
「100円の収入を得るために3,858円掛かる」JR芸備線
今、利用者の激減などで、全国各地のローカル線は多くが赤字に苦しんでいます。
岡山県北・新見市と広島市を結ぶ、「JR芸備線」もその1つです。岡山県内を走る区間では「100円の収入を得るために3,858円もかかっている」というのです。
「廃線も視野に入れたいJR」と「地域の足を守りたい自治体」との間で、議論は平行線をたどっています。厳しい採算性の実態は、どういうものなのか?新見から3駅先、特に利用が少なくなっているという「坂根駅」の一日を追いました。
芸備線・坂根駅に丸一日張り付いてみたら…
午前5時46分、新見駅に向かう始発列車が坂根駅にやってきました。「1両編成のワンマン列車」に乗り降りする乗客はいませんでした。
ちなみに平日、この駅を通って新見駅に向かう列車はわずか6本しかありません。駅の時刻表は...ご覧のようにスカスカです(【写真を見る】参照)。
午前7時22分、反対向きの広島方面への始発列車も、やはり乗降客はいませんでした。市街地では朝のラッシュアワーのはずの午前7時52分発・新見行きの列車ですら、坂根駅では誰も乗り降りしませんでした。
次の列車が来るまでに、広島方面が5時間以上、新見方面に至っては6時間近くあるため、その時間を使って付近の住民にJR芸備線の利用状況を尋ねることにしました。
ー芸備線に乗られる方っていらっしゃいますか?
(沿線の住民)
「高校生が2~3人しか朝乗らない」
「新見の病院に行くのにも、バスで行く人が多い」
JR芸備線の東城ー備中神代間は、
・「利用者の少なさが」
・「運行本数の減少を招き」
・「運行本数の減少で利便性が下がって」
・「さらに利用者が減る」
という完全な負のスパイラルに陥っているといいます。
実際に、コロナ禍前の2019年のデータでは、JR芸備線・東城ー備中神代間の駅別乗車人員(人/日)は、
・備中神代 7人
・坂根 2人
・市岡 8人
・矢神 13人
・野馳 26人
・東城 11人
となっていて、この区間の1日の平均通過人員はわずか81人です。
(沿線の住民)「今の現状でしたら、動かせば動かすほど赤字なので…」
かつては1日17~18本運行していた芸備線だが...
1991年の芸備線の様子です。(【写真を見る】参照)。利用者数のピークは、1986年ごろだったと言われています。当時の列車内の映像を見ると、今では考えられないくらい乗客が利用していたことが分かります。それに加えて当時は、今より1日6本ほど多い17~18本運行していました。
それでも、この年のRSK山陽放送の記事には「JR西日本は、ローカル線の運営体制の見直しに入った。そして芸備線でワンマンカーの運転を始めることになった」との記述もありました。
あれから30年。少子化の進行と都市への人口流出で、芸備線は「岡山で最も人が乗っていない路線」になってしまいました。
とはいえ、芸備線に生活を支えられている人がいるのも事実です。一昨年6月に取材した沿線の別の駅では。
(芸備線の利用者)
「通学に使えなくなるから、芸備線がなくなるのは困ります」
「私みたいに車がない人は、列車で行ったほうがいい」
利用頻度が低くても、地元の人たちは存続を願っていました。
午後1時 坂根駅に初めて人がやって来た しかし...
そして坂根駅。取材開始から7時間が経った午後1時過ぎに、この日初めて駅に人がやってきました。
ーきょうはどなたかのお迎えとかですか?
「トイレ休憩です。」
ー地元の方ですか?
「はい」
ー芸備線についてはどう思っていますか?
「お金の維持の問題がね…なかなか難しい問題ですけど、出来ることならなくなってほしくはない」
JR西日本 赤字を補填するにも限界が…
大きな赤字は、JRが補填し路線を維持していました。ところが、新型コロナで鉄道利用者が激減する中、JRは新たな方針を打ち出します。
(JR西日本岡山支社 須々木淳 副支社長)
「国を含めた関係者と具体的な相談を…」
JRと自治体は、2021年から「利用促進の議論」を進めていましたが、なかなか収益は改善しませんでした。
一方で「地域の足をなくすわけにはいかない」との主張を崩さない自治体。議論が平行線をたどる中、国は「鉄道事業者の要請があれば、再編を議論する場を設ける」との方針を示します。
午後の列車に人の姿は...この路線をどこが維持するのか
(リポート 北原花菜子 記者)「午後1本目の列車が坂根駅にやってきました。この列車も、乗り降りする人は1人もいませんでした」
ここ数年、新型コロナによる収益の悪化などで、全国で赤字ローカル線再編の動きが進んでいます。赤字路線について、「JRと自治体がともに主体的に取り組める」よう、現在国会で「ローカル線に関する法律」が改正されようとしています。
ポイントの1つとされるのが、この改正により事業者が導入がしやすくなる「上下分離」という方式です。
これは赤字路線を残す際、「列車の運行は鉄道事業者が担う」代わりに、「線路などのインフラは自治体が保有・管理する」仕組みです。つまり「私たちの税金でローカル線を維持していく」という考えです。
自治体 税金で「利用促進」は図るつもりも「事業費までは」…
これまで「赤字の補填」はJRが行っていて、自治体の役割は主に「利用促進での協力」でした。
(岡山県 県民生活部 下野間豊 課長)
「『利用促進』については事業費を持っていますけれども、実際の『運営』については負担しておりません。ですから、まずはJRさんにおいて『内部補助』という形で何とか維持していただけないかと」
ただ、今後路線を残すとなると、自治体に負担が求められる可能性があります。
(岡山県 県民生活部 下野間豊 課長)
「地方にも負担を求めるということであれば、『そこは本当に必要なのかどうか』ということも含めて、地方としては判断すべきことなんだろうと思いますけれども。ただ、そのことは行政だけで決めるべき問題ではありませんから…」
普段、芸備線を利用しない人たちは「税金で負担したくない」
県民は、どのように考えているのでしょうか。
(街の人)
「税金は投入しないと、公共交通は成り立たないでしょ。少し投資しないといけないんじゃないかな。地元だけに任せるわけにはいかないでしょ」
「払いたくはない。自分は乗らないので」
「芸備線?どこらへんの路線ですか?ちょっとわかんないです。行ったことはないです」
「特に『絶対イヤ』とかはないけど、ピンとこない…」
最終列車までに「坂根駅」に乗客はやってきたのか
どこか他人事だった、ローカル線の赤字問題。
(リポート 北原花菜子 記者)「午後10時1分、東城行きの最終列車の到着です。上下線合わせて全11本、きょうは坂根駅を利用した人は誰もいませんでした」
徐々に疲弊し、限界に達しつつある芸備線。秋までには、国による改正法が施行されるとみられています。
「他人事ではない」ローカル線問題 飛び交う様々な意見
【解説】
バスやローカル線など、地域公共交通を研究する名古屋大学の加藤博和教授は、「鉄道を守ること自体が目的になってはいけない」と警鐘を鳴らしています。
ただ、岡山県県民生活部の下野間豊課長は「鉄道は一度なくしてしまうと元に戻すのが難しく、廃線になることで周辺から町がどんどん取り残されるようになってしまうのでは」とも懸念していました。
今回は、路線の現状を紹介しましたが、この問題を巡って、「JRはなぜこれまで有効な施策をとれなかったのか」「最後は地方に負担を強いるのか」など、多様な意見や視点があります。私たちは今後も、この問題と真摯に向き合い取材していきたいと思います。