不機嫌ハラスメントはなぜ起きるのか−−脳科学者が明かす「フキハラ」の正体

不機嫌な態度をとることで、相手に不快な思いをさせたり、過剰に気を遣わせたり、精神的な苦痛を与える不機嫌ハラスメント、通称「フキハラ」。本人の意図に関わらず起こりうるため、日常の中で被害者にも加害者にもなっている可能性があります。

慶應義塾大学教授で脳科学者の満倉靖恵 氏の著書『フキハラの正体 なぜ、あの人の不機嫌に振り回されるのか?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)より、一部を抜粋・編集してフキハラの実態を解説します。


「いいこと」には鈍感で、「嫌なこと」には敏感な脳

「脳波」という現象を捉えて感情を可視化すると、「どういう刺激に対して、どういうふうに反応するか」という「脳の癖」を知ることもできます。

そこで、ここからは、脳波が映し出す脳の意外な姿についてお話ししていきましょう。

最初にご紹介したいのは、「いいこと」と「嫌なこと」に対する反応の違いです。

まずは「いいこと」への反応のほうから見てみましょう。

データ1 ─ 1は、動物が大好きな被験者に可愛らしい動物の映像を見てもらい、その後の1分間で「快適度」や「満足度」といったポジティブな感情を示す脳波に変化があるかを調べた結果です。なお、映像は、実験前の一度だけ見てもらいました。

「快適度」を示す脳波も「満足度」を示す脳波も出てはいますが、その上昇カーブはかなり緩やかです。表現としては、じわじわと上がっていく、というのがぴったりでしょう。

「好きな果物を食べてもらう」「体を包み込むソファに座る」「好きな音楽を聞かせる」など、種類の違う「ポジティブなこと」に対する反応も同様に調べましたが、脳の反応の鈍さは同様でした。美味しいものを一口食べた瞬間に「ああ、幸せ〜」などと私たちはよくつぶやいたりしますが、どうやらそれは単なる思い込みで、実際には食べた直後に幸せ度が急激に上がったりはしないと考えるほうが良さそうです。

では、「嫌なこと」に対する反応はどうなのでしょうか。

それを調べるために、手術中のグロテスクな映像を見てもらいました。この被験者は、血を見るのが大嫌いだったので、これは相当に「嫌なこと」であるはずです。もちろんこちらも、映像を見るのは実験前の一度だけで、その後1分間の感情を示す脳波の変化を調べています。

その結果がデータ2 ─ 1です。

データ1 ─ 1とは、明らかに脳波の形が違います。「嫌度」を示す脳波も「ストレス度」を示す脳波もいきなり(3秒以内に)強く出ているので、これは映像を見た直後に反応しているといってよいでしょう。

こちらに関しても、「苦手な食べ物の写真を見せる」「キーンという金属音を聞かせる」「チクチクするセーターを着てもらう」など、「嫌なこと」の種類を変えた実験も同様のやり方で行いましたが、どんな「嫌なこと」に対しても反応の速さは同様でした。

つまり脳は「嫌なことを」に対しては非常に敏感に反応するのです。

「嫌」には執着し、「心地良さ」はすぐに忘れる

反応の速さでは、かなりの大差をつけ「ネガティブな感情」のほうに軍配が上がりました。では、感情の「持続力」のほうはどうでしょうか。スロースターターだった「ポジティブな感情」のほうが一転して、「ネガティブな感情」を上回るのでしょうか?

まず、データ1 ─ 2を見てください。

これは、データ1 ─ 1のその先、つまり、可愛らしい動物の映像を見てから40分間の感情の変化を示す脳波です。

「満足度」を示す脳波も「快適度」を示す脳波も「満足度」を示す脳波のほうは出続けているものの、「快適度」の脳波のほうは低いレベルにすっかり落ち着いてしまいました。

可愛らしい動物の映像を見たことで感じたはずの「快適さ」はほとんど維持されていないと考えてよいでしょう。

一方のネガティブな感情のほうはどうでしょうか。

データ2 ─ 2は例のグロテスクな映像を見たあと40分間の感情を示す脳波の変化です。

「嫌度」を示す脳波も「ストレス度」を示す脳波もまったく治まる気配がないどころかむしろより強く出ています。

念の為繰り返しますが、「グロテスクな映像」を見たのはたった一度だけです。それなのに、ストレスや嫌な気分は、その後40分間にもわたって続いているのです。ストレスのほうが少し先行しているように見えるのは、「ストレス」が溜まることで「嫌」な気分になっているということでしょう。

