倉敷駅から徒歩10分のところにある、倉敷市立美術館。
重厚な建物が特徴的な倉敷市立美術館は、倉敷市立中央図書館、倉敷市立自然史博物館とともに、倉敷市の文化施設ゾーンを形成しています。
倉敷市には文化施設が多くありますが、倉敷市立美術館はどのような施設なのでしょう。
倉敷市立美術館のコンセプトや活動内容、収蔵作品についてなどを取材しました。
倉敷市立美術館内は、展示作品によって撮影禁止の場合があります。詳細はスタッフに確認をお願いします。
倉敷市立美術館とは
倉敷市立美術館は1983年に開館しました。
旧倉敷市役所庁舎を再利用してできた市立美術館です。
倉敷市役所の移転と作品寄贈が、美術館開館のきっかけに
建物ができたのは1960年。
日本で「世界のタンゲ」と呼ばれた、建築家の丹下健三(たんげ けんぞう)が設計しました。
倉敷市役所として20年間使われていましたが、のちに現在の市役所庁舎への移転が決まります。
倉敷市は、移転後に建物を再利用する方法はないかと考えはじめました。
同じころ、倉敷市出身の日本画家・池田遙邨(いけだ ようそん)が、倉敷市へ自身の作品を約500点寄贈したのです。
池田遙邨の作品を管理するためにも、旧市役所庁舎での美術館開館を検討するようになりました。
美術館としての再利用にあたり、倉敷市出身の建築家・浦辺鎮太郎(うらべ しずたろう)が改築することに。
そして1983年11月3日、倉敷市立美術館が開館しました。
当時の名称は、「倉敷市立展示美術館」。
「倉敷市立美術館」となったのは、開館から4年後の1987年でした。
展覧会の開催だけではない、倉敷市立美術館の活動
倉敷市立美術館の活動は、大きく分けて3つあります。
- 展覧会
- 教育・普及
- レンタルスペース
▼1つ目は展覧会です。
展覧会
- 特別展
- コレクション展
「美術館の活動」と聞いて、とくにイメージしやすいのは展覧会の開催ではないでしょうか。
倉敷市立美術館では独自の企画展のほか、共同主催で開催する「倉敷美術展」「倉敷っ子美術展」などの展覧会を開催しています。
▼2つ目は、教育・普及活動です。
教育・普及
- 展覧会関連イベント
- 美術教養講座
- 美術実技講座
- 大学との連携
作品について深く知ったり、美術について学んだりできます。
例えば美術実技講座では、半年間を1期として、水彩画・日本画・石膏デッサン・石版画・銅版画のコースを設置。
初心者はもちろん、石版画・銅版画では経験者を対象とした中級コースがあります。
▼3つ目は、レンタルスペースの貸出です。
レンタルスペース
- 展示室
- 講堂
- 会議室
誰でも借りられ、発表の場として使う市民が多いといいます。
展示室では作品発表の場として、講堂ではピアノの発表会をおこなう場として、会議室では学習発表の場としてなど、使い方はさまざまです。
郷土ゆかりの作家を中心とした、倉敷市立美術館のコレクション
倉敷市立美術館の特徴は、コレクション数の多さです。
なんと11,000点以上の美術作品や資料を収蔵しています。
収蔵作品の中心は、郷土ゆかりの作家が手がけたもの。
日本画・洋画・素描・彫刻・工芸など、多岐に渡るコレクションを管理し、ときには修復もしているのです。
倉敷市立美術館の収蔵作品を、一部紹介します。
池田遙邨「森の唄」
倉敷市立美術館開館のきっかけにもなった池田遙邨の代表作が、「森の唄」です。
