激増する「不起訴理由は不明」という報道 これを放置していいのか?

「検察は不起訴の理由を明らかにしていない」ー。そんな決まり文句の付いた記事が激増している。不起訴になれば、公開の刑事裁判は開かれず、殺人などの凶悪犯罪であっても(検察審査会への申し立てなどがない限り)事件捜査の実相は水面下に潜ってしまう。不起訴の理由は“謎”――。この状況を放置していいのだろうか。

◆「嫌疑なし」と「起訴猶予」は天と地ほどの差

不起訴には主に「嫌疑なし」「嫌疑不十分」「起訴猶予」という3種類がある。

「嫌疑なし」は文字どおり、犯罪の容疑そのものがなかったという判断だ。捜査機関が集めた証拠には犯罪を証明するものがなかった。容疑者は無実であり、捜査が間違っていた可能性がある。

「嫌疑不十分」は、裁判で有罪を立証する証拠を十分に集められなかったケースなどを指す。

「起訴猶予」は、証拠に基づいて有罪を立証することは十分に可能だが、検察官の判断で起訴しないことを指す。罪の軽重や容疑者の境遇、被害弁済、示談成立などを考慮して、検察官はこの判断を下す。

同じ不起訴であっても、「嫌疑なし」と「起訴猶予」には、天と地ほどの差がある。したがって、不起訴が3種類にどれに該当するのかは、事件関係者だけでなく、地域住民らにとっても重大な関心事だ。

それにもかかわらず、不起訴に関する最近のニュースは、この3つの区分すら明らかになっていない。例えば、次のような記事だ。

暴力団員であることを隠して旅館に宿泊したとして、県警に詐欺容疑で逮捕された6代目山口組系「淡海一家」組員の男性(41)について、地検は15日、不起訴にしたと発表した。理由を明らかにしていない。(読売新聞2022年9月16日朝刊・滋賀県版)服の一部を着けない姿の写真を女子中学生に送らせたとして、府警に児童買春・児童ポルノ法違反(児童ポルノ製造)などの疑いで逮捕された大阪市立中学校の男性講師(24)について、大阪地検岸和田支部は6日付で不起訴処分にした。理由は明らかにしていない。(朝日新聞2022年9月8日朝刊・大阪府内版)

不起訴はベタ記事の扱いが目立ち、ネットに配信されていないケースも多い。まずは、全体の傾向をつかむため次のグラフを見てほしい。新聞各紙を横断検索できるデータベース・G-Searchを使って調べた結果である。

検索キーワードは「地検」「不起訴」「理由」「明らかにしていない」の4語句を用いた。不起訴理由を明記していない記事では、「地検は不起訴の理由を明らかにしていない」という一文がかなりのケースで常套句として使われているからだ。対象メディアは全国紙4紙(朝日、読売、毎日、産経)、有力地方紙8紙(北海道、中日、中国、西日本など)、通信社2社(共同、時事)とした。

この検索でヒットした「不起訴理由が不明の記事数」はグラフ内の折れ線で示した。もちろん、不起訴理由を明示していない記事には、4語句以外の文字列を使ったものもある。したがって、グラフはあくまで参考程度に見てほしい。

(注)起訴と不起訴の処分人数は、検察統計のデータ(フロントラインプレス作成)

◆近年は事件処理の7割が不起訴

日本の刑法犯は現在、毎年のように史上最少を更新している。警察庁のデータによると、2021年の認知件数は約56万8000件で、前年比7.5%減。戦後最少の更新は7年連続だった。2022年の上期も前年同期比0.8%減。これも戦後最少で、上期としては20年連続の減少だった。

主にネット情報を通じて得られる“体感治安”は別にして、日本はいま、空前の治安安定社会の中にある。上のグラフに示された起訴・不起訴(人数)がはっきりと減少傾向を続けているのもその反映だろう。

これに伴って、検察が不起訴を選択するケースも増加。近年では事件処理の7割が不起訴になっている。

こうした流れとは対照的に「不起訴理由が不明の記事数」は爆発的に増えている。グラフの折れ線に着目してほしい。2009年までは1年間に数件、あるいは十数件しかなかった「不起訴理由が不明の記事数」は2010年以降、明らかに増加トレンドに入った。増え方も激増という呼び名がふさわしく、2019年からは年間で2000件を超えるようになった。

