【トミー小笹の米国メカニック通信:1】身体よりもココロが疲れた初めてのデイトナ24時間

 F1をはじめ、世界のさまざまなモータースポーツシーンで、日本人が活躍している昨今。アメリカを舞台に戦われるIMSAウェザーテック・スポーツカー選手権のトップカテゴリーでも、ひとりの日本人メカニックが奮闘しています。

 このコラムでは、BMWのワークスチームで働くベテランメカ・小笹氏の目線で、レースの裏側やアメリカでの生活、異国で働くことの醍醐味などを、硬軟ごたまぜに、ユルユルと紹介していきます(月1回程度の更新を予定)。

■インディカーとIMSAでは“言語”も違う!

 日本のレースファンの皆さんこんにちは、メカニックのトミー小笹です。以前はトムス、ニスモなど日本のチームでメカニックをしていましたが、昨年からアメリカで働いていまして、今年からはIMSAのGTPクラスに参戦するBMW Mチーム RLLで、24号車BMW Mハイブリッド V8を担当しています。

著者近影

 なぜアメリカに渡ることになったか? そんなお話は次回以降にするとして、今回はドタバタのうちに終了したIMSA開幕戦デイトナ24時間レースの裏話からさせてください。

 インディアナポリス郊外にあるRLLで働き始めたのが1月の5日。その時点でマシンは2台ともほぼ組み上がっていましたが、自分としても新しい車両なので、デイトナテストまでの1週間ちょっとの間に覚えることがたくさんあり、大変でしたねぇ。

 なにしろ去年やっていたインディカーとは、パーツの呼び名からして違う。バッテリーのことをESSと言ったり、MGUのことをERSと呼んだり。そのERS用のクーラーの冷却用ホースはこうつないで、エア抜きはこうして……といった感じで、新しいことを一気に覚えなきゃいけないので、最初は本当に大変でした。もう慣れましたけどね。

 そんなこんなでデイトナに乗り込むと、24号車のアウグスト・ファーフス選手と再会。彼とは直接仕事をしたわけではなく、ロニー(・クインタレッリ)やJP(デ・オリベイラ)を通じて顔見知りになっただけなのに、覚えていてくれたのは嬉しかったです。

 デイトナは、とにかく人が多かった、という印象ですね。観客じゃなくて、BMW側から来るスタッフの数が……。

デイトナのパドックの様子。ガレージエリアとピットが離れているので、移動はそれなりに大変

 その前に、RLLのスタッフ構成をざっと説明しましょうか。

 メカニックサイドで言えば、普段ファクトリーで働いているシャシーメカは自分も入れて5人。基本はこの5人で、Tカー含めた3台をメンテしています。サーキットの現場ではそこにギヤボックス担当ふたり、ダンパー担当ふたり、カーボン(ボディ)担当ふたりが加わります。

 驚いたのは、1年間延々カッティングシートを貼る部署がある、ってこと。その部署からひとりがIMSA専任という形で現場にやってきて、ずーっと細かいステッカーを貼り替えたりしてるんですよ。ちなみに彼は、レースの時は給油を担当してます。あとはトラッキーが3人いるのと、デイトナとセブリングだけだと思いますがチームWRTなどからも応援部隊が来ていました。

 エンジニア側では、1台につきチーフエンジニア、パフォーマンスエンジニア、データエンジニアという3人がいるので、RLLからはエンジニアは6人です。

 だいたい以上がRLL側の現場スタッフなのですが、デイトナにはBMWからわんさかスタッフがやってきて、それはそれは大変な騒ぎでした。エンジンとか電気関係とか、RLL側のざっと倍以上のエンジニアの人たちが、BMWからやってくるんです。さらには、(ベースシャシーの)ダラーラのスタッフもいますし。

 クルマそのものが新車なのも大変ですが、組織も現場では膨れ上がるので、そのあたりも開幕戦はバタバタだった印象があります。このあたりはレースを重ねていけば、もっとしっかりとした組織になっていくと思います。

デイトナでのBMW Mチーム RLLのスタッフ集合写真。2台の車両を走らせるのに、これだけの人数が働いている
アメリカンなピットスタンド。とにかくデカく、収容人数も多い

