16時間超遅れのカナダ寝台列車、バス旅での“回復運転”の成否は? 「鉄道なにコレ!?」第40回

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

チャーチル駅のプラットホームで停車中のVIA鉄道カナダの夜行列車=22年12月29日、カナダ・マニトバ州(筆者撮影)

 カナダ中部マニトバ州のウィニペグから1697キロ離れた北極圏の同州チャーチルまで2泊3日の予定で寝台車に乗り込んだVIA鉄道カナダの夜行列車の遅れが、途中で16時間超に達した。平常ダイヤに近づける“回復運転”のためにVIAが打ち出した切り札が、想像していなかった貸し切りバスによる一部区間の代行運転だった。帰路の航空旅客便に間に合わないシナリオが現実味を帯びる中、「バス旅」は遅延時間を縮める“特効薬”になるのだろうか?(共同通信=大塚圭一郎)

 【チャーチル】カナダ中部マニトバ州の最北部にあるハドソン湾に面した北極圏の都市。人口は約900人。毎年10~11月になると集まってくるホッキョクグマの見物を目当てにした観光客でにぎわい、特殊車両「ツンドラ・バギー」に乗って至近距離から眺められる。極域近辺で見られる大気の発光現象「オーロラ」が出現する確率が高く、オーロラを見られるのを期待して訪れる観光客も多い。チャーチルの観光による年間売上高は約35億円、観光が支える雇用は約840人に上る(半藤将代さんの著書『観光の力 世界から愛される国、カナダ流のおもてなし』日経ナショナルジオグラフィック 参照)。

 ▽旅客便に間に合わない!?

 夜行列車が始発のウィニペグ・ユニオン駅から直線距離で北西約520キロにあるザ・ポー駅に着いたのは出発翌日の午後6時ごろと、定刻の午前1時45分から16時間超も遅れていた。この遅れが続けば、終点のチャーチルに着くのはウィニペグ出発3日後の午前1時過ぎとなる。
 筆者ら家族はチャーチルで折り返すウィニペグ行き夜行列車の乗車券を買っていた。接客責任者であるサービスマネージャーのジェニファー・ロイさんは「折り返す列車も同じ乗員が担当することになり、機関士がチャーチルで6時間半ほどの休息を取る」と教えてくれた。

カナダ・チャーチル駅に停車中のVIA鉄道カナダの夜行列車=2022年12月29日(筆者撮影)

 もしも往路の列車が16時間遅れてチャーチルに着き、6時間半後に発車する場合は定刻より12時間半遅れとなる。
 遅延がそれより拡大しなければ筆者らが予約していたウィニペグ国際空港から経由地のカナダ最大都市トロントへ向かう旅客便出発の2時間15分前にウィニペグに着ける。その場合はタクシーで空港へ急行すれば旅客便に滑り込める可能性があるが、さらに遅れれば間に合うのは絶望的だ。

 ▽遅れを一気に短縮?

 このため、VIA鉄道がザ・ポー駅から途中のトンプソン駅まで代行バスで乗客と乗員を運び、その先は乗ってきたのとは別の列車の編成で再び鉄路でチャーチルへ向かう巻き返し作戦に強い期待感を抱いた。
 正常ダイヤでは、ザ・ポー到着からトンプソン出発まで15時間15分を要する。直線距離は300キロ余りだが、湖沿いなどを走るため線路が蛇行しており、スピードを出せないため長時間を要する。しかも列車への給水などがあるため通常ならばザ・ポー駅での停車時間は45分、トンプソンでは5時間に上る。
 しかし、ロイさんは代行バスを活用すれば「バスも降雪や路面凍結のために普段より減速しなければならないものの、それを考慮に入れてもザ・ポーからトンプソンまで4時間半程度で着けそうだ」と遅れを一気に短縮できるとの見通しを示した。

 ▽雪道を疾走

 ウィニペグ出発2日目の午後6時45分ごろにザ・ポー駅を出発した代行バスはトンプソンへ向かう幹線道路に出ると、ヘッドライトで前方を照らしながら雪で覆われた路上を一気に加速した。時速90キロ程度で疾走するバス旅は、それまで夜行列車が線路のほとんど見えない雪の中を時速15マイル(約24キロ)程度で徐行運転していたのとはひと味違う迫力がある。