倉敷市立美術館のリーフレットにも使用されています。
池田遙邨は、日本画の画家として活動していました。
日本画と聞くと高尚なイメージがあるかもしれませんが、池田遙邨の作品には遊び心を感じます。
「森の唄」はとくに親しみやすく、絵本のイラストのようなかわいらしさがあり、子どもも大人も楽しめる作品です。
池田遙邨「幻想の明神礁」
池田遙邨の作品でもう1点紹介するのは「幻想の明神礁」。
海底火山が噴火したニュースを見て、イメージを膨らませながら描いた作品といわれています。
噴火している山の周りには、飛行機や人魚、タツノオトシゴなどが。
噴火の悲惨さではなく、ポップで楽しげな描き方が特徴の作品です。
池田遙邨の作品を観ると、伝統的な日本画というより、常に新しい表現を追求して日本画を描く作家だったと予想できます。
1987年に文化勲章を受章した、日本を代表する画家の1人です。
稲葉春生「芍薬」
池田遙邨が描くような作品がある一方で、倉敷市立美術館には伝統的な日本画も多く収蔵しています。
その1つが、稲葉春生(いなば しゅんせい)の「芍薬(しゃくやく)」です。
淡い色使いのなかでも芍薬の花の色につい目を移してしまいます。
「芍薬」は、倉敷市立美術館館長の坂田卓司(さかた たくし)さんが好きな作品の1つだそうです。
収蔵作品は「コレクション展」で鑑賞できる(不定期)
倉敷市立美術館のコレクションに興味を持ったら、不定期で開催されるコレクション展に行くのがおすすめです。
常設展示室がない倉敷市立美術館では、常にコレクションを鑑賞できるわけではありません。
コレクション展開催に合わせて、倉敷市立美術館を訪れてみましょう。
取材した日は、「コレクション展『新収蔵作品を中心に』」の開催中でした。
紹介した3作品は鑑賞できませんでしたが、池田遙邨の他の作品を含む50作品を鑑賞。
改めて、収蔵作品の幅の広さを感じました。
倉敷市内すべての小学校・中学校が参加「倉敷っ子美術展」
さらに取材日には、教育・普及活動の1つ「倉敷っ子美術展」を開催していました。
2022年度で37回目を迎えています。
学年の違いはあれど、倉敷市内すべての小学校・中学校が参加する美術展です。
展示スペースをすべて生かし、児童・生徒の作品がずらりと並ぶようすは圧巻でした。
子どもたちの作品を観続けている館長の坂田さんは「作品のレベルが毎年上がっている」と感じたようです。
もちろん、建物としての魅力も
倉敷市立美術館は、建物自体も魅力の1つです。
2020年には国の登録有形文化財に認定されました。
エントランスに一歩足を踏み入れると、重厚かつ開放的な空間が広がっています。
階段下から2階にある展示室入口を見上げると、丹下建築ならではの独特な作りと感じられるでしょう。
館長の坂田さんは「丹下さんが残した建物を、大切に守っていきたい」と話しています。
このように、さまざまな楽しみ方ができる倉敷市立美術館。
職員のかたがたはどのような思いで運営しているのでしょうか。
倉敷市立美術館 館長の坂田卓司さんと、学芸員の杉野文香(すぎの ふみか)さんに話を聞きました。
倉敷市立美術館 館長と学芸員にインタビュー
倉敷市立美術館 館長の坂田卓司さんと学芸員の杉野文香さんに、倉敷市立美術館を運営するうえでの思いを聞きました。
美術館として・発表の場として・教育の場としての機能を合わせ持つ
──倉敷市立美術館はどのようなコンセプトですか?
