「家族が飢えて魔が差した」北朝鮮のある父親の悲劇

世界最悪の人権侵害国と呼ばれる北朝鮮。その北朝鮮の中でも、さらなる人権侵害が行われているのが拘禁施設だ。受刑者は、人間としてまともな扱いを受けられず、衛生・栄養状態が劣悪なことはもちろんのこと、暴言、暴力、性暴力が蔓延り、死亡したとしてもきちんと葬られることはない。

核実験場で世界的に名が知られた咸鏡北道(ハムギョンブクト)の吉州(キルチュ)にある労働鍛錬隊(短期刑の人を収監する施設)では、受刑者が死亡する事件が起きた。現地のデイリーNK内部情報筋が起きた。

事件が起きたのは先月末のこと。労働鍛錬隊の受刑者だった40代男性のチェさんは、他人の家に盗みに入ったところを逮捕され、労働鍛錬隊に入れられていた。食糧難の深刻な北朝鮮では、食べる物欲しさゆえの窃盗が多発しているが、チェさんもその一例だ。

妻が営む店が経営に行き詰まり、収入が途絶え、家族が丸3日何も食べられない状態となった。追い詰められたチェさんは空き巣に入ったところを逮捕された。当局は、同様の窃盗が多発していることから、こうした事例では理由の如何を問わず、無条件で労働鍛錬隊送りにしている。

チェさんは先月下旬、住宅建設に動員され労働鍛錬隊の外に出ることができた。その機会に逃走を図ったが、すぐに戒護員(看守)に見つかり、激しい集団暴行を受けた。彼が倒れてようやく暴力は止まったが、すでに意識がない状態だった。事件は労働鍛錬隊の隊長に報告され、チェさんは病院に搬送され治療を受けているが、未だに意識が戻らない。

この事件の話はすぐに地域に広がり、同情と怒りが広がっている。

「家族が(餓死の)危機に瀕したから泥棒をしてしまっただけなのに、危篤に追い込むなんて胸が痛む。人をあんな風にした戒護員は処罰を受けるどころか、微塵の罪悪感すら感じず、大手を振って歩いている。それを見て、チェさんの家族だけでなく住民全員が激怒している」(情報筋)

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