つまり、私たちの脳は、「いいこと」に対する「快適さ」について、あっさりと手放してしまう一方で、「嫌なこと」に対する「不快感」や「ストレス」をしつこく抱き続けるという困った傾向があるのです。一日中ずっと上機嫌でいることはなかなか難しいですが、イライラした気持ちのまま一日を過ごしてしまう、ということはよくあるのではないでしょうか。

それも「ポジティブな感情は長続きしないのに、ネガティブな感情は長々と引きずる」という「脳の癖」のせいなのです。

人の興味はうつろいやすい

もう一つ、「ポジティブな感情」の持続力に関する実験の結果も、ご紹介しておきましょう。

データ3は、好きな俳優の新作映画の予告編を見た後の被験者の「興味度」を示す脳波の変化です。

予告編を見たことで高まったと思いきや、あっという間に弱くなっています。

実は、この実験では、ちょっとした仕掛けがあり、予告編を最後まで見せずに途中で止めています。そうすることで「もっと見たい」という渇望感が刺激され、より強い興味をもつようになるのではないかと考えたからです。

ところが結果は意外なものでした。

「興味度」を示す脳波はすぐに弱まってしまったのです。あまりにも弱まったので、20分後に残りの予告編の一部を見てもらいました。途中一旦持ち直したように見えるのは、その効果でしょう。

けれども結局その後も「興味度」を示す脳波は弱まってしまいました。

つまり、人の脳は「興味」も長く維持することができないのです。

テレビ番組では、よく、視聴者の興味を盛り上げるため、さんざん盛り上げたあと肝心の場面の前にCMを挟む手法が取られているようですが、興味を維持させることが狙いなのであれば、脳波を見る限り、もしかしたら、それはあまり効果がないといえるかもしれません。

ポジティブな感情を長続きさせる方法は?

ここまでの話で、たった一度の「ポジティブな刺激」による「ポジティブな感情」は長続きしないことがおわかりいただけたかと思います。

だとしたら、「ポジティブな刺激」を与え続ければ、「ポジティブな感情」を長続きさせることはできるのでしょうか?

そこで、事前に可愛らしい動物の映像を見たあと、「快適度」を示す脳波や「満足度」を示す脳波が出はじめた被験者の脳波測定を継続し、それらの脳波が弱まったタイミングで、再度同じ映像を見てもらうという実験を行いました。

その結果がデータ4です。

映像を見た直後は「好き度」を示す脳波は確かに持ち直しますが、しばらくするとまた下がってきます。その後また刺激を与えれば持ち直す、の繰り返しです。

つまり、この結果からは、ポジティブな感情を長く持ち続けるには、ポジティブな刺激を繰り返し与えることが大事だということがわかります。

好きな音楽や映像を流し続けていたり、好きな香りを部屋に漂わせておくと、比較的長い時間心地よく過ごすことができるのは、そうやってポジティブな刺激を与え続けることで、ポジティブな感情を維持することができるからなのです。

フキハラの正体 なぜ、あの人の不機嫌に振り回されるのか?

著者:満倉 靖恵
[(https://www.amazon.co.jp/dp/4799329170)※画像をクリックすると、Amazonの商品ページにリンクします
職場で・家庭で・学校で…あなたは大丈夫?
「フキハラ(=不機嫌ハラスメント)」被害拡大中!
最新の脳波研究でわかったメカニズムと対策大公開!!
【「フキハラ」とは?】
「不機嫌ハラスメント」の略。
不機嫌な態度をとることで、相手に不快な思いをさせたり、過剰に気を遣わせたり、精神的な苦痛をあたえること。本人が意図している/いないに関わらず起こりうる。

© 株式会社マネーフォワード