坂田(敬称略)──
一言で表すと「倉敷市に根差した、総合的な生涯学習施設」です。
具体的なコンセプトは3つあると考えています。
美術館としての機能
坂田──
1つ目は美術館としての機能です。
郷土ゆかりの作家の業績を調査研究したり、作品の収集をおこなったりしています。
作家の代表作はもちろん、初期から晩年までの作品を幅広く集めているのも特徴です。
またスケッチや撮影帳といった資料も収集し、作家や作品を多角的に見ていけるよう活動しています。
倉敷市の文化を守り、次世代へ伝えるのが倉敷市立美術館の使命です。
市民の発表の場としての機能
坂田──
2つ目に、市民の発表の場としての機能があります。
倉敷市には美術愛好家団体が多く、発表の場を持ちたいと考えるかたも多いです。
倉敷市立美術館では1週間単位で展示室を貸し出し、作品を発表できる場を提供しています。
杉野(敬称略)──
ここまで頻繁(ひんぱん)に展示室を貸し出している美術館は珍しいはずです。
多くの美術愛好家が発表の場を求めているといえます。
実際に展示室の利用希望は多く、1年前から月ごとに予約できるものの毎回抽選により決定している状況です。
空室になることは基本的にありません。
子どもの教育の場としての機能
坂田──
3つ目は、子どもの教育の場としての機能です。
「倉敷っ子美術展」は代表的な例ですね。
倉敷市立美術館は倉敷市教育委員会の所管なので、教育としての機能も求められています。
「倉敷っ子なかよし作品展」という、市内の小中学校の特別支援学級や特別支援学校の児童・生徒が参加する展覧会も毎年開催しているんですよ。
大学との連携も
坂田──
また大学との連携もおこなっています。
倉敷芸術科学大学とくらしき作陽大学がおもな連携先です。
倉敷芸術科学大学は、美術を学ぶ学生さんの作品展示はもちろん、博物館実習の場としても使っていただいています。
学芸員が指導にかかわることで、実践的な学びの場になっているようです。
くらしき作陽大学は、音楽を学ぶ学生さんを展覧会の開会式へ招き、ウェルカムコンサートを開催いただいています。
練習はできても、発表する場がなかなかないそう。
「非常にありがたいです」との声をいただいています。
市民からの寄贈品が多い、珍しい美術館
古い家には古い作品が残っている
──作品収集の基準を教えてください。
坂田──
まずは郷土ゆかりの作家の作品であることです。
この基準ができたのは、開館前に池田さん(池田遙邨)が作品を寄贈されたのが大きくかかわっていると思います。
日本画家として活躍していた頃は京都に住んでいましたが、本籍地は倉敷市玉島だったそうです。
倉敷市を離れても郷土としての思い入れがかなりあったようで、作品を寄贈されたと聞いています。
「池田さんの作品をどう保管し、市民に伝えていくか」の視点が、今の美術館運営につながっているのです。
杉野──
今は市民のみなさんからの寄贈品が多いです。
「古いものがあるから見に来てください」とのご連絡が頻繁にあります。
実際に見に行くと「こんなものが残っていたの?」と驚くことが多いんですよ。
坂田──
倉敷市は空襲を受けていないから、何十年・何百年前に建てられた家が多くあります。
古い家には、古いものが残っている。
「保管していくなら、倉敷市立美術館はどうだろうか」と思ってくださるようで、よく問い合わせをいただきます。
倉敷市にある美術館ならではの、作品収集法かもしれませんね。
申し出ていただけるのは、大変ありがたいなと思っています。
世界的に有名な作品や、現代アートも
坂田──
そのほか、世界的に有名な作品や現代アートの作品を収集することもあります。
草間彌生(くさま やよい)さんの作品をはじめ、多くの作家の作品を収蔵しています。
なかでも工藤哲巳(くどう てつみ)さんの現代彫刻作品は、おもしろいと思いますね。
海外で非常に高い評価を受けていて、何度か貸し出したことがあるほどです。
作品に合わせて保管・修復をおこなう
──作品数・作品の種類ともに、本当に幅広く収集しているのだなと感じます。幅広いからこそ、作品の保管が難しいように思うのですが……。