■ハイブリッド車は“待ち時間”が長いのよ……

 メカニックの作業的には、ハイブリッドの担当者がいないとクルマを自由に触れない、という安全面からの制約が、ちょっと大変でした。レースウイークでも『待ち』の時間が増えてしまうんですよね。バッテリーを下ろしてチェックしてまた載せるとなると、1時間とか1時間半くらいはかかってしまう。単純な載せ替えならもう少し早くできるのですが、チェックしている間は自分らが手を出せない時間帯も結構あるんで……。結果、デイトナでの労働時間は、結構長かったですねぇ。

 朝もバッテリーのセーフティチェックから始まり、毎日セーフティ・ミーティングもあって……と、その辺はBMWが他のメーカーよりも安全面には気を遣って作業していたように見えました。

 あと、時間がかかる要因のひとつとして車検で3Dスキャンをやることがあるのですが、また別の機会に紹介しますね。結構すごいんですよ、これ。

 ちなみに24時間のレースウイークのスケジュールだと、ル・マンが一番楽だと思います。予選日も走行は午後からだし、決勝スタート前日の金曜には走行がないですしね。

 でも、デイトナは朝から晩までやたらと走ってるし、決勝前日の金曜も走る。しかも金曜夜のセッション、当初チームとしては走るつもりがなかったのに、BMWが確認したいことがあるということで、走らせることになったり……いやぁ、大変でした(笑)。

 決勝中のピット作業では、自分はフロントのタイヤセッターといって、ウォールの内側からタイヤ交換するメカをサポートする役割でした。

 IMSAは給油中に作業してもいいので、それほど慌てる必要もないし、実際決勝中も大きな問題は何も起きなかったんじゃないかと思います。25号車の方は、最初のルーティンピット前にMGUとバッテリー交換という大作業になってしまってましたけど、24号車の方は比較的順調に走ってたので、ルーティンの合間合間には寝ることもできましたね。

 総合的に振り返ってみると、体力的というよりは、精神的な疲れの方が多かったかなと思います。気疲れってやつですね。初チームの初仕事で、いきなりビッグイベントのデイトナなんで、しょうがないですよね。結局、自分でどうにもできないことでイライラしても仕方がないんだから、待たなきゃいけないんだったらその時間は休息にあてる……そんなことが大事だなと思いました。次回以降は、いろいろと作業効率も改善されると思います。

写真一番右で見切れかけているのが作業中の筆者。どうやら第2戦では役割が変わりそうで……

■セブリングで“タイヤ交換デビュー”かも……

 最後に、小話をひとつ。みなさんも見たことあるであろう出場全車の集合写真撮影、大変でしたけど結構楽しかったですよ。

デイトナ24時間恒例、レースウイーク前の全車撮影の様子

 何しろ全車を並べるので、めちゃくちゃ時間がかかる。あと、デイトナのスタート/フィニッシュラインのオーバル部分ってかなりバンクしているんですけど、その境目のところでマシンのアンダーを擦っちゃうチームがあったりして。

 しかも、その内側の芝生の部分って、決勝前までは立ち入り禁止らしく、あそこをショートカットして歩いちゃいけないんですね。でも、舗装のところを歩くとなるとめちゃくちゃ遠回りなので、コソっとショートカットしようとした人がいたんですが、すぐに警備員がすっ飛んできてめちゃくちゃ怒られてました(笑)。

車両整列中のオフショット。写真以上に、実際のバンクは急角度

 デイトナが終わってほっと一息かと思いきや、2月にはセブリングでのテストもあり、またもフロリダへ。概ね順調なテストになりましたし、湖の前から見た日の出も綺麗でしたねぇ。

セブリングは湿地帯。宿の前の湖に登る朝日はビューティフル!

 というわけで、いまは第2戦セブリング12時間(3月18日決勝)に向けて、いろいろ準備を進めているところです。で、なにやらセブリングでは、IMSAのタイヤ交換デビューしちゃうかも……そのあたりはまた次回、報告します!

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