主演 寛一郎 演出 ウィル・タケット『カスパー』開幕 社会と人間、人間と社会。

ノーベル文学賞受賞作家でもあるペーター・ハントケによる衝撃作『カスパー』。これが初舞台となる寛一郎が主演、3月19日に東京芸術劇場シアターイーストにて開幕。
寛一郎を支えるキャストに、バレエやコンテンポラリーダンサーとしての華々しいキャリアを持ちながら、俳優活動でも注目の首藤康之が、カスパーをことばの世界へと誘い、調教する3人の謎の男“プロンプター”の一人を演じる。
昨年『ピサロ』でウィル・タケットとも組み、大いに信頼されている下総源太朗、そして文学座若手俳優の萩原亮介がプロンプター役として参加。さらにカスパーの分身役として、小野寺修二作品の常連俳優でもある王下貴司、麿赤児率いる舞踏集団の大駱駝艦から、高桑晶子、小田直哉、坂詰健太、荒井啓汰といった精鋭艦員が出演。

諸注意がアナウンスされる。それから大きな音とともに急に客電が落ちて真っ暗になり、パッと舞台上が明るくなる。そこに横たわっているのはカスパー(寛一郎)、この作品の主人公だ。周りには黒っぽい服を着た集団(王下貴司、高桑晶子、小田直哉、坂詰健太、荒井啓汰)これはカスパーの分身。

カスパーは実在の人物でドイツの孤児。16歳頃に保護されるまで長期にわたり地下の牢獄(座敷牢)に閉じ込められていたとされる。発見後に教育を施されて言葉が喋れるようになり、自分の過去を少しずつ語り始めるも、詳細が明らかになる前に暗殺されたが、鋭敏な五感を持っていたことでも有名である。彼の数奇な一生は研究書から文学、音楽など様々なジャンルで取り上げられている。だが、ここに登場するカスパーは実在したカスパーではないことは観客はすぐにわかる。分身たちがカスパーの手や足などを持って彼を動かす。

彼は一つのセンテンスを喋る「僕はそういうような前に他のだれかだったことがあるような人になりたい」、ただその抑揚、喋り方はそのセンテンスの言葉を意味を理解して喋っているようには見えない。ただ『音』を発する、そんな風情。いきなり「社会」に、閉ざされた場所から開かれた場所へいきなり出てきたカスパー、よって普通の人間には見えない、喋り方、歩き方、全てが。

分身とは別に謎の男たち3人(首藤康之、下総源太朗、萩原亮介)がいる、スーツを着ている。なんとなく着ているわけではない。スーツ自体は1850年代にイギリスで誕生したと言われている。様々な変遷を経て現在のような形になったが、マインドとしては「上流階級としての意識やステータス」、そして程なくしてスーツは「社会的信用の象徴」に。この謎の男たちはプロンプター。カスパーに「言葉」の使い方などを教える。いきなり社会に放り出されたカスパーは、スーツ姿のプロンプターたちとは真逆な存在で、カスパーなりに必死に知っている唯一のセンテンスを駆使するが、そこには苦しみと混乱とがまさに混在、迷い、もがく。

時間が経過するに従ってカスパーは学んでいく、どうしたら、この社会で生きていくのかを。順応力と理解力、話し方、挙動んなどに変化が見られる。その変化、つまり、社会化、言葉を自由に操り、理解する。だんだんと挙動や喋り方などが「普通」になっていく。
この難しいキャラクターを初舞台であり、初主演の寛一郎が演じるのだが、基本的にずっと舞台上にいる。特に出だしのシーンは、カスパーが社会に出てまもない場面は、今日、そのような人は実際にはいないので役作りや仕草、声のトーンなどかなり大変だったと思うが、辿々しく、意味のない音としてセリフを発する場面では、その抑揚などに工夫の跡があり、そこから急速にプロンプターによって「社会化」されていくカスパーを好演。その一挙一動は見逃せない。分身役の3人、3人3様の雰囲気がありつつも、3人で一体となっている様が時には不気味な空気感を纏い、時には不思議な存在感を放つ。彼らの言葉に合わせてカスパーが動く場面もあり、観客はビジュアル的にもカスパーが変わっていく姿を感じ取ることができる。また分身たち、カスパーとともに常にいるわけではないが、特に出だしのシーンは印象的で、アーティステックな空気感。

カスパーは中盤ぐらいで「自分が自分であること」や「自分は社会に存在している」という認識を持ち始め、一種の風格、佇まいを見せ始め、演説を始める。歓声が聞こえる。カスパーが「社会化」されることは彼にとってどういうことなのか、言葉を理解していなかったカスパーと言葉を理解し、社会においての自分の存在の仕方を覚えたカスパー、そこには雲泥の差がある。人が人であること、今、そこにいること、社会と人間、社会は人間が作り出したものであるが、それは果たして人間にとってはどうなのか?明快な答えはそこにはない。ないからこそ面白い、深い。おおよそ70分ほどの上演時間だが、そこに横たわっていることはとてつもなく深淵で哲学的だ。

