SNSで「推し」のモデルにはまり闇バイトに 元保育士の女性、法廷で涙…「恐怖で支配」組織の手口証言

女性が闇バイトの指示役とのやりとりに使った通信アプリ・テレグラムのアイコン

 「ルフィ」などと名乗る人物が指示したとされる広域強盗事件を巡り、インターネットの交流サイト(SNS)で実行犯を募る「闇バイト」がクローズアップされている。元保育士の22歳女性は、SNSで「推し」の男性モデルにはまり、イベントの参加費を稼ぐため闇バイトに応募。その後特殊詐欺事件の「受け子」として逮捕、起訴された。女性は法廷で、グループの冷酷な手口を涙ながらに証言した。(共同通信=力丸将之)
 ▽法廷に現れた小柄な女性
 2022年8月5日午後、神戸地裁の法廷。特殊詐欺事件で被害者から金品を受け取る「受け子」役で逮捕、詐欺罪などで起訴された女性の公判が開かれた。留置場の職員とともに現れた女性は身長150センチほどと小柄で茶髪、法廷では終始うつむき、伏し目がちで、全体的に年齢より幼い印象を受けた。だが女性がだまし取った被害金額は2800万円を超えていた。
 裁判の証言などから分かった犯行に至るまでの経緯は次の通り。女性は専門学校を卒業後、神戸市内で保育士として働いていたが「子どもとの接し方がわからなくなった」といい、悩んだ末に半年足らずで退職した。その前後で女性の精神的な支えとなったのが、TikTok(ティックトック)に出てくる男性のモデルだった。その後、スマートフォンの画面越しで見つめるだけでは飽き足らず、イベントに参加するようになった。
 1回のイベントに費やす金額は5万~20万円ほどで月に2、3回、東京を中心に参加した。保育士をやめた後、温泉施設のパートや、メンズエステの夜勤のバイトなどをしながら費用を捻出したが足りず、手を出したのが消費者金融だった。だが返済もやがて滞るようになり、家族が立て替えるまでに陥った。
 2022年3月ごろ、それでもイベントに参加しようと、短期間でまとまった金額を稼げる方法をスマホで調べていたところ、ツイッターで見つけたのが「アルバイト」だった。

詐欺罪などで起訴された女性の裁判が開かれた神戸地裁

 ▽2週間足らずで2件の犯行
 女性はツイッターで募集元の相手と連絡をとり、通信アプリ「テレグラム」でやりとりを始めた。そこで聞かされた仕事が「特殊詐欺の受け子」だった。テレグラムは、2013年にロシアの技術者が開発した通信アプリで匿名性が高く、やりとりした内容が流出するのを防ぐため、一定時間が経過すると送信した会話が消えたり、スクリーンショット(画面保存)をすると相手に通知が届いたりする機能がある。ルフィらのグループも連絡手段として使っていたとされる。

女性が闇バイトの指示役とのやりとりに使った通信アプリ・テレグラムのアイコン

 女性は犯行前日までに指示役から集合時間や場所、ターゲット、犯行手段をテレグラムで指示され、応募から1カ月もせずに2件の事件に関わった。概要は次の通りだ。
 1件目は2022年4月9日。兵庫県加古川市の高齢者宅に警察官を装ったかけ子が「あなた名義の口座から不正出金が行われている」と電話をかけ、暗証番号を聞き出した。女性は財務局職員を名乗り被害者宅を訪問。キャッシュカードの状態を確認すると偽り2枚が入った封筒を受け取り、被害者が目を離した隙に別の封筒とすり替えた。その後、各地のコンビニで現金計約141万円を引き出し、回収役の男に渡した。
 それから2週間とたたない4月22日、女性は2件目の犯行に及んだ。かけ子役の人物が警察官を装い、神戸市長田区の高齢者宅に電話で「偽札が出回っているんです」「自宅にあるお金が偽札かどうか確認しに、すぐに若い者を行かせます」などと伝えた。女性は就職活動用のスーツで警察官に成り済まして被害者宅を訪ね「全ての現金を警察署に持ち帰って確認します」と告げ、住宅で保管していた現金2689万円をだまし取った。この現金は、被害者夫婦が高齢者施設に入所しようと、一生懸命貯金したもので、その願いは絶たれてしまった。
 捜査関係者によると、特殊詐欺の受け子の成功報酬は、被害額の5~10%とされる。女性が受け取った報酬は被害総額の5%程度の約144万円だった。その後の警察の捜査で女性が浮上し逮捕、起訴された。

