「小さい時から夢だった」知的障害者は結婚、子育てなぜダメ? 経験者はわずか8%、5人に1人は周りから「制限された」

 北海道にある障害者のグループホームで、知的障害のある人たちが不妊手術や処置を受けていたことが昨年、明らかになった。恋愛や結婚、子育てについて全国の知的障害者や家族らはどう考えているのか。共同通信がアンケートをした結果、さまざまな声が寄せられた。「結婚は小さい時からの夢です」と思いをつづる当事者。「きれい事では済まない」と複雑な気持ちを明かす親。明らかになったのは、不妊手術に至らないまでも、その手前でさまざまな制限を受けている実態だった。(共同通信=沢田和樹、江森林太郎、市川亨)

※この記事は記者が音声でも解説しています。共同通信Podcast「きくリポ」をお聞きください。https://omny.fm/shows/news-2/29

知的障害がある姉の結婚に反対した伊沢みどりさん。若い頃に姉と写った写真を見つめた=2月、徳島市

 ▽社会全体で壁、自己決定権阻む
 アンケートは1~2月に実施。知的障害者やその親らでつくる「全国手をつなぐ育成会連合会」などを通じて行った。家族・親族、支援者から585件、知的障害のある本人から176件と計761件の回答を得た。
 その結果、20代以上の当事者のうち約5人に1人(19%)は恋愛や結婚、出産について周囲から反対、制限された経験があることが分かった。家族らの回答で反対や制限をしたのが誰かを見ると、家族・親族が最も多く、学校、利用施設と続いた。
 実際に結婚や同棲、子育ての経験がある人はわずか8%。家族らの61%は「本人の希望を聞いたことも話し合ったこともない」と答えた。知的障害者の結婚や出産には社会全体で壁があり、当事者の自己決定権が制限されている実態が浮き彫りになった。
 周囲が不妊手術や処置を勧めたり、受けさせたりしたことがあるか聞くと、「ある」との回答が20件余り寄せられた。ただ、多くは20~30年前に親族から勧められたといったケースで、北海道のように施設が関与した近年の事例はなかった。

 

 ▽「生まれた子どもがいじめられないか」
 家族らの賛否は「恋愛」と「結婚」では賛成が多かったが、「子どもを持つこと」については反対が58%と、賛否が逆転した。
 反対する人からはこんな意見が寄せられた。「恋愛は自由だが、命の責任を持つ子育ては、生まれてくる子に対して無責任。夫婦2人だけでなく、子育てまでというのは支援の域を超えている」「生まれた子どもは親の障害を受け入れられるのか。いじめられないか。ヤングケアラーになってしまうのではないか」
 一方で「恋愛や結婚、子育ては誰にとっても平等な権利だ」といった意見も多かった。「障害者が子育てしやすい仕組みがあれば、全ての人が育てやすい社会になるのでは」「支援態勢を築き、社会の偏見をなくしていく活動も重要だ」と書く人もいた。

 

▽姉の結婚すぐさま否定、今は後悔
 徳島県吉野川市の伊沢みどりさん(54)は、中度の知的障害がある姉(58)の結婚を拒んだ過去への後悔をアンケートに寄せた。
 姉は父が亡くなったのをきっかけに2008年、徳島市内の施設に入所した。1年ほどたったある日、伊沢さんは面会の際、姉から「お嫁さんに欲しいと言ってくれている人がいる。結婚したいんよ」と告げられた。
 同じ施設の男性で、相手の両親も歓迎しているのだという。だが伊沢さんは、すぐさま否定した。「無理よ。何を言ってるの」
 相手の家族の負担になるのは目に見えている。親の死後はどうするのか。伊沢さんにも、後に発達障害と診断される高校生(当時)の長男が引きこもっていた事情があり、姉の結婚生活を想像する余裕はなかった。
 姉は下を向き「なんで? 嫌じゃ」と繰り返した。いつもは施設から帰る伊沢さんを車まで見送りに来る姉が、その日は来なかった。以来、姉から結婚の話が出ることはなかった。

 

共同通信の調査に対し、結婚や子育て支援を望む思いをつづった家族らの回答

 ▽「母親になる人生あったかも」
 伊沢さんはその後、2人の発達障害の子どもと過ごす中で「障害があっても笑顔で幸せになること」の大切さを学んだ。2021年までは、徳島県で発達障害の子どもがいる親の会の代表を務めた。そんな日々で、ふと気付いた。「自分は姉のために何かできたのではないか」
 「姉は優しい人」と言う伊沢さん。姉から送られてくる手紙にはお礼の言葉ばかり。編み物が好きで、よくニット帽を編んでくれる。姉が身近な存在だったからこそ、子どもたちの障害も受け入れられた。大切な存在だと確認するたびに後悔が強まる。
 「人を好きになるのは素晴らしいこと。姉にも母親になる人生があったかもしれない。信頼して相談できる人が私にいれば、答えは違ったと思う」。家族の相談に乗ったり、本人の生活を支援したりする態勢をつくってほしい。切にそう願う。

 

 ▽腕1本分の距離
 恋愛や結婚にブレーキをかけているのは家族や親族だけではない。20代の娘がいる奈良県の母親は「特別支援学校の高等部で娘が相手と住所の交換をしようとしたら、先生に止められた」との体験談を寄せた。
 こんな意見もあった。「高校の校則で男女交際を禁止されていた」「特別支援学校は『男女は腕1本分、距離を取って近づかないように』と指導するだけで、十分な性教育をしていない」
 知的障害者の結婚や子育て支援に詳しい東京家政大の田中恵美子教授は「包括的な性教育がなされておらず、『自分の意思を言っていい』とも教えられていないので、希望を口にしない人もいるはずだ」と指摘する。
 「家族や支援者も、実際に結婚や子育てをしているケースが周囲にないため、『無理』と思い込んでいる面がある。行政や社会全体でそうした環境や性教育を変えていくことが必要だ」

 

北海道江差町の社会福祉法人「あすなろ福祉会」=2022年12月

 ▽7割が支援の制度や態勢望む
 アンケートでは家族らに対し、結婚や子育てなどに関する要望も尋ねた(複数回答)。「支援の制度や態勢をつくってほしい」が68%で最も多く、「社会の理解が高まってほしい」が49%、「学校での性教育を充実させてほしい」が32%と続いた。
 当事者に結婚や子育てなどに必要なことを聞くと、「手伝ったり助けたりしてくれる人」が47%で最多。「お金」が46%、「好きな人と一緒に暮らせる住まい」が39%だった。
 自由記述には、知的障害のある人たちも意見を寄せた。東京都の40代女性は「お母さんから『結婚は今は無理。認められません』と言われてショックだった。(好きな人と)2人でグループホームに入って結婚したい」と願いをつづった。
 北海道に住む50代女性は、こう記した。「障害があるからといって不妊処置をするのは、人間として心外です。子どもはかわいい。大好きです。結婚することは、私の小さい時からの夢です」
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 知的障害者の不妊処置問題 北海道江差町の社会福祉法人「あすなろ福祉会」(樋口英俊理事長)が運営するグループホームで、結婚や同棲を希望する知的障害者が不妊手術や処置を受けていた問題。1998年ごろから法人側が支援サービスを提供する際、求めていたとされ、男女8組16人が手術などを受けていた。昨年12月に発覚し、北海道は障害者総合支援法に基づき同法人への監査に着手。道内のグループホームを対象に実態調査や、結婚や子育てなどに関する入居者の意識調査も進めている。
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