靖国神社で感銘を受け「こんな日本でよいのか?」と猛勉強を開始 明石市議会議員 千住啓介氏インタビュー(PR)

兵庫県明石市の市議会議員として活動している千住啓介(せんじゅう・けいすけ)さん。27歳の時に政治家を志し、30歳で初当選を果たしました。現在4期目を迎えています。千住さんは幼い頃から明石市二見町で育ち、地元とお祭りが大好きで、エネルギッシュな議員です。

そんな千住さんに「16年間の活動実績と、大好きな明石市のためにどんな政策を進めていくのか」について話を伺いました。

靖国神社で先輩方の遺書を読んで、涙が止まらなかった

選挙ドットコム編集部(以下、編集部):

政治家を目指したきっかけを教えてください。

千住啓介さん(以下、千住氏):

「このままの日本でよいのか?今の日本を変えたい!」と思ったのがきっかけです。27歳の時に、所属していたJCI(公益社団法人日本青年会議所)の先輩に付き添って、靖国神社へお参りにいきました。

靖国神社に併設されている遊就館で、特攻隊として戦争へ出発する先輩方が書いた手紙を読んだのです。当時の私よりも若い年代の方々が書いた遺書の中で「国や愛する家族」に対する感謝の言葉を読んで、涙が溢れました。1時間ぐらいは泣き続けていたと思います。

当時は児童虐待がテレビで頻繁に取り上げられていたこともあり「このままで良いのか?先輩達はこんな日本にしたかったのか?」という思いが込み上げてきました。

靖国神社へのお参りをきっかけに、命をかけて国を守ろうとした先輩方の心境をひしひしと感じたのです。そこで「今の日本を俺が変えてやるんだ!」という熱意を抱き、政治家を目指すことに決めました。

編集部:

政治家を目指すことに決めてから、当選するまでの過程を教えてください。

千住氏:

27歳で政治家になることを決め、30歳の時に幼い頃から育ってきた明石市で初当選しました。当時は建設関係の仕事をしており、政治に関しての知識はありませんでした。

そこで、JCの先輩方に紹介してもらった書籍を毎日読んで、政治や行政に関して猛勉強した経緯があります。選挙の時は、JCの先輩方や仲間がサポートしてくれて、政治家になることができました。

編集部:

当選したのは、ご自身の努力もありながら、周囲の助けも大きかったのではないかと思います。お仲間とは、どのような繋がりがあったのですか?

千住氏:

地元の明石市二見町で一緒に祭りを盛り上げていた、地元の仲間です。私は祭りの青年団長を務めていました。私を慕ってくれる後輩や同級生だけでなく、先輩も一緒になって選挙活動をサポートしてくれたのです。手探り状態の中、周囲のおかげで私は市議会議員になれました。

30年以上実施されていなかった祭りを再開し、仲間と一緒に町おこし

編集部:

祭りの青年団長を務めていたのですね。今でもお祭りに携わっていますか?

千住氏:

今でも祭りの手伝いをしており、祭りが大好きです。明石市二見町では、あんどん祭りという祭りを開催しています。成り手がいなくて30年以上開催できていなかったのですが、あんどん祭りを復活させました。平日の仕事終わりに仲間と集まって「地元を盛り上げ、地域コミュニティーの再興をしよう!」と夜な夜な計画を練り、推進しています。

伊弉諾(イザナギ)神宮の宮司に聞いたのですが、お祭りには先人の知恵が詰まっています。祭りを通して人と人がつながることで、礼儀を学んだり出会いが生まれます。また、一致団結することで絆も芽生えるはずです。私が祭りを好きな理由は「村をどうやって治め、発展させるのか」という先人の知恵が詰まっているからだと思います。

明石の栄養豊富な海産物を、この先ずっと子供達に食べさせたい

編集部:

祭りを通した仲間のサポートもあって議員になってからは、どのような政策を行ってきましたか?