公開稽古の前に簡単な会見があった。登壇したのは主演の寛一郎とプロンプターの首藤康之、演出のウィル・タケット。

カスパー役:寛一郎
この日までやれることはやったのかなとは思います。そしてこの一か月間、本当に皆さんに助けられ、恵まれた環境の 中で、やっと明日の初日を迎えられるという気持ちでいます。 「カスパー」という作品に惚れ込んだから、今までやるつもりがなかった舞台の仕事を受けました。この戯曲は言葉を 大事に扱っていて、僕らが普遍的に使っている“言葉“というものの本当の意味を、ちゃんと理解したうえで僕らは言葉 を使っているのか、ということも含めてこの舞台を、今これをやりたいという僕自身の思いがあり、自分の意気込みとい うことで「最初で最後」の舞台と思って臨んでいます、ネガティブな意味ではなく。映像にはある程度の瞬発力が必要 なんですけど、舞台は持続性と持久性と自分を客観視しながら常にやらなきゃいけないという戸惑いと違和感が最初 はありました。(演出の)ウィルさんには愛のある教鞭をとって頂いて…。稽古場では「なにくそ!」と思いながらやって いました(笑)

プロンプター役:首藤康之
とても難しいお芝居であり脚本なので、最初は、本を理解する前にはすごく時間がかかりましたが、日々の稽古を重 ねて、すべてを理解しているかどうか、不足している部分もあるかもしれません。でもこれから本番が始まって学ぶこと も出てくるなと思いながら、とにかく稽古したことを出していきたいと思います。この作品の魅力は、皆さんストーリーを ご存知かもしれないですが、16 年間牢獄に閉じ込められて社会から遮断されて生活を送っている中で、そこから一 つずつ「言葉や様々な社会のルールや秩序」を学んでいくという話です。そこで我々が、カスパー自身が何を思い考 え、何を見ていたかという物語だと思うんです。今の時代と無理やり結びつけるつもりはないのですが、今の情報過多 な社会の中で生きている僕たちにとっては、とても必要なテーマを投げかけられるという話で、僕はこれを読んだ時 「皆、一回カスパーに戻らないといけないな」と思いました。そんなところを観に来ていただける方にも、考えていただ けたら嬉しいなと思っています。自分のプロンプターという役は、カスパーに力や言葉、それを含めた通常社会のル ールや秩序などを調教していく役目です。ちなみに、バレエを披露するシーンは、ありません(笑)

演出:ウィル・タケット
日本の素晴らしいスタッフとキャストに恵まれた作品で、稽古場に入ってから苦労はありませんでした。英国で一人で 台本に向き合っている時が最も苦しい時間でした(笑)。(本作が初舞台となる寛一郎さんについて)本当にかわいそ うです、初舞台が僕と一緒で本当に申し訳ない(笑) 彼には素晴らしい芝居をしていただいております。多分、映像 に早く戻りたいと思われているかもしれないですけど、また舞台やってほしいです。もう戻ってはだめですよ(笑) この芝居自体は、「自分たちが、なぜ人間であるか」ということであったり、「なぜ人間が社会に入れるか、社会でやっ ていけるか」ということを問いかけることが本質的なテーマとなっています。 言葉は、お互いに攻撃し合うことに使ったりしますし、お互いに励まし合ったりすることにも使うこともある。今の社会で はツイッターや SNS で、「言葉の選択」に気をつけながら生きています。そういう部分は、共通していると思います。メ ディアで言葉を使うことで、言葉の使い方よってはいろんな影響を与えるので。舞台の難しさは、撮り直しがきかない ことですが、良い点は、カメラの前にずっといなければならないということがないことです。舞台は、映像とは違う自由 さがあります。それは、お客さんの反応だったり、劇場のお客さんとの気持ちの交換だったり、70 数分間、同じ時間を 皆さんと共感できる。役者がお客さんに届けて、逆に、お客さんからも役者はもらうことができる。だから、寛一郎さん は、演劇(舞台)をもっとやった方がいいですよ。もし再演があれば、ぜひ。

<インタビュー記事>

概要
公演名 『カスパー』
日程・会場:
東京:2023年3月19日(日)〜3月31日(金) 東京芸術劇場シアターイースト
大阪:2023年4月9日(日)14時 松下IMPホール
作 ペーター・ハントケ
翻訳 池田信雄
演出 ウィル・タケット
美術 久保田悠人
衣裳 林道雄
照明 佐藤啓
音響 井上正弘
ヘアメイク 山本絵里子
舞台監督 深瀬元喜
プロデューサー 毛利美咲
出演:
カスパー・ハウザー 寛一郎
プロンプター 首藤康之
下総源太朗
萩原亮介
カスパーの分身たち 王下貴司
高桑晶子(大駱駝艦)
小田直哉(大駱駝艦)
坂詰健太(大駱駝艦)
荒井啓汰(大駱駝艦)
公式サイト:https://tspnet.co.jp/kaspar-2023/

The post 主演 寛一郎 演出 ウィル・タケット『カスパー』開幕 社会と人間、人間と社会。 first appeared on シアターテイメントNEWS.

© 株式会社テイメント