「ここまで人間っぽく歌えるのは衝撃だった」初音ミク誕生から15年 「ボカロ」が音楽史に刻んだ絶大なインパクト

初音ミク「マジカルミライ」10th Anniversary OSAKA公演©CFM/©TOKYO MX/©SEGA=クリプトン・フューチャー・メディア提供

 青緑色の髪でツインテールのバーチャル・シンガー「初音ミク」は2007年8月に誕生した。2023年で設定年齢の16歳を迎えることになる。パソコン上で歌声を再現する「バーチャル・インストゥルメント(仮想楽器)」にキャラクターを付与する斬新なアイデアは、発売直後からアマチュア芸術家たちの創作意欲を大いに刺激。誕生と時をほぼ同じくして登場した動画サイトに次々と作品が投稿された。「ボカロ音楽」出身のスターも生まれ、専門家も影響の大きさを「日本の音楽史に大きな足跡を刻んだ」と説明する。(共同通信=佐々木一範)

クリプトン・フューチャー・メディア代表の伊藤博之さん=クリプトン・フューチャー・メディア提供

 ミクは札幌市の「クリプトン・フューチャー・メディア」が発売した3作目の歌声合成ソフト。旋律と歌詞を入力するとかわいらしい声で歌い上げる。同種の商品は、元となったヤマハの技術から「ボーカロイド(ボカロ)」とも呼ばれる。クリプトン社が手がけた歌声合成ソフトの売り上げは初音ミク以外も含め累計約28万本に上る。

 

バーチャル・シンガー「初音ミク」(Art by KEIⓒCFM)=クリプトン・フューチャー・メディア提供

 パソコン上でドラムやピアノ、バイオリンといった楽器の音を再現する技術は「打ち込み」と呼ばれる。ただ、歌声についてはボカロが登場するまで長らく実現が難しかった。名古屋市千種区の音楽教室「G―Life Music」講師の佐藤和典さん(42)は「ここまで人っぽく歌えるのは衝撃的だった」と振り返り「人の場合、正しく歌うのも、録音を聞きやすく編集するのも難しいが、ミクは手軽に操作できる。自宅で曲を録音する『宅録』人口を増やしたことは間違いない」と語る。歌声合成ソフトは他にも多数あるが、代名詞と言える存在だ。

 

 

音楽評論家の柴那典さん(本人提供)

 ミクについての著書がある音楽評論家の柴那典さんによると、独特のアニメ声やイラストに詞や曲の着想を得た人は多かったとみられる。楽曲は当初、ニコニコ動画を中心に発表され、動画を見て触発された別の人が独自の編曲やイラストを交えた動画を次々に投稿する、という循環が生まれた。「キャラクターが付与されたことで、作曲できない人も一緒に創作に参加できた。非常に画期的なことだった」。見て楽しむだけのファンもコメントを付けて一緒に盛り上がり、当時の人気コンテンツの一つとなった。

 発売のタイミングも奇跡的だった。ニコニコ動画が8カ月前の2006年12月にサービスが始まっていたためだ。クリプトンの伊藤博之代表(58)は大きな手応えを得た。「すごくダイナミックで爆発的な創作の広がりを感じた」。この流れを後押しする必要性を認識した。一方でユーザー間のトラブルや相談もクリプトンに多数寄せられた。「勝手に曲を使われた」「公式イラストを動画に使っても良いか」などで、対応を迫られたという。

初音ミク「マジカルミライ」10th Anniversary SAPPORO公演会場でフィギュアの写真を撮るファンら

 そこでクリプトンは、ルールを守れば非営利でのイラスト利用を認めたほか、曲やイラストをユーザー同士が使えるよう独自の投稿サイトを開設した。伊藤代表はその意図をこう明かす。「会社の権利をあえて一部開放することで、おもしろいことが起きると思った」

 質の高い曲が次々に生まれ、ヒットチャートの常連となったアーティストも少なくない。米津玄師さんは元々「ハチ」の名前で作品を投稿していた。「歌ってみた」などの検索目印と共にカバー曲を投稿する人も多く、中でもAdo(アド)さんは高い歌唱力で一躍有名になった。

初音ミク「マジカルミライ」10th Anniversary OSAKA公演会場で展示された初音ミクのフィギュア(クリプトン・フューチャー・メディア提供)

 活躍の場は動画サイト以外にも広がっている。2016年初上演の「超歌舞伎」では中村獅童さんと“共演”。プリマドンナを務めたオペラ公演では、高級ブランド「ルイ・ヴィトン」が衣装デザインを手がけた。伊藤代表は「『初音ミク=アイドルポップ』という固定概念が定着しないよう、多方面で活躍させるよう取り組んでいる」

 

北海道応援キャラクター「雪ミク」(Art by KEIⓒCFM)=クリプトン・フューチャー・メディア提供

 また2010年の「さっぽろ雪まつり」で雪像が造られたのをきっかけに、北海道応援キャラクター「雪ミク」が派生し、ご当地キャラとしても認知度が高まる。3年ぶりの開催となった今年2月4~11日の雪まつりでも雪ミクの雪像がお目見えし、来場者を楽しませた。

 CGで映し出されたミクが歌うライブとワークショップなど企画展の複合イベント「マジカルミライ」は2013年から毎年開催され、若い女性ファンの姿も目立つ。10年目を記念し、2023年2月の雪まつり期間中には初めての札幌公演が行われた。ミクらバーチャル・シンガーが生バンドの演奏に乗せて歌い、踊るのに合わせて、イラスト入りの法被などを身にまとったファンが、イメージカラーのペンライトを振ったり、大きな拍手を贈ったりしていた。

 名古屋市港区から駆け付けた会社員の武藤桜さん(22)は、2015年の雪まつりで造られた雪ミクの大雪像を見て以来の大ファンだ。普段からボカロ曲ばかり聴いているという。「いつもは家でユーチューブを見ているが、他のファンと一緒に最初から最後まで楽しめた。来て良かった」と満面の笑みを見せた。

2023年の「さっぽろ雪まつり」で制作された雪ミクの雪像

 評論家の柴さんは初音ミクがもたらしたインパクトをこう表現する。「ミク誕生から15年間も、若い世代の新しいファンを獲得してきた。常に『ユースカルチャー』であり続けている点はボカロを語る上で外せない大きな特徴。ミクはその象徴的存在だ」

 マジカルミライは23年も8月にインテックス大阪で、9月には幕張メッセでの開催が決定した。

クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之代表=2016年、クリプトン・フューチャー・メディア提供

 クリプトンの伊藤代表が期待するのは、「創作の楽しさ」が社会にもたらす効果だ。
  「何かを作って発表すること自体がまず楽しい。そして『苦しみながら頑張った』よりも、楽しみつつ世の中の役に立っている実感を持てることが大切だと思う。ミクをきっかけに多くの人に創作の楽しみを知ってもらい、結果として世の中が幸せになればうれしい」

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