千住氏:

色々と政策を実施しましたが、一貫して取り組んできたのは教育再生運動です。次代を担うのは今の子供たちである、ということを念頭において政策実現に努めてきました。

特に道徳教育を通して、この先もしっかり自立し、己の天分を他者の為に活かしきれる立派な大人になっていただく必要があります。

そして今、思いを込めて取り組んでいるのが、豊かな海づくり条例の制定です。4月には、この条例が可決される予定となっております。2022年11月に『豊かな海作り大会』が明石市で開催されました。豊かな海作り大会とは、水産資源の保護や水産業の振興と発展を図る活動です。

豊かな海作り大会には天皇・皇后両陛下が現地に訪れるため、私たちは奉迎をいたしました。1万本の国旗を市民に配って、約2.5キロの列でお迎えしたのです。

そこで天皇陛下には「豊かな海を作ってください」とのお言葉をいただきました。そのお言葉を受けて「いつまでも明石の海の豊かさを守り育む」ことを目的とした、豊かな海づくり条例の制定に向けて動き出したのです。

編集部:

豊かな海づくり条例を制定することで、どのような効果が見込まれますか?

千住氏:

この先ずっと、明石で獲れた美味しい魚が食べられるようになることを狙いとしています。近年、明石の海ではタコやタイなどの海産物が不漁な時期がありました。「明石鯛」や「明石だこ」のブランドがなくなってしまうだけでなく、栄養満点の美味しい魚が食べられなくなってしまう危機を、抜け出さなければいけないと思っています。

豊かな海づくり条例を制定することで、ごみのない美しい豊かな海を実現し、未来永劫に渡って明石の水産資源を守りたいです。

明石に住む人全員が、安心して豊かに暮らせるようにしたい

編集部:

これからは、どのようなことを政策として進めていきたいと考えていますか?

千住氏:

政策の1つとして、明石市西部、特に二見・魚住エリアを自然と現代建築物がコラボレーションしたかっこよくも暖かい街にしていきたいです。明石駅の駅前エリアは、綺麗になりました。バリアフリー工事も進んでいます。

しかし明石西部エリアは取り残されがちです。東二見駅北側はロータリーができたものの50年前とほとんど変わっていません。このままテコ入れをしないと、衰退する恐れがあります。

二見・魚住エリアを暮らしやすい街にすれば、近隣には大手企業がたくさんあるので、人口増加にも繋がるはずです。

加えて、今あるため池を利用して親水公園にするなどもっと子供達の笑顔が聞こえる空間づくりに費用をかけるべきです。子供達が遊びやすい環境を作ることなどを考えています。

編集部:

他に進めていきたい政策はありますか?

千住氏:

公共インフラの整備や浸水対策も進めていきたいです。私は27歳の時に、明石を直撃した台風の折に、水防活動を現場の最前線で行ってきた経験があります。

雨水管が溢れかえって、その地区一帯浸水状態でした。JCに所属していた時代も、各地で起こった大規模災害のボランティアで家の泥だしなんかもしてきました。

住人の方のあの悲しい顔は絶対に見たくありません。

また、阪神淡路大震災において、水道管が破損して水道が使えなかった経験もあります。私自身が被害に遭ったので、たった1日でも水が出ないのは不便でなりません。政治で被害を最小限に抑えることができるのであれば、インフラ整備や浸水対策を進めていきたいです。

他にも、障害や疾病をお持ちの方々が暮らしやすいような社会基盤を整えたいです。明石市では知的障害者のための学校が不足して、満足のいく教育が受けられていない子供がいます。そういった子供達やご家族のために、特別養護学校を作りたいです。

Next明石!一緒に明石市を発展させましょう!

編集部:

最後に伝えたいことはありますか?

千住氏:

明石市は、まだまだ発展するポテンシャルを備えています。

しかるべき場所にしかるべき投資を行えば、安全で暮らしやすい街づくりが可能です。特にこれからは、次のステージ、Next明石を創るために、近隣市や兵庫県・国と協力しながら、未実施である大久保北部遊休地、東外港等の明石の上昇施策を積極的に推進したく考えています。

市民の方々と協力しながら、明石市の良いところを継続し、明石市民が暮らしやすい街へと発展させていきたいです。

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