iDeCoの役割さえカバー? 日本の歴史上、他に類を見ない破格の大改正「新NISAの姿」

岸田首相の資産所得倍増プランの目玉政策として、NISA(小規模投資非課税制度)が2024年1月から大幅にグレードアップします。今回はそのポイントを整理します。


資産所得倍増プランの切り札

NISAは、株式や投資信託への投資で得られる配当金や、値上がりした銘柄を売却することで得られる売却益に対して、本来かかるはずの所得税を非課税とする制度です。もともとは英国のISA(Individual Saving Account)をモデルにつくられたもので、日本版という意味をこめてNISAと名付けられました。2014年に創設され、その後2018年につみたてNISAもスタートしました。

歴史をひもとくと、株式や投資信託の配当や売却益に対しては、20%の税金が課されていました。しかし、バブル経済の崩壊後、長く低迷が続いていた株式市場を活気づけるため、2004年に税率が10%に引き下げられます。税率は2014年に本来の20%※1に戻されるわけですが、その際の激変緩和措置として時限的に導入されたのがNISA(少額投資非課税制度)です。

もともとが時限措置なので、NISAは将来的に消滅する運命にあったわけです。しかし、「この制度を永続的なものにして欲しい」という声は当初から根強くありました。そこで、岸田首相は自らが打ち出した資産所得倍増プランの切り札として、「貯蓄から投資へ」を促すために誰もがあっと驚くグレードアップを行い、新NISAとして制度を恒久化することとしたわけです。

※1 正確には、現在の税率は20.315%

現行NISAと新NISAは別制度

現行のNISAと新NISAは別制度とされるので、現行NISAのお金はそのまま新NISAには引き継がれません。新NISAが始まる2024年1月までにシステム開発をすませるために、あえて現行NISAと切り離す決断がされたという背景があります。

図表1に今回の改正をまとめました。このうち、特に重要なポイントについて確認していきましょう。

図表1 現行NISAと新NISAの違い

破格の拡大となる年間投資枠

現行NISAには2種類あります 。年間120万円まで投資でき、非課税期間が5年続く「一般NISA」と、年間40万円までと投資枠は小さいですが、非課税期間が20年続く「つみたてNISA」です。両方同時には加入できず、どちらかを選ばなければなりません。つみたてNISAは「つみたて」という名称からわかる通り、1年間に少なくとも2回は積立を行う必要があります。金融機関によって異なりますが、毎月積立を行うケースが多いです。

この投資枠が新NISAで大きく増えます。一般NISAは「成長投資枠」という名称になり、年間投資枠は240万円と今の2倍に、つみたてNISAの後継である「つみたて投資枠」は120万円と今の3倍になります。

しかも、新制度では成長投資枠とつみたて投資枠の両方に同時加入できることになります。したがって、実質的な年間投資枠は両者を合計した360万円ということになります。これは 日本の税優遇制度の歴史の中でも、他に類を見ない破格の大改正 です。成長投資枠では個別株式も購入できますが、投資枠が大きくなることで価格が高い銘柄も買えるようになるでしょう。

年間240万円ないし360万円は月単位にすると20万円もしくは30万円ですから、切りがよくて覚えやすいのもいいですね。多くの人に使ってもらうためには、何よりもわかりやすさが大切ですが、新NISAでは消費者向け制度として基本に忠実な設計がなされています。

新NISAのPR効果は抜群のはずで、投資未経験者の多くが新NISAを利用して投資を始めるようになるでしょう。日本人の投資家数は確実に増加すると思います。しかも、年間投資枠が2-3倍になったことで、株式市場への資金流入も増えるはずです。「貯蓄から投資へ」は確実に進むと思います。

NISA口座をまだ持っていない人は、新制度が始まるまで待たずに、すぐにでも口座を開設した方がいいと思います。現行NISAの2023年分の枠は新NISAとは別管理ですから、一般NISAなら120万円分、つみたてNISAなら40万円分の枠を追加で利用できると考えることができるからです。

なお、どの金融機関でNISA口座を開設するかですが、自分で銘柄を選べる人は商品数が豊富なネット証券、いろいろと相談に乗って欲しい人は、相談機能が充実している証券会社や身近な銀行で開設するのがいいでしょう 。ただし、銀行では個別株式は購入できないことは知っておきましょう。

長期保有を促す非課税保有期間の無期限化

これまでは、一般NISAでは5年間、つみたてNISAでは20年間という所得税を非課税とする期間が設けられていました。これが新NISAでは撤廃され、無期限になります。これも朗報です。

特に一般NISAでは、非課税期間が5年と短かったために、少しでも値上がりしたらすぐに売ってしまうという短期売買を誘発するという問題が指摘されていました。そのかりくりを図表2で説明します。

図表2 一般NISAでは短期売買を誘発

仮に100万円で株式Aを購入したとします。株価は常に変動しますから、5年の間には含み益(購入価格よりも株価が高くなっている状態)や含み損(逆に低くなっている状態)が生じます。

非課税期間の5年が経過した時点で、たまたま株式Aが含み損のある状態(株価が20万円)だったとしましょう。非課税期間終了とともに、株式Aは税優遇がない口座に20万円で購入したものとして移換されます。その後、株式Aを65万円で売却したとしましょう。もともとは100万円で購入した株式ですから、売却で35万円の損(100万円-65万円)をしています。したがって、税金を払う必要はないはずです。しかし、所得税を計算する上では、20万円で購入した株式を65万円で売却し、45万円の利益があったものとして所得税をかける、という話になります。

