低迷からの復活! ブレンダン・フレイザー抜擢理由は?『ザ・ホエール』アロノフスキー監督が明かす【アカデミー賞3部門ノミネート】

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D・アロノフスキー監督@ロッテルダム国際映画祭

第95回アカデミー賞3部門ノミネート(主演男優賞/ブレンダン・フレイザー、助演女優賞/ホン・チャウ、メイクアップ&ヘアスタイリング賞)を果たし、とりわけブレンダン・フレイザーの奇跡のカムバックが話題の、ダーレン・アロノフスキー監督最新作『ザ・ホエール』

たしかにそれだけでもめでたいが、作品そのものはもとよりアロノフスキー監督自身もノミネートされないとは何事か! と言いたくなるほど、本作の演出は素晴らしい。そもそも誰も信じなかったフレイザーの復活をもたらしたのも、アロノフスキーの慧眼があってこそだ。

心にトラウマを負い、引きこもりで重度の肥満症となった主人公チャーリーの最期の5日間を描いた本作について、ロッテルダム国際映画祭(IFFR)を訪れた監督をキャッチして、話を訊いた。

「映画において大事なのはエモーションだ」

―サミュエル・D・ハンターの原案、脚本である本作は、彼の戯曲の芝居をあなたが鑑賞し、映画化したいと思ったことが発端だそうですね。彼の戯曲のなかで何が、それほどあなたを引きつけたのでしょうか。

芝居を観て、ただただ心を打たれたんだ。感情を揺さぶられた。それで、すぐにサム(サミュエル)にコンタクトを取った。惹かれた点は、ブレンダン演じるチャーリーという主人公だけではない。チャーリーの娘(セイディー・シンク)や、看護師リズ(ホン・チャウ)をはじめ、すべてのキャラクターが豊かで、とても深く描かれていて、とても人間的だったから。自分のイマジネーションを膨らませて、この戯曲をいかにスクリーンに移し変えられるかと考えるのに、もってこいの題材だと思った。

―室内劇で、しかもほとんど動かない主人公を描くことは、映像的にかなりチャレンジだとは思いませんでしたか。

もちろんチャレンジだった。でも僕の考えでは、物語を語るのはストーリーとキャラクター、そして役者の演技に負うもので、ロケーション自体はそれほど重要ではない。映画において大事なのはエモーションだ。

たとえば今や世界のどんな場所も、グーグルで見られる。でもグーグルでエモーションを得ることはできない。でも映画なら、それを観客に与えることができる。それが映画の素晴らしいところだ。なぜなら映画とは、人間について、僕らの経験、感情についてのものだから。

撮影において制約があっても、それによって、どう撮ればいいのか触発される。いかにそのなかで演技とセリフにフォーカスするか。この二つの要素こそ、僕にとってはもっとも大事なもので、あとはすべてエクストラのようなものだ。

「人を外見で判断してはいけない。それはとても罪深いこと」

―もうひとつ映像的にチャレンジだと思ったことは、ふだん映画ではなかなか語られることのない、肥満症の人間が主人公だということです。観客は映画のなかで、ずっと彼を観続けることになります。あなたはとくにクローズアップを多用していますが、彼の痛みを観客に凝視させたいという狙いがありましたか。

そうとも言える。思うに、観る人によってはそれをグロテスクだとか、心が乱されると感じるかもしれないが、彼らもまた僕らと変わらない人間だ。僕は心の底から、人を見かけで判断してはいけないと思っている。ほとんどの人が外見というものに左右されるのは、とても罪深いことだと思う。彼らはその人がどんな人間であるかではなく、どんな風貌かでジャッジする。僕がサムの戯曲に心打たれる点は、主人公がそうした痛みを経験してもなお、心の善良さを持っているところだ。

―ブレンダンの変貌ぶりが見事ですが、実際メイクアップにはどれくらい時間が掛かったのでしょうか。

準備段階ではとても長い時間をかけて、いろいろと試行錯誤を繰り返した。ようやく固まって、撮影時にはメイクに3時間、そして撮影後にメイクを取るのに1時間かかった。つまり1日4時間はかかって、さらにテイクが終わるごとに、汗を拭き取ったり化粧直しをしなければならなかったから、1日に割いた時間はかなりのものだったと思う。

「ブレンダンは、あの素晴らしい瞳で多くのストーリーを語ることができる」

―彼の演技の素晴らしさは誰もが認めるところですが、正直ここ数年は大きな役に恵まれていませんでした。どの時点で、彼こそチャーリーだと思われたのでしょうか。

じつは、これまでブレンダンの映画はほとんど観ていなかったんだ。『ジャングル・ジョージ』(1997年)も『ゴッド・アンド・モンスター』(1998年)も観たことがなかった。『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』(1999年)をちょっと観たくらいで。でもたまたま、彼が出ているメキシコのローバジェット映画『ブレンダン・フレイザー 復讐街』(2006年/共演:スコット・グレン、モス・デフ、アリシー・ブラガほか)のトレイラーを目にしてね。そのときパッと閃いたんだ。

正直、チャーリー役のキャスティングにはとても時間がかかった。僕は地球上のすべてのスターを考えたと言ってもいいが、誰もピンと来る人がいなかったんだ。そんなときこのトレイラーを目にして、彼と会ってみようと思った。実際に会ってみると、僕のなかの閃きはもっと確かなものになった。

でも脚本家のサムに相談すると、彼は「う〜ん……」と、ピンと来ていないみたいだった。それで読み合わせをすることにした。そのときはセイディー・シンクも一緒だったんだけど、サムに見学してもらった。読み合わせ中、サムはずっと彼らを凝視していて、これはいいサインだなと思ったのを覚えているよ(笑)。

―ブレンダンの中に眠っていた才能をここまで引き出すことができた鍵とはなんでしょう? 彼とチャーリーは、どこか似ているところがあると思いますか。

彼は個人的にチャーリーと多くのコネクションを持っていたと思う。ただ、それは僕が語れることじゃない。でも彼はとてもユニークな人間で、世界を彼なりのやり方で見ている。素晴らしい俳優においてつねにエキサイティングなことは、自分なりの視点を持っていて、とても誠実な方法で表現できること。そして、とても多くのことを伝達できることだ。僕はただ、そんな彼がなるべく快適に仕事ができるような環境を作っただけ。ブレンダンの、あの目。あの素晴らしい瞳で、彼は多くのストーリーを語ることができるんだ。

取材・文:佐藤久理子

『ザ・ホエール』は2023年4月7日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

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