女性が受け取り役に現金を渡したとされるJR新神戸駅

 ▽涙の証言、女性を追い込んだ「恐怖」
 女性は法廷で、闇バイトの応募者を「恐怖」で支配し、実行犯へと仕立て上げる組織の手口を語った。途中から涙ながらに、振り絞るように1問ずつ弁護士や検察官の質問に答えていった。その一部を抜粋する。
 ―事前にお金をだまし取る仕事だと分かっていたのか。
 「お金を取るのは良くないと思っていましたが、それ以上にお金が欲しいという思いが強く、深く考えられませんでした」
 ―仕事の内容など疑問に思わなかったのか。
 「指示役から『この人たちはお金を取ってもいい人だから』と聞かされていたけど、実際に会ったとき、普通のお年寄りの人たちだったので(指示は)おかしいと思いました」
 ―なぜ犯行に及んだか。
 「そのときにはもう指示役と連絡がつながった状態で、罪悪感よりもお金をとらなきゃいけないという思いが強くなっていました」
 ―やめるタイミングは犯行以前にもあったはず。なぜやめなかったのか。
 「自分の身分証を(指示役に)送ってしまって、組織の上の人に『仕事をしないと住所や職場を警察に流す』と聞かされていました。自分を優先してしまいました」
 ―警察に逮捕されなかったらどうしていたか。
 「バレなければ続けようと思っていました」
 ―報酬は何に使ったか。
 「120万円くらいはイベントの参加に使いました」
 ―被害の弁償は。
 「また社会に出て働いて、少しずつ返します」
 検察側は懲役6年を求刑し、弁護側は寛大な判決を求めた。女性は裁判官から最後に言いたいことを尋ねられたが「大丈夫です」とだけ述べて結審した。

女性が受け取り役に現金を渡したとされるJR新神戸駅

 ▽判決、だが事件は終わらない
 神戸地裁は2022年9月2日、女性に懲役3年10月の実刑判決を言い渡した。前科前歴はなかったが、被害金額の大きさなどを考慮した量刑だった。その後判決は確定し、刑務所へ収監された。記者は判決前に勾留中の女性へ取材を申し込んだが応じることはなかった。
 女性の弁護人によると、被害額の大きかった2件目の被害者に弁償を申し出たが「焼け石に水だ」と怒り心頭で取り付く島もなかったという。一方、多くの少年事件に関わった経験から弁護人は「彼女なら十分やり直せると思う」と更生に期待を寄せる。
 兵庫県警は女性が受け子をした事件に関与し、女性からJR新神戸駅で現金を受け取った後、新幹線で東京方面へ向かった男の防犯カメラ画像や動画を2022年8月に公開した。

闇バイトに勧誘する内容のツイッター投稿に対し、兵庫県警が返信している警告文の画像

 兵庫県警は闇バイトを事前に防ごうと、約2年前から捜査員がツイッターなどで不審な投稿を見つけては「闇バイトは犯罪!」「いいように利用されて捨てられる」「詐欺罪・窃盗罪」などと警告文を送信してきた。投稿の削除につながるなど一定の効果はあったが、手作業ゆえに限界があった。
 そこで2023年度には「闇バイト」「受け子」などの単語が含まれる投稿を自動検出するシステムの構築を東京のIT企業に依頼し、対策に役立てるという全国初の試みが始まる見通しだ。県警幹部は「AIでネット上にあふれる危険な情報を効率的に減らしたい」と意気込んでいる。

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