杉野──
たしかに作品の保管はむずかしいですが、学芸員の知識が生きる場面でもあります。
作品の特徴に合わせて、湿度管理などは徹底しておこなっていますよ。
例えば日本画であれば水彩画も油絵もありますし、画材については紙や絹などとさまざまです。
一方で、木工芸や陶芸、漆芸などの作品もありますから、倉敷市立美術館の収蔵品は特徴がまったく違います。
収蔵作品のなかには、管理だけでなく修復が必要なものも。
掛け軸や屏風は痛みが出ている作品もあるので、優先順位をつけながら修復・保全に努めています。
各学校の先生のおかげで続いている、倉敷っ子美術展
──作品の収集や保管に力を入れている一方で、子どもの教育としての機能も大切にされていますよね。本日開催している「倉敷っ子美術展」は、その一例だと思います。
坂田──
私も毎年楽しみにしている事業の1つです。
倉敷っ子美術展は、今回の2022年度開催で37回目。
新型コロナウイルス感染症の影響で1度だけ開催できない年があったものの、1986年度から毎年おこなっています。
杉野──
倉敷市内にあるすべての小学校・中学校が参加する、全国的にも珍しい展覧会です。
全員で参加できるのが特徴なので、“入賞作品”などは決めませんし、平等に作品を展示いただいています。
私たち美術館側から学校側へ指定していることも、何もありません。
伝えているのは「コンクールではない」ことのみです。
そのため各学校の個性が出て、楽しい展覧会になっています。
──37回も続けられた理由は何だと思いますか?
杉野──
先生の努力のたまものだと思います、本当に。
展示作業も各学校の先生に毎年お願いしています。
学校で作った作品を持ってきていただき、飾りつけまで。
学校名を作ったり、展示を工夫したりと子どもたちの作品が引き立つように考えてくださっているのです。
学校の協力がないとできない美術展なので、各学校の先生には本当に感謝しています。
さまざまな楽しみ方・使い方ができる倉敷市立美術館へ、気軽に訪れて
──最後にメッセージをお願いします。
坂田──
倉敷市立美術館は、生涯学習施設です。
開催している展覧会は難しいものではないですし、鑑賞するだけではなく、ときには自分の作品の発表の場としても使えます。
“美術館”と聞いて感じるハードルの高さは、倉敷市立美術館にはありません。
建物や作品など文化的な価値がある一方で、食事やお茶を気軽に楽しめるカフェも併設しています。
かしこまらずに普段着のまま、仲間や家族同士で集まって、学んだり食事したりできる施設です。
これからも気軽に、たくさんのかたに来ていただけるような場所にしたいと思います。
杉野──
倉敷市立美術館では、美術実技講座に参加したり、講堂を借りてピアノの発表会などを開催したりできます。
さまざまな使い方ができますので、気軽に来ていただけたらうれしいです。
そして倉敷市立美術館を訪れたら、合わせて展覧会も楽しんでいただけるといいなと思っています。
幅広い作品を鑑賞すると目に留まるものがあると思いますので、ぜひ作品を直接観て、いろいろなことを感じていただきたいです。
おわりに
取材していて印象的だったのは、倉敷市立美術館の収蔵作品の幅広さと、市民の発表の場の多さでした。
収蔵作品数は、想像以上の約11,000点。
作品の特徴や作られた時代などはすべて異なるので、お気に入りの作品を見つけやすいように思います。
家族や友人と訪れると、興味を持つ作品がそれぞれ違うはず。
その違いを楽しむ機会が開かれているのも、収蔵作品の幅が広い倉敷市立美術館ならではだと感じました。
また驚いたのは、1年を通して市民の発表の場が設けられていること。
開館当初は倉敷市立“展示”美術館という名前だったことからも、市民の期待の高さを感じます。
きっと、自分の作品を倉敷市立美術館に展示することは特別感があるのでしょう。
作品鑑賞の場として、建物として、発表の場として、子どもの教育の場として、カフェ利用としてなど、さまざまな楽しみ方ができる倉敷市立美術館。
興味のあるものが、きっとあるはずです。