WBC理想の決勝カードは? 「アメリカを本気にさせること」が持つ意味と、真の国際化へクリアすべき課題とは

侍ジャパンが初戦で中国に快勝し、好スタートを切ったワールド・ベースボール・クラシック。2006年に第1回大会が開催されてから、今回で5回目。コロナ禍による開催延期などのアクシデントもありながら、着実に大会としての実績を積み重ねている。では、この大会が今後、209の国と地域が参加し、35億人が視聴して熱狂するといわれるサッカーのFIFAワールドカップに追いつき、追い越すためにはなにが必要なのか?

(文=花田雪、写真=Getty Images)

WBCの「世界へのマーケット拡大」が達成されていない現状

3月8日に開幕した2023ワールド・ベースボール・クラシック(以下WBC)。日本代表こと侍ジャパンは今大会、連覇を達成した2009年の第2回大会以来の世界一奪還へ向けてダルビッシュ有(サンディエゴ・パドレス)、大谷翔平(ロサンゼルス・エンゼルス)といったメジャーリーガーを含めた最強メンバーを招集。国内でも「世界一」への期待が高まるとともに大きな注目を集めている。

ただ、WBCという大会自体の世界的な注目度はどうか……というと、決して高くないのが実情だ。もちろん、優勝候補の一角でもあるドミニカ共和国、ベネズエラ、プエルトリコといった野球が盛んな中南米や、今大会から「亡命選手」の参加を認めたキューバなど、日本以外にもWBCに熱狂する国はある。それでも、世界的に見ればその人気、注目度は局地的と言わざるを得ない。

そもそもWBCが開催されることになった目的は、メジャーリーグ(以下MLB)の国際化と、それに伴った世界進出と野球マーケット、収益の拡大にある。手探りの部分が多かった第1回大会と比較すれば、17年が経った今回は「大会」として成熟しつつあるといえるが、本来の目的である「世界へのマーケット拡大」はまだまだ達成されているとはいえない。

サッカーのワールドカップ参加国数はWBCの7倍以上

単一競技の世界大会として、大会の規模、マーケットなどすべての面でWBCが目指すべき理想像はなにかと考えると、それは当然サッカーにおけるFIFAワールドカップになるだろう。

全世界で35億人を超える人々が視聴し、熱狂するワールドカップこそ、スポーツの大会の最高峰であり、「競技の国際化」の理想モデルとして野球が目指すべき姿だ。ただ、現時点でWBCとワールドカップには、比較するのもおこがましいほどの差がある。

参加国数一つとっても、それは明らかだ。2022年に行われたワールドカップ・カタール大会には、予選から実に209の国と地域が参加(本大会出場は32、次回大会から48に拡大)。一方、今大会のWBCの参加国数は28に過ぎない(本大会出場は20)。当然ながらそれに付随する世界的な注目度や、動く金額の規模も段違いだ。

そもそも、ワールドカップが初めて開催されたのは1930年。WBCとは76年もの差がある。サッカーが野球よりも70年以上も先んじて国際化に乗り出し、長い年月をかけて世界一のスポーツに成長したことを考えると、いまさら野球が「サッカーに追いつけ、追い越せ」と叫ぶことは身の程知らずなのかもしれない。それでもやはり「国際化」を旗印にするのであれば、最高峰を見据え、目の前のハードルをひとつずつ越えていくほかない。

「アメリカを本気にさせる」ことが持つ意味

野球が、真に国際化を目指すうえで越えるべきハードル――。

一つめはズバリ、「アメリカを本気にさせる」ことだ。

WBCを主催するWBCI(ワールド・ベースボール・クラシック・インク)はMLBとMLB選手会により立ち上げられており、実質の主催者はMLBと考えていい。大会の価値を高め、レベルを上げるためにまず必要なのはMLB=アメリカがWBCに本気で取り組むことだ。

今大会のアメリカ代表は侍ジャパンと同じく「史上最強」の呼び声が高い。MLBのスーパースターであり、大谷のチームメイトでもあるマイク・トラウト(エンゼルス)が早い段階で代表入りと主将就任を発表し、自身も積極的に選手のリクルートを行ったことで、MLBでも一流クラスの選手が代表に名を連ねた。この背景には、前回大会でアメリカが初優勝を飾ったことも大きく影響しているはずだ。第4回大会決勝のアメリカ対プエルトリコ戦には大会史上2番目(当時)となる5万1565人が来場。自国・アメリカが優勝したことで、アメリカ国内でのWBCへの注目度は飛躍的に増した。

スポーツにおける注目度は、そのまま競技価値と比例する。競技の価値が上がれば、当然ながらそれを目指すアスリートも増えてくる。

参加を熱望する選手が増えれば、大会のレベルも上がる。そして、大会のレベルが上がれば当然、ファンの注目度もさらに上がる。

どんなスポーツであれ、注目度と競技価値、競技レベルは密接にリンクしており、それが好循環することで普及につながる。そのサイクルを生み出すための第一歩が「アメリカを本気にさせる」ことだ。

