注目の先進事例が新潟県に フードバンクしばたの包括的「貧困支援」

フードバンク事業の先進事例「フードバンクしばた」本部。関連施設は新発田市内に4か所ある

かつて「日本は世界一の裕福な国」と言われたこともあった。昭和の高度成長を終えた頃は「一億総中流時代」という流行語が生まれたことも。かすむほど遠い昔に思える。平成、令和を経て日本の家庭には確たる経済格差が生まれ、貧困層が存在するようになった。特に目立つのは日本に約123万世帯と言われる母子世帯。その世帯平均年収は約200万円で、6割が年収200万円以下だという。

世界の先進国の中でも日本のシングルマザーは就労率はそれなりに高い。だが収入はかなり低レベルで、ひとり親世帯の相対的貧困率50.8%は先進国の中で最低レベル。子育て世代のシンママは正規雇用を断られるケースが多く、大部分がパート・アルバイトにとどまっており、その平均年収は約133万円。いくら児童扶養手当などがあっても、これでは子供一人を育て上げるには困難と言わざるを得ない。

ボランティアの手作業によって世帯ごとに袋詰めされる。この事業はボランティアスタッフの質の高さが事業成否のカギを握る

そうした中で近年改めて注目されている団体・活動がフードバンク。もともとはフードロス対策の一環として米国で起こったボランティアの民活で、日本では2002年に最初の団体が設立しており、現在は全国で110の団体が立ち上がっている。

企業や一般家庭から寄付された食料品を生活困窮者などに配給する活動であり、日本では農林水産省の管轄となっている。ところが今や団体の主な行動意義がフードロス対策から生活困窮者救済に完全移行しているのは間違いない。日本国内で年間に生じるフードロスは約643万トン、それに比べるとフードバンクで年間に扱われる量はどんなに頑張ってもわずかに3,000トン程度。とてもフードロス撲滅に一役買っているという数字ではない。それでもこの4年で団体の数が倍増しているのは言うまでもなく日本の貧困化が深刻なまでに進行しているからだと言える。

寄付により企業などから集まった物資は、当然ながら新品で賞味期限内の「商品」。「フードロス」とは何かを考えさせられる

新潟県にひときわ注目されるフードバンクがある。新潟県新発田市を拠点とする「フードバンクしばた」。フードバンクの先進事例として、NHKをはじめ数々のメディア露出がある。

日本のフードバンク団体の大部分が施設などにまとまって支援物資を降ろす方式をとっており、支援の必要な人は指定場所に足を運ぶ。一方でフードバンクしばたでは毎月1~2回、100%個人宅に届けている。支援回数に制限は設けていない。申請があったその日か翌日には届けているという。全国でもこのスタイルを成立させたのはしばたが初めて。そのためこの完全デリバリースタイルは「しばた方式」と名づけられた

驚くのは、フードバンク事業自体がフードバンクしばたが手掛ける事業の、ほんの一部に過ぎないという事実。こども食堂、弁当配布事業、学校制服リサイクルバンク、訪問型病児保育、学用品リサイクル事業、生活用品リサイクル事業など12の事業で支援活動を行っている。もちろん国内のフードバンクでこうまで手広く展開している例はなく、赤字を出さずに事業を成立させているという点で刮目すべきだ。

その中で最も目を引くのは「無料塾しばた寺子屋」。小中学生対象の、文字通り授業料ゼロの学習塾。教えるのは新発田市役所の若手職員。もちろん無報酬のボランティア。

「優秀な大学を出た優秀な講師が無料で教えています。ありがたいことに喜んでやっていただいていますよ」と話すのはフードバンクしばたの土田雅穂さん。土田さん自身、新発田市役所退職後にフードバンクしばたを立ち上げたのだが、寺子屋の講師をしている若手職員とはほぼ入れ違いで重なっていない。

「多くのひとり親世帯が、世帯支出の中でどうしても切り詰めざるを得ないないのが教育費。日々の生活に追われる中でどうしてもそこは二の次に。でもそれでは次世代を担う子供たちのチャンスロスになってしまう。貧困の連鎖の出口が見つからない中でなんとかしたい」

貧困家庭の子供が対象の無料学習塾「フードバンクしばた寺子屋」

生活保護世帯の子供は少なからずの割合で再び生活保護受給者になってしまうのだという。ひとり親世帯の生活支援を続けていく中で、教育費の問題は必ずぶち当たる課題。これがクリアされないと世代を超えて貧困の連鎖となってしまう。真の自立支援であればせめて次世代では貧困を抜け出してほしい、の思いがある。

そうした思いから令和4年5月に完全給付型の奨学金をスタート。貸与型でなくあくまで給付型にこだわった。一般財団法人・未来応援奨学金にいがた(愛称『しずくプロジェクト』)。土田さんは副理事長兼専務理事。給付額は高校生が1人月額5000円、大学生などそれ以上の学生には月額3万円。対象者は経済的に困窮する世帯で新潟県内に在住の学生、新潟県出身で県外在住の学生。審査基準は学力よりも「貧困状況」と「本人の勉学に対する姿勢」を重視する。

「大学生1人を支援するのに年間36万円かかる計算に。地元企業様に寄付をお願いする際には『大学生〇人の面倒を見てほしい』という言い方をしたら多くのご賛同を得られた」(土田さん)。

初年度は420人の応募(高校生180人、大学・専門学校生240人)があった。このうちなんとか支援にこぎつけたのは高校生70人、大学・専門学校生30人。実績といえる数字にたどり着いたが、先は長い。

「なんとかより多くの企業にご賛同をいただいて、学びたくても学ぶことができない子供を救ってあげて欲しい」と土田さん。

これだけの事業を成立させている同施設のボランティアスタッフや寺子屋の講師を務める新発田市役所の若手職員を見ていると、多くの人々に「社会の役に立ちたい」という潜在意識はかなりの確率で備わっているものだ、と感じる。こんな世の中でしみじみ救われる思いだ。

(文・撮影 伊藤直樹)

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