親と子の“心の距離”に悩む全ての人へ オスカー受賞『ファーザー』に続く新作『The Son/息子』監督インタビュー

『The Son/息子』© THE SON FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2022 ALL RIGHTS RESERVED.

認知症の父親を本人の視点から描き、アカデミー賞主演男優賞と脚色賞を受賞した『ファーザー』(2020年)のフロリアン・ゼレール監督が、再び自らの戯曲を原作に、新たな家族劇の傑作を送り出した。

『X-MEN』シリーズや『グレイテスト・ショーマン』(2017年)でおなじみヒュー・ジャックマンを主演に迎えた映画『The Son/息子』は、日本でも2021年に上演されたゼレールによる戯曲「Le Fils 息子」に基づく、長編監督2作目だ。

ゼレール監督が語る創作のプロセスとこだわり

優秀な弁護士のピーター(ヒュー・ジャックマン)は、妻・ベス(ヴァネッサ・カービー)との間に子どもが生まれたばかり。充実した生活を送っていたが、ある日、前妻のケイト(ローラ・ダーン)が自宅にやってきた。17歳の息子・ニコラス(ゼン・マクグラス)が、父のピーターと生活したいと主張しているのだ。心に病を抱えるニコラスを支えたいピーターは、我が家にニコラスを迎えることを決める。ところが父子の関係はうまく噛み合わず、家族には不穏な空気が流れはじめ……。

家族の葛藤を描く緊迫したストーリー、緻密な心理描写は『ファーザー』に続き本作も健在。今回は「舞台から映画への翻案」をキーワードとして、ゼレール監督に創作のプロセスとこだわりをじっくりと訊いた。

「アンソニー・ホプキンスの登場シーンは舞台にはなかった」

―これまで多くの戯曲を執筆されていますが、『ファーザー』の次回作として「Le Fils 息子」の映画化を選ばれたのはなぜですか?

実は『ファーザー』が完成する前から、次に映画を撮るなら「Le Fils 息子」にしようと思っていたんです。とても個人的なところから生まれた作品だったので、自分にとって大切な物語ですし、ただ物語を伝えるだけでなく、多くの方々に共感してもらえる映画にできると感じていましたから。この世界には傷ついている人も、そういう方々を支えたい人もたくさんいます。しかし、(劇中で描かれるような)問題は無視されたり、不名誉や罪だと考えられたり、強い否定が起きたりするもの。だからこそ、そういった議論のきっかけになりうる物語を描きたかったんです。

(「Le Fils 息子」を)パリで初演したのは5年前のことですが、当時とても感動したのは、毎日の公演が終わるたび、観客の皆さんが自分の体験を聞かせてくれたことでした。「あなたの言いたいことはよくわかる、私の娘の場合は……」とか、「私の息子は、私の叔父は、私の友人は……」という話をたくさん語っていただけたんです。その時、多くの人々が無力な状況に置かれていることを実際に感じることができた。僕たち自身や、あるいは手助けが必要な方々を支えるために、僕たちは話し合う必要があるのだと強く感じましたし、この物語はそのきっかけになるのだと思いました。

―空間的制限のある舞台から、より広い空間に飛び出していける映画へ。ご自身の戯曲を脚本に翻案する上で大切にしたことをお聞かせください。

すべての物語には唯一無二の個性がなければいけない、と僕は考えています。舞台を映画に翻案する時、いつも真っ先に考えるのは、「より映画的にするため、室内ではなく室外での新たなシーンを作ろう」ということ。しかし『ファーザー』ではそれをせず、全編をマンションの中で展開しました。マンションを主人公の心理的空間のように描くことで、自分を見失った人物の混乱を観客に体験してほしいと考えたのです。そこに屋外のシーンを加えてしまったら、そういった物語上の狙いやコンセプトが台無しになってしまいます。

しかし『The Son/息子』は、むしろ『ファーザー』とは真逆のシンプルかつ直線的な作品にしたいと思いました。この物語を、変えることのできない運命に向かって突き進んでいく悲劇のように感じてもらいたかったのです。現実世界で目に見えない問題に挑む以上、複雑な構造やギミックに頼らず、なるべくシンプルに、テーマを真正面から見据える作品にしたかった。だから直線的な物語になりましたし、それゆえ新しいシーンを作ることができました。

アンソニー・ホプキンスの登場シーンは舞台にはなかったものですが、不思議なことに、この映画では極めて重要な場面になったと思います。翻案の過程でピーターの物語を考えていた時、ピーターが現実を正しく認識できない理由を掘り下げるべきだと感じました。この映画は、きちんと直視すべきこと、話し合うべきことをまるで見ていないピーターの性質を描いた作品でもあるからです。

「劇作家と映画の脚本家はまったく異なる仕事」

―「映画的に」という言葉が出ましたが、監督にとって「映画的」とは一体どういうものでしょうか?『ファーザー』に続いて共同脚本を手がける、クリストファー・ハンプトン氏との作業で見つかることもあるのでしょうか。

僕はフランス人で、いつもフランス語で執筆をしています。『ファーザー』の脚本は英語で書きましたが、それは、あの映画は僕の見た夢から始まった作品で、最初に唯一思い描いたのがアンソニー・ホプキンスの顔だったからです。彼に出演してもらいたい、そのためだけに英語で脚本を書きました。だから『The Son/息子』を作る時は、再び英語の作品にするのか、今度はフランス語の映画にするのかと考え直す必要がありました。