では、不起訴の理由を示せていない記事とは、具体的にどのような内容だろうか。

◆「不起訴理由は不明」の記事例を見てほしい

以下の表は、朝日新聞の記事データベースを使って、不起訴理由がわからないと明記されたものをピックアップした結果である。期間は2022年4月1日から8月31日まで。検索キーワードは新聞横断検索の場合と同様の4語句「地検」「不起訴」「理由」「明らかにしていない」を用いた。

事件の容疑者が複数おり、1つの記事で起訴と不起訴に分かれているものなどは一覧表から外した。綿密な調査研究ではなく、あくまで傾向をざっくり把握するためのものだということを念頭に置きながら、並んだ見出し(地方版含む)を眺めてほしい。

フロントラインプレス作成

◆見えてきた4つの重要ポイント

いかがだろうか。大雑把な内容を知るための表ではあるが、いくつかの重要なポイントは見えてくる。整理すると、「不起訴理由が不明」の記事には次のような傾向がある。

① 凶悪事件(殺人、強盗、放火、強姦)でも不起訴理由が不明のものが結構ある

② 警察官や教職員などの公務員、マスコミ関係者が目立つ

③ 地方版での掲載が多い

④ 文字数は100文字前後という「ベタ記事」が多い

凶悪事件が多かったり(①)、公務員やマスコミ関係者の記事が目立ったり(②)するのは、逮捕段階での記事が多いためだ。地方版の記事が多い(③)のは、そもそも当初からニュースバリューが低いと判断され、初報が地方版にしか掲載されていないためと思われる。

ただ、報道機関が「地方版ネタ」と考えたとしても、殺人などの凶悪事件の不起訴理由が“謎”のままでよいのだろうか。それも1件や2件というレベルではない。しかも、ほとんどのケースでは、第一報段階では容疑者の実名が報道されている。

普通、起訴・不起訴の記事は「容疑者逮捕」「摘発」の続報だ。少年事件などを除き、報道機関は容疑者の実名を報じる。したがって、不起訴を伝える記事は、容疑者の名誉回復という意味も持つ。逮捕時に実名をさらされ、その後、「嫌疑なし」で不起訴になったのに、その事実が報じられないとしたら、当人の名誉回復もなかなかできないだろう。

そのため、報道各社は社内のガイドラインで「不起訴処分と発表されても、嫌疑はあるのか、あるいは嫌疑がないか不十分なのかなどを取材し、記事に反映させなければならない」(朝日新聞社「事件の取材と報道 2018」)などと定めている。

「嫌疑なし」と「起訴猶予」には天と地ほどの差がある。これら不起訴の種類すら報道できないのであれば、報道機関はその義務を果たしているといえるのかどうか。

◆理由の公表を拒む検察、突破できない報道機関

それにしても、なぜ、これほどまでに「不起訴の理由は不明」という記事が増えてきたのか。考えうるのは、不起訴理由の公表を拒む検察の姿勢と、それを突破できない報道機関の弱体化だろう。

2年前の2020年7月、読売新聞島根県版と山陰中央新報に興味深い記事が載っている。ベタ扱い程度の小さな記事だ。新しい検事正の着任を機に松江地検が方針を変え、不起訴の理由を原則として公表しない姿勢に転じたという内容である。両紙の記事を一部引用しよう。

松江地検が20日、不起訴処分の内容を公表しない方針に転換した。地検は「検事正が代わったため」とし、詳細な理由を明らかにしていない。松江地検はこれまで逮捕・送検された人を不起訴にした場合、報道機関に処分内容を明らかにしていた。(略)逮捕、送検された人の名誉回復、警察の捜査が適切だったかを明らかにする上で、処分内容の公表は重要な役割を果たしていた。(2020年7月21日、山陰中央新報)地検は、逮捕・送検された容疑者を不起訴とした際、報道機関の取材に対し、これまでは「嫌疑なし」「嫌疑不十分」「起訴猶予」といった理由や内容を明らかにしてきたが、方針を一転させた形。三井田次席検事は方針変更について、「処分内容を公表したときに発生する人権侵害などを考慮した」と理由を述べた。(2020年7月24日、読売新聞朝刊大阪本社版・島根県版)

記者会見という公の場で不起訴理由の非公表方針を公言したケースは、記事になっていないだけでほかの地検でもあったかもしれない。記者会見で公言しなくても、非公開方針を旨とする地検はほかにも多々あろう。

