社説:強制不妊手術 被害者に個別連絡を急げ

 旧優生保護法で強制不妊手術を受けさせられた男性が国に損害賠償を求めた裁判の控訴審で、札幌高裁は国に賠償を命じた。同種の訴訟は全国11地裁・支部で提訴されているが、原告が勝訴したのは6件目だ。

 損害があっても、20年が経過すると請求権が消滅する民法の除斥期間という「時の壁」が、被害救済に立ちはだかってきた。しかし、東京高裁などで優生手術被害に除斥期間を適用するのは、正義に反するとの判決が相次いでいる。

 知的障害者や精神障害者、視覚障害者らが受けてきた差別や偏見、今も続く情報アクセスの壁は、本人や家族が被害を相談したり、救済窓口の情報を入手したりすることを困難にしている。除斥期間の例外とするのは当然である。

 国の統計によると、旧優生保護法の不妊手術は、ハンセン病施設入所者など形式的な本人同意はあるものの、事実上の強制があったケースを含めて約2万5千人に実施された。

 だが、提訴した原告はわずか34人にとどまる。優生手術対象者に一律320万円を支払う一時金支給法が2019年に施行されているが、厚労省によると認定されたのは2月末現在で1040人にすぎない。

 一時金支給の申請は施行後5年までのため、請求期限は来月で残り1年になる。このままでは時間切れで多くの優生手術被害者に制度が届かない。

 被害者らはいまだ一時金支給法を知らないか、知っていても相談できない社会の壁に阻まれてはいないか。無念の思いを抱え亡くなる人も増えている。全面救済を急がねばならない。

 優生手術を実施した都道府県で、廃棄を免れた行政資料には少なくとも約5400人の被害者名の記録があるとされる。

 しかし、ほとんどの府県は、被害者に連絡をとって一時金支給の制度があることを伝えさえしていない。手術記録を確認できた当事者や親族に被害事実を伝える「個別通知」に乗り出したのは、鳥取、岐阜、兵庫、山形の4県にとどまる。

 山形県は市町村を通じて被害者の現住所を探し、近親者にも知られたくない人に配慮して直接本人を訪ね、一時金支給認定に結びつけているという。

 回復できない被害を与えた行政側が、救済に踏み出すのは道理だろう。個別通知の実践を重ねる4県を踏まえれば、プライバシー保護などを理由として通知に消極的な姿勢を続けるのは怠慢ではないか。

 10人の手術記録が現存する滋賀県は、被害者に連絡を取っていない。

 府県には、個人が特定されないように配慮した上で、旧優生保護法下で誰を社会にとって「不良」とみなして選別し、どう実行したのかを行政資料から検証することも求めたい。

 過ちの検証により、現代の障害者らを取り巻く社会の壁の解消につなげる必要がある。

 戦後最大の人権侵害といわれ、今も日本に根深く残る優生思想を断つには、伏せられてきた「闇」を社会で直視することが欠かせない。

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