今回も英語で書こうと決めたのは、この作品をフランスの物語にも、イギリスの物語にも、もっと言えばアメリカの物語にもしたくなかったからです。もっと普遍的な作品にしたかった。その時に思いついたのが、舞台をニューヨークに置き換えることでした。「アメリカの物語にしたくなかったんじゃないの?」と思われるかもしれませんが、僕にとってのニューヨークとは、世界中から人々が集まる、いわば世界の交差点のような場所。そしてこの物語は、世界中のどこにでも、また誰の身にも起こりうることです。だからニューヨークを舞台にしつつ、この土地をあまり具体的に描かないことで、より普遍的な物語にできると思いました。

クリストファー・ハンプトンに参加してもらったのも、やはり普遍的な物語を目指すため。実際の作業では、はじめに僕がフランス語で脚本を書き、それをハンプトンが英語に訳してくれました。言ってみれば、この作業が議論のスタートで、僕は彼の質問に英語で答えていくわけです。そして、脚本の最終稿を一緒にまとめていく。作業自体は『ファーザー』と同じでした。もともとハンプトンは僕の戯曲をすべて英訳してくれているので、僕の作品にとても詳しいし、原作のことも熟知している。とても密なコラボレーションができました。

―舞台はラディスラス・ショラー氏の演出ですが、本作はゼレールさん自身が監督を務めています。ショラー氏は戦友のような存在なのか、それとも同じ戯曲を演出する以上はライバルに近いのでしょうか? 舞台の演出に影響を受けたところがあればお聞かせください。

「Le Fils 息子」のワールド・プレミアは、ラディスラス・ショラーがパリで演出してくれたもの。彼が創ってくれたものは、もちろん僕にとって非常に大切な存在です。けれど、劇作家と映画の脚本家はまったく異なる仕事だと思っています。

映画の場合、脚本家はまさに「脚本を書く」のが仕事で、実際の映画として「物語を描く」のは監督の仕事。しかし舞台の場合、実際に物語を描くことが劇作家の仕事です。そもそも関わり方が違うわけですね。ラディスラス・ショラーとは何度も一緒に創作を続けてきたので、同じものを共有していると思うし、僕は彼を心から信頼しています。彼は非常に繊細で、穏やかで、そしてクレバーな人なんですよ。

実際のところ、舞台の存在が僕の作りたい映画のありかたを決めてくれた部分はあります。しかし興味深いのは、舞台(「Le Fils 息子」)が世界各国のさまざまなプロダクションで上演されていること。そんな中で映画を作る以上、自分が描きたいことを、自分が描きたい方法で的確に表現しなければいけません。

舞台はライブの芸術ですから、常に進化していきますし、「生もの」であることが大きな美点です。一方で映画の美点は、少なくとも2時間のあいだは物語の世界を信じてもらえることですし、自分の思い描く物語の決定版を作れること。ずっと伝えたかったものをきちんと形に残せる、それが映画づくりの面白さですね。

「ハンス・ジマーに“君はクリストファー・ノーランよりも大変な人だ”と言われました(笑)」

―本作『The Son/息子』と『ファーザー』にはいくつかの共通点が見受けられます。とりわけラストシーンは印象的ですが、これは意図的な選択だったのか、ご自身の描きたい物語に従った結果の偶然なのか、どちらでしょうか?

もちろん意図的なものです。物語は別物ですし、構造的にも真逆の作品ですが、2本の映画には秘密の繋がりを作りたいと思っていました。なぜなら『ファーザー』と『The Son/息子』は、『The Mother(原題)』を含む3部作のうちの2作品だから。

それぞれ登場人物が異なり、物語も独立した3部作ですが、僕自身は観客として、「本来は繋がっていないはずなのに、なぜか繋がりを探したくなる物語」が好きなんです。そういう物語を作ることができれば、観客が自発的に作品の意味や美点を探ってくれる。僕もクシシュトフ・キェシロフスキ監督の『トリコロール』3部作を観た時に、そんな経験をしました。ですから『ファーザー』と『The Son/息子』の共通点は意図的なもので、ラストシーンもそのひとつです。

―本作の音楽はハンス・ジマー氏が担当されています。数々の大作映画を手がけられ、壮大な楽曲のイメージも強い方ですが、この静かな作品にハンス氏を起用した理由をお聞かせください。

おっしゃる通り、彼(ハンス)の楽曲には力強い、壮大な側面があります。ただし、彼は『インターステラー』(2014年)のような映画も手がけている。『インターステラー』は宇宙を舞台にしながら、父と娘の密な関わりを描いていて、僕は傑作だと思っているんです。ですから、彼と仕事をすることに純粋な憧れがありました。敬愛する方と一緒にお仕事ができるのは大きな喜びですね。

ハンスはヨーロッパでコンサートのツアーをしていたので、ベルリンのホテルで彼に会いました。撮影後はロンドンやチューリッヒまで彼を追いかけて、この映画ならではの音楽を一緒に探りましたね。まるで何もないと思えるほど微細な表現にしたかったんです。非常に抑制されたドラマなので、何もないかのような情緒を探りたかった。

彼とはいろんなことを試し、ずいぶん長く話し合い、アメリカのサンタモニカでも会い、最終的にはロンドンでレコーディングをしました。前日、「君は本当に大変な人だね、クリストファー・ノーランよりも大変だ」と言われたんですよ。褒め言葉として受け取りました(笑)。

取材・文:稲垣貴俊

『The Son/息子』は2023年3月17日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

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