ザ・ポー駅からトンプソン駅へ向かう代行バス車内からの前面展望=22年12月28日、カナダ・マニトバ州(筆者撮影)

 道路脇には除雪作業で積み上げられた雪があるため道路の幅が通常より狭く、片側1車線の区間で対向車をすれ違うたびにひやひやした。
 運転手が睡魔に襲われないようにと、車内のスピーカーからは米国人歌手ビリー・ジョエルさんの「ピアノマン」といった往年のヒット曲が大音量で流れてくる。
 中には「オーロラを見るためにチャーチルに向かっており、トロントから(西部バンクーバー行きの夜行列車)『カナディアン』にウィニペグまで乗車後、チャーチル行きに乗り換えた」という若い男性もいた。だが、多くの利用者はヒット当時を知る中年層で、「素晴らしい選曲だわ」と賛辞を贈る女性もいた。
 人里がほとんどない道路を進んでいくと、午後11時20分ごろにまばゆいばかりの街明かりが突然出現した。人口約1万3千人のマニトバ州北部で最大の都市、トンプソンだった。ロイさんから「約4時間半で着ける」と聞いていた通りの結果だ。390キロ程度の距離がある夜の雪道をこの所要時間で駆けて列車の“回復運転”を担った運転手の腕に感服し、下車後に「ありがとう!」と心からの謝意を伝えた。

代行バスで到着したカナダ・マニトバ州のトンプソン駅=22年12月28日(筆者撮影)

 ▽遅れが9時間超も短縮

 列車はトンプソン駅を3日目の午前0時過ぎに発車した。定刻の2日目午後5時の発車から約7時間遅れとなり、代行バスのおかげで遅延時間はピークから9時間超も短縮した。
 ウィニペグ出発の2日後、午前7時ごろに寝台車で目が覚めるとギラム駅で停車中だった。客車「スカイラインドームカー」の2階に展望ドームがある座席に腰かけると、チャーチルの自宅に戻るためギラムから乗り込んだ女性が「駅の近くにクマがいた」と教えてくれた。チャーチル名物のホッキョクグマではなく「黒いクマだった」そうで、「やせ細っており、食べ物を探しているようだった」と言う。
 この地域はツンドラ気候で、樹氷ができた低木が連なった雪景色が続いている。「この時期はたいがいのクマが冬眠している」そうだが、起き上がってしまうと食料調達が難しい北極圏の厳冬を思い知った。

カナダ・マニトバ州の北極圏で、樹氷が林立したVIA鉄道の夜行列車からの車窓=22年12月29日(筆者撮影)

 ▽機関車の向きをどう変える?

 謎だったのはチャーチルから折り返し列車が南下する際、北側で列車をけん引している2両のディーゼル機関車をどのようにして南向きにするのかという点だった。方向を変えるための転車台がチャーチル駅にあるという情報はなかった。

終着のチャーチル駅の手前で、機関車の方向を変えるためにデルタ線に入った列車=22年12月29日(筆者撮影)

 解明されたのはチャーチル駅の手前で列車が分岐器を通り、東へ曲がった時だ。そこは線路を三角形に配置して車両の向きを変えられる「デルタ線」(三角線)になっていた。デルタ線を通ることで最後尾の機関車が客車を押す推進運転でチャーチル駅に滑り込んだ。これならばウィニペグ行きでは機関車が客車をけん引できる。

デルタ線を通った後、客車を先頭にしてチャーチル駅へ向かうVIA鉄道カナダの夜行列車=22年12月29日、カナダ・マニトバ州(筆者撮影)

 到着はウィニペグ出発2日後の午後3時40分ごろと定刻の6時間40分遅れだが、ピーク時に16時間超遅延していたのが信じられないほど短縮した。
 列車から下車する前、客室乗務員のダニエル・パスパポーンさんは「今夜はオーロラが見えるかもしれないよ」と教えてくれた。オーロラは見えたのかどうかや、往路は代行バス利用のため“スキップ”したザ・ポーとトンプソン間の列車旅の様子は次回お伝えする。

トンプソン駅に飾られていたチャーチルのPRポスター。オーロラが出現することを売りにしている=22年12月28日(筆者撮影)

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

© 一般社団法人共同通信社