これを避けるには、非課税期間中で値上がりしている状態の時に売却すればいいわけです。その期間内なら税金がかかりませんから。つまり、含み益があるなら5年以内に売却するのが得という話になります。結果的に短期間で売買するようになってしまいますね。資産形成の基本は長期投資なのですが、これに反する行動を一般NISAが促す構造になっていたわけです。

新NISAでは非課税期間は無期限になりますから、このような不都合は抑えられることになります。資産形成の基本を守ることにつながる重要な改正であると言えましょう。

非課税保有限度額の大盤振る舞い

最後の重要ポイントが非課税保有限度額(いわゆる生涯投資枠)の拡大です。これまでの一般NISAでは、年間投資枠である120万円と非課税保有期間5年間をかけあわせた600万円がいわば非課税保有限度額でした。つみたてNISAの場合は、年間投資枠40万円に非課税保有期間の20年間を乗じた800万円が保有限度額でした。

新NISAではこの金額が1800万円まで拡大されます。成長投資枠だけに限定した限度額も設定され、それは1200万円です。少しややこしいですが、つみたて投資枠だけを利用する人なら、とにかく1800万円までNISAを利用することができます。成長投資枠も利用する人なら、成長投資枠の1200万円にプラスしてつみたて投資枠を600万円、あわせて1800万円の非課税保有限度額を活用できるということです。もちろん、成長投資枠を1000万円+つみたて投資枠を800万円とか、成長投資枠500万円+つみたて投資枠1300万円といった組み合わせでも構いません。イメージをつかむために図表3を参考にしてください。

図表3 非課税保有限度額のイメージ

なお、1200万円や1800万円の計算は、買付額の累計で行い、値上がりなどで増えた分は計算には入れません。

非課税保有限度額(生涯投資枠)については、諸外国ではインフレスライドの仕組みを設けているケースがあります。長い年月が経つとインフレにより貨幣の実質価値が目減りすることがあります。これを防ぐために、物価上昇に応じて生涯投資枠も上昇させていくわけです。新NISAの生涯投資枠にインフレ連動の仕掛けはありませんが、今後、日本でもインフレが看過できないと判断されるようになった際には、こうした議論が起こる可能性はあります。

NISAは個人の生涯に伴走する万能の積立スキームに

もうひとつ非課税保有限度額について大注目のポイントがあります。それは枠の再利用(リサイクル)が可能であるということです。どういうことかというと、いったん1800万円の限度額まで使い切ったとしても、そのうちたとえば500万円分を売却すれば、新たにまた500万円分がNISAの枠として復活するということです。

たとえば、20-30代の人が、子供の教育費や住宅購入の資金をNISAで積立てるとしましょう。そして、住宅購入資金として1800万円いっぱいまでNISAで積立を行っていきます。(実際に配当金や値上がり益があれば、これよりも口座残高は多くなっています)。そして、実際に住宅を購入して1800万円プラス運用収益分をNISAから払い出します。するとNISAの残高はいったんゼロになりますので、その時点で改めて1800万円の非課税保有限度額が復活※2することになります。

図表4では、300万円分を売却した場合のイメージを記していますが、もちろん1800万円分を引き出したら、1800万円の枠が復活します。

図表4 非課税保有限度額の再利用イメージ

すると40代から50代にかけては、今度は老後資金の積立のためにNISAを利用することができるわけです。人によっては、60代でリタイアしてまとまった退職金をもらったら、NISAに投入して(年間360万円の枠を数年分利用して)資産運用を行い、そこから老後資金として少しずつ引き出していく、といった使い方もできます。

このように、非課税保有限度額が大きく拡大し、かつその枠が再利用できるようになることで、NISAは人生で起こるさまざまなイベントに即して、その都度、必要な資産形成を行う制度として活用できるわけです。NISAさえあれば、資産形成ニーズはほぼまかなえるといっても過言ではなくなります。

※2 限度額が復活するのは売却の翌年

老後資金の積立目的でもNISAを活用

もともと自助努力による老後の資産形成の制度としてはiDeCo(個人型確定拠出年金)があります。しかし、今回の資産所得倍増プランではiDeCoに変更は加えられませんでした。iDeCoは老後資金という位置づけから、引き出しは原則60歳からというルールです。逆に言えば、いったんiDeCoにお金を入れると60歳までは使えなくなるため、若年層を中心に利用をためらう人は多くいました※3。また、iDeCoには口座管理手数料もかかります。

一方、NISAにはこのような制約はなく、いつでも引き出しができます。手数料もかかりません。iDeCoでは60歳を超えると掛金を入れられないケースもありますが、NISAにはそうした年齢制限もありません。これまで、NISAにお金を入れようか、それともiDeCoを利用しようか、悩んだ人は多いと思います。もちろん両方の制度にお金を入れる余裕がある人もいるでしょう。しかし、そうでない人はどちらかを優先していたはずです。

今回、新NISAの生涯投資枠が拡大して、かつ再利用※4も可能になったことで、これまでiDeCoに流れていたお金まで、行き先を変えてNISAに流れ込んでいくようになるかもしれません。1800万円という限度額は、老後資金の準備にも十分耐えうる仕様ですから。

もちろん、iDeCoには掛金が所得控除になるなど、NISAにはない税メリットもあります。両制度のメリットとデメリットを十分に理解した上で、新NISAをどう活用していくのかを考えていくのがいいでしょう。

※3 フィデリティ・インスティテュート「確定拠出年金1万2000人意識調査」(2021年10月)確定拠出年金1万2000人意識調査 フィデリティDCプラザ 投資信託のフィデリティ投信
※4 再利用できるのは生涯投資枠だけで、年間投資枠の再利用はできない

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