英スタートアップ、より安全な天然の化学物質の利用拡大に貢献する

アイスランドで微生物を採取する共同創業者のグレン・ゴワーズ氏 Image credit: Basecamp Research

環境や人への危険性が高い合成化学物質の代わりとなる、より安全な天然の化学物質の需要が高まっている。英ロンドンに本拠を置くバイオテックスタートアップ「Basecamp Research(ベースキャンプリサーチ)」は、地域との公平・公正な関係を築きながら、世界各地の生物多様性が豊かな自然の中にある未発見の新たなたんぱく質をもとに、製品の用途に合わせたたんぱく質を設計・製造する。同社の共同創業者で合成生物学者のグレン・ゴワーズ氏に話を聞いた。

バイオミミクリー(生物模倣)技術の拡大、オーガニック食品の需要の増加、化学農薬を使わない農業やパーソナルケア商品が推奨されるなど、合成化学物質に代わるより安全な天然の代替物質への需要は明らかに高まっている。

しかし、そうした天然の素材を使うには、自然界に存在する多様な分子や(生物の性質や形の違いを生む)たんぱく質について正確に理解することが必要だ。ベースキャンプリサーチはその手助けを行っている。

米サステナブル・ブランドの取材に対し、ゴワーズ氏は「われわれが目指しているのは、生物多様性とバイオテクノロジー(生命工学)を真の意味でつなぐことです」と話す。

ベースキャンプリサーチ誕生のきっかけは、ゴワーズ氏が率いたアイスランドでの調査旅行にある。そこで、初めてとなる完全オフグリッドでのDNAシークエンシング(遺伝情報の解析)を行った。これは非常に画期的なことだった。それまでDNAシークエンシングというのは遠隔地でサンプルを収集し、分析するという時間とコストのかかるものだった。ゴワーズ氏らの取り組みは、自然界を分析し、生体物質を発見する能力を指数関数的に成長させる非常に重要なものだ。

化学・石油化学の隆盛は多くのイノベーションをもたらした一方で、払う代償も大きかった。過去数十年の間、こうした合成の人工化学物質は環境や人類の健康に被害をもたらした。危険な化学物質の一つで、がんや生殖上の問題、内分泌かく乱作用などがある永遠の化学物質「PFAS(ペルフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル化合物)」をめぐるニュースを読むと、この問題がどれほど深刻なものかが分かる。

米消費者団体コンシューマー・レポートは昨年、米国の大手チェーンレストラン・食料品店で使われている包装材の多くにPFASが含まれているとする調査結果を発表した。同団体の食品政策担当ディレクターを務めるブライアン・ロンホルム氏は「PFASは、私たちが日々使う多様な製品に使われており、いたるところに存在しています」と警鐘を鳴らす。

PFASは大気や水、土壌に永久に残留し、生態系や人、動物などに長期的な被害をもたらす。だが、これは人々が日常的に使用する多くの危険な化学物質の一つに過ぎない。私たちはこうした化学物質の使用をやめる必要性を認識しながらも、十分に立証された有効な天然の代替物質がないために安全な代替物質への切り替えに至っていない。これこそがベースキャンプリサーチが変化を起こそうと取り組んでいることの一つだ。

「こうした状況を変えていくために創業しました。われわれの重要な資産は、たんぱく質の動きを分類し、(どういう機能があるのかなどの)注釈をつけた膨大なデータベースです。当社では、そのデータをできる限り正確なかたちで産業界が応用できるように取り組んでいます」(ゴワーズ氏)

ゴワーズ氏によると、地球上の生物多様性のうち分析されているものはおよそ0.5%というほんの一部に過ぎず、自然界には莫大な可能性が秘められているという。

ベースキャンプリサーチはこれまでに南極からアゾレス諸島にいたるまで世界各地でサンプルを採取し、遺伝的多様性を地質学・環境学・科学的情報と共に、同社の世界最大規模のたんぱく質コードデータベースにマッピングしてきた。独自のディープラーニング技術によって新たなたんぱく質を見つけ出し、用途に合わせてたんぱく質を設計し、完成したたんぱく質は食品、化粧品、製薬、バイオレメディエーション(生物による環境修復技術)などに使われている。

ポルトガル領アゾレス諸島  Photo by Damir Babacic on Unsplash

地元のパートナーと公平で公正なパートナーシップを構築

世界各地でサンプルを収集する同社は、各地域のパートナーと協働するという独自の事業モデルを実践する。パートナーや生物資源探査を行う豊かな生態系を有する地域は、協働プロジェクトから生まれるたんぱく質製品から一定のロイヤリティーを得られるようになっている。

さらに、同社は生物資源を倫理的に共有することを目指す「名古屋議定書」(生物の多様性に関する条約の遺伝資源の取得の機会及びその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分に関する名古屋議定書)が定める厳格な基準を満たすことを約束している。

「私たちは、現地の公共機関や政府機関、研究者と協力関係を築いています。地元の人たちが将来、自立して生物資源探査を行えるようにすることを見据え、公正かつ公平なパートナーシップを構築しているのです」

公正で公平なパートナーシップについて語ることと、パートナーシップを実際に構築するということは全く別ものだ。特に、地球上の生物多様性ホットスポットのほとんどが存在する南半球には難しい問題がある。南半球の人々は数世紀にわたり、補償を受けることもなく、植物や遺伝物質、さらに動物種までも略奪されてきた。ゴワーズ氏のチームは、地元の人たちの懐疑的な態度にも対応しながら、課題を乗り越えていかなければならない。

生物多様性を扱う以上、近道はない

ゴワーズ氏はこうしたことを十分に理解しており、正しいことを行うのに近道はないと肝に命じている。

「非常に難しいです。スタートアップであれば、もっと速く動きたい、いくつかのモデルをすぐにでも試験できたらと思うでしょう。しかし、生物多様性という繊細なものに対処するとなると、近道はありません」

同社がパートナーを巻き込む方法の一つが積極的に知見を共有することだ。「私たちは地元の科学者に生物資源探査の方法を教えながらデータも共有し、トレーニングを通じて能力の向上に取り組んでいます」。

ゴワーズ氏は、地域にロイヤリティーという新たな収入源を提供するこうした取り組み方が、将来的には生物多様性ホットスポットを保全するための重要な動機づけとなるだろうと考えている。

ベースキャンプリサーチは今後、多額の投資を受ける可能性もある。昨秋には、8兆ドル(約1039兆円)の総資産を有する47の機関投資家が世界の大手化学メーカー54社に対して「永遠の化学物質(PFAS)」の使用を段階的にやめるよう求める声明を発表した。ベースキャンプリサーチは、倫理的な投資家の間で高まる天然物生化学への期待をうまく取り込んでいきたい考えだ。

PFASの規制は進んでいるとはいえず、3Mなど数社が段階的な使用の取り止めを約束しているだけだ。しかし、より安全で天然の代替物質が広く利用できるようになれば変化を加速させられるだろう。

ゴワーズ氏には、将来的に、誰もが近くの食料品店や薬局で同社の技術の成果を見かけられるようにしたいという明確なビジョンがある。

「当社のバイオプロテイン(生体たんぱく質)製品が日用品に使われ、裏側の表示ラベルにどの国のもので、誰に恩恵がもたらされているかを表示できるようになったら、本当に素晴らしいことだと思います」[^undefined] [^undefined]

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