MLBでの実績ならドミニカ共和国、ベネズエラ、プエルトリコも

では今大会、かつてないほどの「本気度」を見せるアメリカをさらに本気にさせるために必要なモノとはなにか――。

それは、アメリカに連覇を許さないことだ。

「本気を出したつもりだったのに、世界一に届かなかった」
「前回優勝したからといって今回も勝てるほどWBCは甘くない」

そう、アメリカに痛感させる必要がある。

メンバーを見る限り、今大会の優勝候補筆頭格がアメリカなのはいうまでもない。ただ、MLBでの実績ならドミニカ共和国、ベネズエラ、プエルトリコといった国々もアメリカに引けを取らないし、もちろん侍ジャパンにも優勝を狙えるだけの戦力はそろっている。

アメリカの「自国が強くない競技にあまり興味を示さない」というお国柄を考えると、早期敗退も避けてほしいところだが、ある程度勝ち上がったところで侍ジャパンが前回大会の雪辱を晴らしてアメリカに勝利するようなことがあれば、日本としても大会の今後を考えても万々歳だろう。

「一部の国だけが勝つ」という一極集中が起こると…

また、WBCの今後を考えるうえで「アメリカの本気度」と同じくらい重要になってくるのがダークホースの出現だ。

野球以外のスポーツにもいえることだが、「一部のチーム(国)だけが勝つ」という一極集中が起こると、競技自体の人気も局所的なものにとどまってしまう。

それこそワールドカップを例に挙げれば、南米、欧州を中心に「強豪国」と呼ばれる国が複数存在し、「どこが優勝するかわからない」というスリリングな展開こそ、国際大会の醍醐味だろう。もちろん、優勝までいかなくても前評判の低かった国が上位に進出することも、競技の盛り上がりと大いに密接している。

カタール大会でドイツ、スペインに勝利して2大会連続のベスト16進出を果たした日本も、グループステージで強国・ベルギーを下し、決勝トーナメントでは準決勝進出と旋風を起こしたモロッコも、大会を大いに盛り上げた立役者だった。

今大会のWBCは前述のアメリカや中南米の強国、そして日本が優勝候補と呼べるが、例えば前回大会ベスト4のオランダや、比較的野球人気の高いイタリア、近年レベル向上が目覚ましいと噂されるチェコ共和国といった欧州勢が上位進出、もしくは「大物食い」を見せるようなことがあれば、大会の「面白さ」もグッと上がるはずだ。

また、マーケティング面を考えれば中国にも1次リーグで一矢報いてほしいところだろう。

特に、メンバーの大半をMLB以外の選手で固める国が躍進することができれば、それはそのまま自国での野球人気拡大にもつながり、将来的なグローバル化にも明るい兆しが見えてくる。

今回のWBCで起こりうるベストな結果とは?

「MLB軍団以外の国の躍進」
「上位に進出したアメリカの優勝を阻む」

この2点を考慮した場合、今回のWBCで起こりうるベストな結果とは何か――。

それはやはり「日本が決勝でアメリカと相対し、そして勝利すること」になる。

もちろん、日本人としての贔屓目と願望も、これには大いに加わっている。過去2度の優勝を誇り国内での競技人気も高い日本の優勝が「世界的な競技普及」に直結するかといえば疑問符も付くが、それでも「自国リーグのレベルを上げれば世界で勝てる」ことを証明できれば、アジアを筆頭に他国が追随してくる可能性はある。

「日本人」という前提を取っ払い、WBCそのものの今後を考える上でも、メンバー28人のうち、MLB所属選手が4名しかいない侍ジャパンの躍進は必ずプラスになるはずだ。

キューバ代表にはNPBの選手が5人。オランダ代表には…

日本国内におけるWBCの在り方、捉え方も考えていかなければいけない。

現時点では致し方ないことだが、大会前の報道を見るとどうしても侍ジャパン、特に大谷翔平ばかりに注目が集まりがちだ。

ただ、今大会は前述したようにアメリカ代表をはじめ、各国がバリバリのメジャーリーガーを招集してかつてないほどの「本気度」で世界一を狙っている。

また、例えばキューバ代表には今季NPBでプレーする選手が5人選出されており、加えて昨季までソフトバンクに所属したアルフレド・デスパイネ、ジュリスベル・グラシアルの2人も参加予定と、日本になじみ深い選手が多い。オランダ代表ではシーズン60本塁打のNPB記録を持つウラディミール・バレンティン(元ヤクルト)が出場。今大会を最後に現役引退を表明している。

日本の野球ファンにとっても楽しめるポイントは侍ジャパン以外にいくつもある。世界各国のスター選手、馴染みある懐かしい選手のプレーを見ることができるのも国際大会ならではの見どころだろう。

メディアのはしくれとして、大会中も可能な限り、そういった情報も発信していきたい。その上で最後の最後、決勝の地、ローンデポ・パークに侍ジャパンが立つことができれば、これほどうれしいことはない。

<了>

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