中国がゴビ砂漠で見せつけたロケットの成功 軍と民が一体で「宇宙強国」へ【経済記者が見た中国】

 有人宇宙船「神舟13号」を載せ、打ち上げられるロケット「長征2号F遥13」=2021年10月、中国・酒泉衛星発射センター(共同)

 暗闇の向こうに、白いロケットがくっきりと浮かび上がっている。輝く塔のようだ。「10、9、8、7…」。カウントダウンが始まると、報道陣の間にも緊張と興奮が広がった。
 「…3、2、1、点火!」
 激しい炎がロケットの足元から噴き出し、少し遅れて「ゴオオオ」という爆音が届いた。発射台まで約1・5キロの距離があるためだ。ロケットは大地を離れ、ぐんぐんと夜空へ上る。10分もたたずに、小さな光の点となった。

 2021年10月16日午前0時過ぎ、筆者は中国の「酒泉衛星発射センター」で、運搬ロケット「長征2号F遥13」による有人宇宙船「神舟13号」の打ち上げを取材した。ゴビ砂漠の中にあり、当局の許可がなければ立ち入りが難しい地域だ。中国政府の取材ツアーに参加し、日本メディアでは共同通信が唯一、現場に入った。中国はこの年、共産党の創建100年を迎え、国威を内外にアピールしようと意気軒高だった。軍と民間が一体となり「宇宙強国」を目指す中国。日本が新型主力機H3ロケット1号機の打ち上げに失敗し、宇宙開発で足踏みするのを尻目に、着実に実績を積み上げているのが現実だ。(共同通信=竹内健二)

 ▽砂漠の道、軍の管轄地域を横目に発射センターへ

 発射前日の15日、筆者らを乗せたバスは午後の強い日差しの中、乾いた道をひた走っていた。車外は真っ青な空と、延々と続く砂漠。といっても、砂丘ではなく土と石ころだらけの荒涼とした景色だ。時折、古代に騎馬民族の侵攻を知らせた「のろし台」の遺跡が目に入る。

 中国西北部・甘粛省酒泉市の金塔県という小さな街のホテルから、発射センターまでは車で片道約3時間半の道のりだ。

 出発前、同行の女性スタッフから「途中、フェンスで囲まれた地域は撮影しないでください。『単位』が違うので私たちの管轄でありません」とくぎを刺された。「単位(ダンウェイ)」は、職場の組織や所属団体などを指す。軍事施設だから撮影するな、という意味だ。ロケット発射を担うのは「国家航天局」で、中国工業情報省の所管。ただ中国のロケットは事実上、軍の指揮下に置かれている。長征ロケットは、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の技術を活用して開発された。

 荒涼とした景色が広がるゴビ砂漠=2021年10月

 途中の検問所でパスポートをチェックされ、新型コロナウイルス対策のPCR検査も受ける。砂漠の光景にも飽きてきたころ、ロケット発射台などの建造物が見えてきた。発射センターは小さな街をつくっており、入り口には習近平国家主席の看板。「中国の夢、宇宙の夢」と書かれていた。

 ▽3人の飛行士、「ママ」と叫ぶ娘
 3人の宇宙飛行士の記者会見など事前取材は、前日に発射センターを訪れて済ませていた。3人とも中国空軍出身で、1人は女性の王亜平さんだ。建設中の中国独自の宇宙ステーションに半年間滞在するプロジェクトのため、飛行士らの負担は大きい。専門家によるサポートチームも取材に応じ、微小重力空間での健康維持だけでなく、家族とのビデオ会話など飛行士のメンタル面のケアにも細心の注意を払っていると強調した。

 中国・酒泉衛星発射センター=2021年10月

 そうした内容の記事を「酒泉」という発信地で配信しようとしたところ、同僚から「センターの所在地は内モンゴル自治区ではないか」と指摘された。確かに、筆者のiPhone(アイフォーン)の位置情報でもそうなっている。甘粛省ではないのか。近くにいた男性スタッフに聞くと「酒泉のはずだ」と頼りない。それを聞いたバスの男性運転手は「ここは内モンゴルだよ」と気色ばんだ。どうも地域区分を巡る確執が背景にあるようだ。別の女性スタッフをつかまえると「昔から複雑な地域なので、ここを設立した時に酒泉だと決めたんです」。中国はどこまでも政治的だ―というより、酒泉のセンターこそ中国の政治、軍事にとって有数の重要地域なのだ。ちなみに設立は1958年だ。

