多摩を愛し、描き続けた松村健三郎…片桐仁も驚きの奥深き世界観

TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週金曜日 21:25~)。この番組は多摩美術大学卒で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。2022年11月4日(金)の放送では、「たましん美術館」で多摩を愛した画家の作品を堪能しました。

◆アートの街・立川にある「たましん美術館」

今回の舞台は、東京都・立川市にあるたましん美術館。

東京都・立川市はアートを通じた街づくりの先駆け的存在で、1994年には「ファーレ立川アート」と称し100点を超えるパブリックアートを立川駅北口に設置。そこで片桐は美術館に行く道すがらそれらを見ていくことに。

「これなんてニキ・ド・サンファルですよ!」、「かわいいですね~」、「意外と落ち着く座り心地」とフランスの作家ニキ・ド・サンファルの「会話」を満喫。

その他にもアメリカの現代アート作家ロバート・ラウシェンバーグやフランスの現代美術アーティスト、ジャン=ピエール・レイノーなどの作品を鑑賞。ひとしきりアートな街歩きを楽しみ、今回の目的地であるたましん美術館へ。

ここは、1974年に多摩信用金庫が前身となる「たましんギャラリー」を開館。以来50年近くアートと関わり、2020年に多摩信用金庫本店1階にたましん美術館を開館しました。主に多摩地域の作家を取り上げつつ、近代洋画や東洋の古美術品を収集し、5,300点に上る作品を所蔵しています。

片桐は、そんなたましん美術館で開催されていた回顧展「没後30年松村健三郎~"魂の庭”でいのちを謳う~」へ。1901年、福島県に生まれた松村健三郎は20代で府中に移住。その後、生涯多摩の風景を描き続けました。この回顧展ではたましん美術館に所蔵されている300点の作品のなかから厳選した100点を展示。今回は学芸員主任の藤森梨衣さんの案内のもと、東京・多摩を愛した画家の半生を辿ります。

◆松村が愛した多摩の日常風景

まず鑑賞したのは、松村が54歳の頃の作品「晩秋(ガスタンクのある風景、立川短大にて)」(1955~1956年)。タイトル通り、秋の暮れとともに深まる色合いが感じられますが、片桐が「近くで見るともう何かわからない。すごく絵の具の迫力がありますね」と語るように、風景画でありながら抽象的。はっきり形は描かれていないものの、主題が伝わる作品となっています。

松村は1950年から立川短大に美術研究所を開設。そこを拠点に学生たちにデッサンの指導しながら作品を制作。それまで彼は定職に就いたことがなかったそうで、郵便局や市役所などを転々としていたとか。また、松村は画家だけでなく、歌人、茶人、書家としても活動しており、40代で詠んだ歌「四十年の年を重ねて 吾が画筆空しく迷う 生計なき現実を」からは、当時の思い、画業を続けていくことの迷いや葛藤が窺えます。

次の作品は、85歳で描いた「晩夏の一橋大学構内」(1986年)。タイトルに"晩秋”に続き"晩夏”とついているように、松村のなかでは季節や時間の変化が大きな主題としてありました。

本作は「晩秋」に比べ、力強い筆致で迷いがなくなり、松村スタイルが確立。片桐は「迸るエネルギーはむしろ50代よりも増しているように見える」と見入ります。

続いて鑑賞したのは、書。82歳のときの作品「墨蹟(2)」(1983年)には"墨は霊なり”と書かれており、彼がいう霊とは"魂”、"命”で「墨こそ自分にとっての命」という意味合いが込められているとか。

こうした書にも油絵とも通じる筆致が見られますが、松村は絵を描く傍ら、茶道や書、短歌や俳句を修練し、"日本人としての精神性”を追求していたそうです。

◆松村が溺愛し、描き続けた庭の花々

多摩に約70年身を置き、目に映る風景と心に映る言葉を残した松村。続いては、彼が愛した庭の花々を鑑賞。1961年、松村は国立市に茶室と工房を兼ねたすき家造りの住居「湛寂庵(たんじゃくあん)」を新築。そこから自宅の庭をひたすら描く生活が始まります。

88歳頃の作品「紫陽花」(1989年)を前に、片桐は「すごい…やっぱりパワーありますね。茶室を作って庭の景色を愛でる。そして、書やお茶を嗜むっていうのは88歳っぽいんですけど、油絵がこれっていうね…独特のギャップがあって面白いですよね」と感嘆。

