裁が出した判決だ。女性自衛官が、男性自衛官から性的暴行を受けたと訴えたこの裁判。判決は、職場で性的被害が生じたときに職場監督に課せられる義務について以下の三つを挙げている。
 (1)被害職員が心身の被害を回復できるよう配慮する義務(被害配慮義務)
 (2)加害行為によって職員の職務環境が不快なものとなっている状態を改善する義務(環境調整義務)
 (3)性的被害を訴える者がしばしば厄介者として疎んじられさまざまな不利益を受けることがあるため、これを防止する義務(不利益防止義務)
 弁護団の田渕大輔弁護士は、今回の女性の件について、自衛隊側の義務違反は三つとも当てはまると指摘する。「自衛隊は長い間、非常に不誠実な対応をしてきた。悪質性は高い」。弁護団の1人、佐藤博文弁護士が問題視するのは、公務員個人を免責し、国を訴えざるを得なくする最高裁判例そのものだ。「ハラスメント被害に遭った自衛隊員の泣き寝入りを、この『岩盤判例』が強いてきた」

記者会見で話す田渕弁護士=2月27日、東京都内

 ▽現在も続く苦しみ、このままでは「後輩に申し訳が立たない」
 原告となった自衛官の女性は、現在も睡眠障害やフラッシュバックに苦しめられているという。女性は弁護団に次のようなメッセージを寄せた。
 「セクハラ被害直後に、加害者の謝罪と処分、引き離してくれたらよかったのに、組織は隠蔽し、被害申告をしたわたしを悪者かのように扱ってきました。自衛隊に対しては、これがセクハラであり、悪いのは加害者や対処してこなかった人たちだとして、きちんと行動ができる組織になってほしいです。さもないと、後輩に申し訳が立ちません」

© 一般社団法人共同通信社