 午後9時半の出発式には、一般人も多く駆けつけた。どうやら航天局の職員と家族の多くが、この街に住んでいるようだ。会場は立すいの余地もなかった。少し離れたところから「ママ!ママ!」という声がした。肩車された小さな女の子が一生懸命叫んでいる。周囲の人によると、王亜平さんの娘だという。半年の別れは寂しいだろう。

 有人宇宙船「神舟13号」に搭乗する宇宙飛行士=2021年10月、中国・酒泉衛星発射センター(共同)

 発射場に着いてバスから降りると、欧米メディアを含めカメラマンたちは場所取りのために猛然とダッシュ。筆者も何とか追いすがり、同僚カメラマンとともに最前列を確保した。発射台まではさえぎるものがない水平な地面で、肉眼でロケット発射を見られたのは貴重な体験だった。

 砂漠の夜は冷え込む。発射が無事成功し、敷地内の施設で帰りのバスを待つことに。待ち合いブースにはショウガ湯が用意してあった。見た目はいかめしい男性スタッフが勧めてくれた。「飲んでいけ、温まるぞ」。現場ならではの一種の連帯感も感じられた。

 ▽米国との覇権争いの最前線に
 半年後の2022年4月、3人の飛行士は地球に無事帰還した。入れ替わりで、6月に別の男性2人、女性1人の飛行士が宇宙へ。11月には新たに3人の飛行士が宇宙ステーション「天宮」に乗り込み、ステーションが実質的に完成した。日米やロシア、カナダが運用する国際宇宙ステーション(ISS)は老朽化が指摘され、2025年以降の運用が未定だ。中国のステーションが唯一となり、宇宙開発で存在感を高める可能性が高い。中国は既に火星探査を成功させ、月面の有人探査も狙っている。

 地球に帰還し、手を振る有人宇宙船「神舟13号」の飛行士(手前)=2022年4月、中国内モンゴル自治区(新華社=共同)

 宇宙というと衛星打ち上げや宇宙旅行ビジネスにばかり目が行きがちだが、開発の裾野は広い。例えば、宇宙ステーションは微小重力で、地球とは全く異なる環境での科学実験ができる。惑星探査は、未知の物質発見につながる可能性がある。習指導部は2021~2025年の「第14次5カ年計画」と2035年までの長期目標の中で、宇宙を国の戦略的な科学技術開発の分野として明確に位置づけている。

 同時に、宇宙は中国にとって安全保障の対象でもある。対立する米国はこの分野ではるかに先行しており、習指導部にしてみれば、宇宙はハイテクと軍事面における覇権争いの最前線だ。日本の内閣府の調査によると、2022年の世界全体のロケット打ち上げ成功回数は177回で、うち米国が83回、中国が62回で2位につけた。日本はゼロだった。

 中国・酒泉衛星発射センターに掲げられた習近平国家主席の写真とスローガン「中国の夢、宇宙の夢」=2021年10月(共同)

 米国と張り合うために中国が近年進めているのが、民間の先端技術を軍事に活用する「軍民融合」戦略だ。もともと中国には「軍工集団」と呼ばれる巨大国営企業がいくつもあり、軍と深い関係にある。宇宙ロケットや探査機分野では、中国航天科技集団と中国航天科工集団が開発や製造を担っている。

 ただ、こうした軍工集団もかつては事業の効率は良くなかったようだ。中国メディアは「軍で使う携帯端末の開発を関連の工廠に委託するより、民間のスマートフォンメーカーに任せた方がはるかに安上がりで済む」と指摘している。

 そこで習指導部が打ち出した軍民融合により、軍と民間の境界はますます曖昧になっている。そもそも中国が意識しているのは米国の強大な軍事力を支える「軍産複合体」であり、米中はその点では似たもの同士とも言える。

 中国は宇宙を「平和利用」するとアピールし、各国の懸念払拭に腐心している。だが日本が技術面で引き離されれば、平和利用であっても米中のはざまで発言権を失っていくことは避けられない。2021年の取材時、ロケットの打ち上げ成功に感心する筆者に航天局のスタッフはこう言ってくれた。「私たちも日本の技術力はすごいと思っています。種子島宇宙センターに注目していますよ」。これが単なるリップサービスに終わってはほしくない。

 中国の宇宙ステーション「天宮」周辺で船外活動を行う飛行士(新華社=共同)

© 一般社団法人共同通信社