松村は関東大震災や戦争を乗り越え、さらには若い頃に大病を患い、東京美術学校を中退するなどとても苦労しており、そうした経験もあってか、どの作品にも生命への敬意が。片桐は「確かに、風景画のなかにも生命を感じますね」と頷きます。

この他にも、松村は紫陽花をさまざまな画材で表現。今回は2点の色紙「夕べの紫陽花」(1982年)、「紫陽花」(1982年)も展示。しかも、これは前者が6月9日、後者は7月29日に描かれたもので、そこには褪せていく感が表現され、一瞬一瞬の命の輝きを描き出すべく、素材や描き方を変えながら日々取り組んでいたことがわかります。

作品を前に、片桐が「これはワイルドというか、勢いを感じますね!」と評していたのは、88歳のときに描いたパステルの作品「花」(1989年)。

そして、その奥には83歳のときにコンテと水彩で描いた「花」(1984年)も。

どちらも80代の作品ながら「エネルギーがやっぱりすごい!」と片桐は慄き、「油絵、パステル、水彩、筆致は似ているんですけど、完成の絵が変わりますね」と感心。なお、両作品の右下には「6.29」との文字があり、つまり5年の月日を経て描かれたもの。松村は同じ構図を繰り返し描くことで庭の風景をより深めていました。

◆30年間描き続けた集大成「SOUL GARDEN」

続いては、松村が67歳のときに描いた集大成的な作品「5月の庭」(1968年)。これは自宅の庭を主題とした「SOUL GARDEN」と呼ばれるシリーズで、彼は茶室から望む日々の風景を30年間観察し、描写し続けました。このシリーズには驚きの特徴があり、それは作品を持ってみるとわかります。

手にするとかなりの重量があり、それは何故かというと、季節が巡るたびに何度も描き加えてきたから。松村はキャンバスに時間を凝縮。絵に全て包み込み、蠢く光や風までも描き出そうと絵の具を置いていました。クローズアップして見てみると、その厚みがよくわかります。

今回、初めて松村健三郎の作品に触れた片桐は「自分の家の庭から見た植物を30年間描き続けるというエネルギー。すごく狭い世界だけど豊かな世界が目の前に広がっているという、当たり前のことをそうじゃないと気づかせてくれる作品たちでした」と感想を述べつつ「身近な風景から日常の素晴らしさを改めて教えてくれた松村健三郎、素晴らしい!」と称賛。ひとつの街、ひとつの風景を愛し、生き抜いた芸術家に拍手を贈っていました。

◆今日のアンコールは、彫刻作品の「寳船」

「没後30年 松村健三郎」の展示作品のなかで、ストーリーに入らなかったもののなかから学芸員主任の藤森さんがぜひ見てほしい資料を紹介する「今日のアンコール」。藤森さんが選んだのは彫刻「寳船」(制作年不明)です。

「寳船」というタイトルからして、本作は七福神がモチーフですが、その見た目の印象からは、そうとは全く見えず。片桐も「これは七福神なんですか!? 全然わからないですね」と目が点に。ただ、その彫り具合からは松村のスピード感のある筆致と共通するところがあり、さらには目や鼻、口などはないもののどこか生命感を感じさせるところも松村ならでは。見れば見るほど何かを感じる、味わい深い作品になっています。

最後はミュージアムショップへ。そこにはオリジナルグッズがたくさんあり、開館する際に作られたスケッチブックには多摩信用金庫のキャラクター「RISURU」が描かれ、クリアファイルにもたましんカラーの黄色があしらわれています。

そして、「これは綺麗な色合いですね!」と片桐の目に留まったのは手拭い。こちらは"細川染め”が用いられています。

また、ここでは立川市を走る多摩モノレールのグッズも数多く販売。なかでも片桐が興味を示していたのはモノレールのペーパークラフト。サンプルを手に「こういう電車なんですね~」と感心していました。

※開館状況は、たましん美術館の公式サイトでご確認ください。

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<番組概要>
番組名:わたしの芸術劇場
放送日時:毎週金曜 21:25~21:54、毎週日曜 12:00~12:25<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00~8:25<TOKYO MX2>
「エムキャス」でも同時配信
出演者:片桐仁
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/

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