検察組織の統一性や実際に「不起訴理由が不明」記事が激増している実態を踏まえると、非公表方針の考え方は検察組織全体で共有されていると考えていい。

もっとも、以前からこの問題は各地でくすぶっていた。

例えば、読売新聞は2013年3月20日朝刊(大阪本社版)で「不起訴の理由 非公表/逮捕者 名誉回復に影響」という大型記事を掲載。「検察庁が、事件の容疑者を不起訴にした際、『起訴猶予』『嫌疑不十分』などの種類や、その判断の理由を公表しないケースが相次いでいる」「(不起訴の)種類が伏せられると、犯罪に関わったのか、無関係なのかがわからない」と指摘した。

記事によると、大阪地検は2013年2月までの1年間、報道機関から不起訴に関する説明を求められた107件のうち約6割、65件で不起訴の種類を公表しなかったという。それでも、ほぼ全件について理由を説明しないという現在の姿勢ほど、検察はかたくなではなかったと思われる。

◆では、現場の記者たちは?

では、不起訴の理由を説明しない検察に対し、記者たちは現場でどう対応しているのだろうか。検察側の対応に大した疑問も持たず、「わかりました」とだけ言って、すごすごと引き下がっているのだろうか。

不起訴の理由を取材することは、事実関係の確認だ。「調査報道」といったレベルの話ではなく、“玄関取材”に類するものだ。しかし、こうした基本的な事実さえ取材できないのだとしたら、取材力の劣化も極まったというほかはない。

こうした問題について、熊本日日新聞の司法キャップ植木泰士記者(33)に話を聞く機会があった。植木記者は連載企画「くまもと発・司法の現在地/不起訴の陰影」(今年6月掲載)の取材班リーダーである。

「不起訴理由を説明しないのは、明らかに不当だと思います。熊本地検では、記者が不起訴理由を尋ねてもゼロ回答ばかり。秘密主義がどんどん進んでいる。不起訴にするということは、容疑者を公開の法廷で裁かずともよいということ。その判断は、いわば、検察による“事前裁判”です。検察官が裁判官の代わりになってしまっている。その割合(不起訴率)が7割を超えているというのも異常ではないでしょうか」

熊本日日新聞のこの企画は、まさに「不起訴理由を開示しない検察」の問題を取り上げたものだ。連載の狙いは明確で、1つは、不起訴率が7割にも達する中、その理由を開示しないことは“検察による事前裁判化”を容認することにつながるのではないか、との指摘だ。

もう1つは、犯罪の証明がなかった「嫌疑なし」も明らかにされないため、捜査の不手際や誤認逮捕といった警察・検察にとって不利な事態が埋もれてしまうのではないか、というものだ。

ただし、植木記者は検察の姿勢だけでなく、取材側にも問題があると感じている。

不起訴理由を開示すべきだと迫ると、他メディアの記者から「地検の発表は義務ではない。メディアは便宜供与を受けている立場だから、そこまで求めるのはいかがなものか」といった声が出ると明かす。

◆取材網・取材力が減退する一方の報道機関

熊本地検の場合、次席検事は週2回、庁舎内で記者と対応する。次席検事に直接質問できる貴重な取材機会であるにもかかわらず、その場に現れない社も珍しくないそうだ。とくに全国メディアの支局記者にその傾向が強いという。

全国メディアは、地方支局の取材記者をどんどん減らしている。記者数人で県政や市政、事件事故、教育、文化、経済などをフルカバーし、広い県下を走り回るケースも少なくない。不起訴の理由を明らかにしない検察に対して粘り強く取材をかける体力は、とくに地方においては相当に失われている。

検察は「なぜ不起訴か」を開示する法的義務を負っていない。報道機関に不起訴理由を説明していた過去の振る舞いは、言ってしまえば、「便宜供与」「行政サービス」の枠内だったにすぎない。報道機関側はその枠組みの上であぐらをかき、不起訴理由を公開させる制度を作り上げることができなかった。

もの言わぬ姿勢を強める検察、取材力の劣化で基本的事実さえ把握できなくなってきた報道機関。その狭間で、「嫌疑なし」(事実上の無実)と「起訴猶予」(犯罪行為は認められる)の区別すら不明の“謎の不起訴”は今後も増え続けるだろう。

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